「いいかげんにおしよ!」
何故こう毎度毎度、怒鳴られねばならんのか。
日の暮れた開京の町、大路の人波を抜け辿り着いた手裏房の酒楼。
門をくぐった途端の大声に、俺とこの方は其処で足を止めた。
「すぐに顔を出すって言っただろうに、あれから何日経ったと思ってんだい!」
酒楼の東屋中から此方を睨みつけるマンボを見つけ、深く息を吐く。
ああ、言った。確かにこの口で言いはした。
但しすぐとは言っておらん。改めて顔を出すと言っただけだ。
「マンボ姐さん、ごめんなさい!」
俺が反論の口を開く間もなく、横のこの方がすかさず頭を傾げる。
「本当に本当に忙しかったの。仕事が詰まってろくに寝れないし」
「・・・イムジャ」
嘘を吐け。
日取りの決まった昨夜もこの腕の中、安らかに心地良い寝息をたてていらしたのはあなただろうに。
余りに見え透いた言い訳を押し留めようととする声は、続くこの方の声に遮られる。
「それに、急にけ・・・婚儀の日取りが決まって」
「決まったのかい、いつ」
今しがた怒鳴っていた事など無かったように、マンボがこの方の言葉に喰らいつく。
「・・・四日後だ」
愛想のないこの声に、マンボが眇めて此方を睨んでいた目を大きく丸く見開いた。
「四日後だってえ?」
「そうなの、姐さん。それでどうしても力を借りたくて来たんです。
姐さんにしか頼れないの。こんなに顔が広くて料理のうまい人、他に知らないし」
白い小さな両手を合わせその顔を覗き込んだこの方の世辞に、満更でもない笑みを浮かべたマンボはあっという間に機嫌を直す。
全くこの方の天賦の才だ。此方の肝を冷やすのも、こうして誰も彼もを絡め取って味方にするのも。
柱に吊るした灯篭が秋風に揺れる酒楼の門、ようやく東屋まで進む事を許してくれそうなマンボの気配に一歩踏み出す。
念には念を。マンボがその手の杓子を投げても護れるよう、この方を背に回しながら。
「四日後だってな」
冷たくなった秋風の中、卓上のクッパは盛大に湯気を上げている。
そのクッパの乗る卓を挟んで向かい合う師叔が、呆れたように酒臭い息を吐いた。
「ああ」
その声に頷く俺の横、この方は赤い唇をすぼめ小さな息で冷ましつつ、クッパを掬った杓文字をゆっくりと口へと運ぶ。
「あ」
小さく上がった声に熱いのかと眸を遣れば、俺の横で嬉し気にその目も口許もが緩む。
「・・・美味いですか」
その顔を見ればすぐ判る。問いに大きく頷くと、この方は杓文字をクッパに突込み、愉し気に大きく回し始めた。
「なにを」
「ヨンアが食べれるように、冷ましてる」
「俺は熱くとも」
「本当?」
「はい」
顎で頷くとこの方は掻き回す杓文字を止め、横から卓上の俺の前へとクッパの椀を押し遣る。
「じゃあ、どうぞ?」
「・・・おいおい、珍しい事もあるもんだな」
俺が何かを言う前に、卓向うの師叔が呆れ声を上げる。
「大食いの天女が飯まで譲るとはな。こりゃ心底べた惚れか」
「はい」
恥ずかし気も無くそう言って、この方は自慢げに頷いた。
「・・・イムジャ」
幾ら気心の知れた師叔の前とはいえ、それ程に明け透けに。
惑う俺をちらりと睨むと、この方は続けて師叔へ言った。
「でもそれだけじゃないんです。少しダイエットしようと思って」
「だ」
師叔にしてみれば全く慣れぬ天界語。そのまま声を止める師叔に続き、この方へと問い掛ける。
「イムジャ、だいえっととは」
「うーん。少し体を絞る?さすがに4日で痩せる訳ないしね。
でも水分と塩分を控えるだけで浮腫みも肌調子も良くなるから」
得意気に言う声に、思わずこの口が滑りそうになる。
止めてくれ。俺はあなたが美味そうに飯を喰らう姿が好きだ。
あなたが機嫌を悪くするのも倒れるのも、飯を抜いた時だろう。
あなたの天賦の才とはいえ、あんな肝の冷える思いは二度と御免だ。
熱い体で真白な唇で、目の前でこの腕の中に倒れ込むなど。
「止めて下さい」
「え?」
「だいえっとなど、絶対に」
「だって結婚式には、みんな来てくれるのよ。きれいでいなきゃ」
「余計な事は考えず」
「じゃあ、きれい?」
「・・・は」
その問いに思わず咽喉元まで出た声が凍る。
「そのままでいいって、じゃあ私きれい?あなたの花嫁として当日みんなに自慢できるくらい?きれいだろって自慢できるくらい?」
待ってくれ。何故選りによって今そんな問いを。
「ほら、答えられないじゃない!だからダイエットしたくなるの。どうするの?
当日うちに見た事もない若い女の子たちがたくさん押し寄せて来たら。私どうやって戦うわけ?」
どこまで本気なのだ、この方は。
呆れ返る俺の卓向う、師叔がいかにも愉快気に笑い此方を見る。
「ほら、言ってやれよヨンア」
「・・・師叔」
「言ったって減るもんじゃねえぞ、言わなきゃ逃げられちまうかもな」
どこまで正気なのだ、師叔は。卓越しにもこれ程匂う、酒臭い息を吐き散らかして。
痛む頭を抱えやおら杓文字をこの手で握ると、俺は猛然と卓上で湯気を上げるクッパを搔き込み始めた。

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ほんとに~
言っても減らないのに
ヨンの照れ屋さん
ウンスと 二人っきりなら、4日後なら
何度でも言ってくれるかな? ( ´艸`)
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さらんさん❤
休日出張から逃げるように帰ってきた私に、大好きな手裏房の酒楼にご案内いただき、ありがとうございます。
私もマンボ姐さんの熱々のクッパ、食べたいです~。
いやいや、それよりもヨンの照れくさい顔を拝みたいなあ。
「こいつのことが好きだろう?」的なことを聞かれ、「はい」と即答するのって、潔くて本当に素敵です!
中には、何を照れてか「いやあ、別に~」なぁんて誤魔化す輩がいますが、正直でシンプルなのが一番!
でも、シャイなヨンは素直に「そのままで充分きれいです」という本音が言えないのでしょうねえ(〃∇〃)。
へるもんじゃねえぞ~、おい!ヨンよぉ~!
ああ…私、素人劇したら、きっと師叔の役、大はまりです。
さらんさん❤
明日からまた新しい一週間ですね。
どうか、相方さんと素敵な時間をお過ごしください。