寿ぎ | 25

 

 

「・・・チュンソク」
脇から掛かる気遣わし気な声に、慌てて腕貫の腕でぎこちなく面を隠す。
「隠しても、もうばれているぞ?」
「・・・はい」

その声に掠れた声でどうにか返答をする。
キョンヒ様が足元の落葉を乾いた音で踏みならがら、此方に向けて数歩寄る。
「こんなに佳い日なのだ。だから泣かないで」
「・・・佳き日故です」

あの人が、皆の前で照れ臭げに笑った。医仙へいつもの通りに添う横で、心から。

式が始まる前、あの人の正装を見た時からその気配はあった。
言葉にならず頭を下げて、今まで見て来たあの人を思い出した。

トルベがいれば、誰よりもこの婚儀に張り切っただろう。
お祭り男の本領発揮だ。誰より大護軍の道を守っていた。
チュソクがいれば、誰よりもこの婚儀で酒を呑んだだろう。
あの人と共に何も語らず。誰より無言の忠誠を誓っていた。

そんな思い出がただ泣かせるのだ。あいつらが居たかっただろうと、そう思わせる。
奴らに大護軍のあの笑みを見せたかったと、心から思う。

「チュンソク」
キョンヒ様の呼び声に息をつき、濡れた顔を拭いて上げる。
そうだ。この佳き日、俺にはやらねばならん事がある。
この式を守る。王様のお出ましを秘密裡に運んだ禁軍に、これ以上俺達の大護軍の婚儀で、好き勝手をさせる訳にはいかん。

そして俺から見ればまだまだ頼りない迂達赤の兵たちだけに、大護軍の邸を守らせ、何かあってからでは申し訳が立たん。
「キョンヒ様、申し訳ありませんが」
「うん、いいぞ。行って来て」
キョンヒ様がそう言って明るく笑う。
「チュンソクが大変なのは分かったから。ハナと待っているから」

そしてその白い柔らかい指が、俺の目尻に触れる。
「泣けるほど、大護軍が大切なのだな」
「・・・ええ」
「私と同じだな」

キョンヒ様が背伸びをし、俺に向かって笑いかける。
「私もハナの事になると泣けて仕方がない。だからチュンソクの大護軍への気持ちが、少し分かる」
「はい」

過ごした季節も、共に泣き笑った事も。丘で待っていた後ろ姿も。その全てがこうして泣かせるのだ。
あの人が報われる事が、口にせぬ想いが叶う日がひたすら嬉しく、そしてその日を指折り数えた俺達が揃わんのが、少しだけ悲しく。

その時後ろに迫る気配に、ハナ殿の息を呑む音に振り向いた瞬間に。

長い脚が風を切って飛ばされたのを寸でのところでようやく躱し、呆れたようなその太い溜め息を聞く。
それでもふざけ半分に違いない。本気なら俺が躱せるわけがない。
「何ですか大護軍、急に」
「こんな事だと思っていた」

その横で驚いたように、キョンヒ様が目を丸くして俺達を見ている。
「笑え」
「は?」
「笑えよ」
「ヨンア」
大護軍の横、医仙が困ったように笑って首を振る。
「いきなり蹴ることないでしょ、キョンヒ様の前で。ごめんなさいキョンヒ様、この2人いつでもこうだから。
チュンソク隊長が大人だから許してくれるんですけど」

医仙の御声に、キョンヒ様が笑って頷いた。
「ハナも私を叱るぞ。だけど私を好きだから叱るんだ。そう知っているから、大護軍の気持ちも少し分かる」

俺とキョンヒ様にだけ判る物言いで、そうおっしゃる。
大護軍と医仙は真意を測り兼ねるよう首を傾げたところで、キョンヒ様が声を改めると大護軍に睨みを利かせた。
「だけど、だけど本当に蹴ったら許さないぞ、大護軍!!」

お口振りだけは大層勇ましいが、そう言ってた後に慌てて俺の背に隠れるキョンヒ様の御姿に、大護軍が医仙と愉し気に目を見交わした。
「ほら、ちゃんと謝らないと」
医仙のそんなお声に
「はい」
大護軍が優しく頷いて、俺に向かって頭を下げた。
正確には俺の背からおっかなびっくり目だけを覗かせている方に。

「悪戯が過ぎました」
「本当には、蹴ったら駄目だから。チュンソクが痛いから」
「は」
「約束してくれるか」
「は」

この人は優しくなった。俺に向け、いや、キョンヒ様に向けて静かにおっしゃる口調も、眼差しも。
最後に今度こそ俺に向けて確りと笑む口元も。
微笑む口元が次の言葉を紡ぐ。この耳元、俺にしか聞こえん低い声で。

「・・・本日の処は」

ああ、勘違いだった。優しくなったわけではないらしい。
ただ今日はすこぶる機嫌が良い。それだけは確かな事だ。
このままでいて頂きたい一念で、大護軍へと頭を下げる。
「守りに戻ります」
「ゆっくりで良い。禁軍が王様を御守りしている」
「だからこそです」

これ以上俺達の大護軍の婚儀を好き勝手にされてたまるか。意気込んだ俺に首を振り、大護軍は庭を見渡す。
そして少し離れたテマンとトクマンに眸を止め、小さく顎を上げ合図を送る。
奴らがすぐに気付き、此方へ駆け寄るのを見て
「離れる。この方々を頼む」
そう言って、医仙へと何か尋ねるよう小さく首を傾げた。
「私はもうちょっと、キョンヒ様たちとここにいるわ」
「はい」

これほど真直ぐに医仙と笑い合うのを拝見すれば、また感極まって来る。
そんな俺に呆れたように、大護軍はキョンヒ様とハナ殿へと告げた。
「敬姫様、ハナ殿、迂達赤の兵らです」
大護軍の声にテマンとトクマンが頭を下げる。キョンヒ様とハナ殿がゆっくり頭を下げ返す。
「銀主翁主と儀賓大監のお嬢様、敬姫様と乳姉妹のハナ殿だ」

そこまで言った大護軍は、何故かわざとらしい咳払いをし声を落とす。
「隊長の許嫁の姫様ゆえ。粗相のないようにな」
「えええええ!!!」

大護軍の突然の報せにテマンの目が丸くなり、トクマンが大きく叫ぶ。
俺とて同じように叫び出したい。何故、何故だ。何故いきなりこうして、御自身の晴れの婚儀で俺の事など。
「隊長、どういう事なんですか!!」
「煩いトクマン、お待ちください、大護軍!!」
「ヨンア、後でね!」

そんなそれぞれの声に送られ、大護軍が秋の庭をぶらりと歩き出す。
この方を残し大護軍と共に去るべきか、叫ぶトクマンにまず口止めするか、迷う俺を独り置き去りにしたままで。
やられた。こうして足止めを喰らってしまった。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    さらんさま
    涙あり笑いあり・・・素敵な婚儀です。
    準備段階からここまで、ウンスに振り回されまくり(?)に見えるヨンですが。悪戯っ子なトコロも、策士なトコロも、存分に発揮されていて、ニヤニヤが止まりません!
    チュンソクの様子に、読み出す前に完成したばかりの本日のメイクが崩壊してしまいました・・・
    キョンヒさまの、本当に愛らしくチュンソクを包むというか、う~ん、表現が難しいのですが、チュンソクを理解する、チュンソクに共鳴する・・・???
    (すみません、上手く言葉にできませんが・・・)
    そのご様子がまた、素敵で。
    こちらの2人にも、早く晴れの日が来ることを切に願います。
    あぁ、心が温まります。
    さらんさん、ヨンを幸せにしてくださって、ありがとうございます。

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    本当にチュンソクは優しい。いい男だな~近くで2人を見てきたからこそ、思いもひとしおだよね。
    そして炸裂、ヨンの爆弾笑 きっとチュンソクがキョンヒ様といられるようにワザとだよね??…決して憂さ晴らしじゃない…よね??

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    暖かくキラキラとした幸せのかけらが降り注いでいるような‥‥
    婚儀の1日のどのシーンも‥‥
    参列者の皆の笑顔の中で‥‥
    ウンスはさらに笑顔が輝いて美しく
    ヨンは心を解き放つように笑顔を見せ
    チュンソク隊長は嬉しさのあまり泣き笑い
    大護軍の悪戯に慌てふためき‥‥
    さらん様
    こんな婚儀を見せて頂けてとっても幸せです
    幸せな宴まだまだ続きますね
    朝と晩の◯◯:44楽しみにしています

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    さらんさん♥
    ヨンやウンスに縁のある人たちを
    たくさん登場させて下さって、
    ありがとうございます。
    基本的に、さらんさんのお話に出てくる
    男性たちは誰もが、愛する女性に対して
    滅法素直で優しくて、お茶目ですよね♥
    その第一人者は、もちろんヨンですが。
    メソメソしているチュンソクを気遣い
    (揶揄ってもいるのでしょうけれど)
    ちょっかいを出しつつも、ウンスの
    言葉には素直に「はい」と頷くヨン♥
    威厳のある強い男が、丁寧に「はい」と
    返答する様は、むしろ萌えますよね(#^^#)
    ブーケを受け取ったのはコモですが
    次に花嫁姿を見せてくれるのは、
    キョンヒ様?(〃∇〃)
    佳きことは、続々入荷でも大歓迎です。
    さらんさん♥
    飾り気の無い、あったかい婚儀、
    本当に素敵ですね。

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