叔母上。アン・ジェ。
問い質したい事は山ほどある。ただその時間がない。
そこまで読んで計っていたなら大したものだ。皆して此方を謀りやがって。
康安殿を辞し、回廊を坤成殿へと足早に向かう。
たかが俺達の婚儀の為、王妃媽媽から王様へとご相談の上で叔母上に御言葉があったのだろう。
主君の命に背けぬのは血筋か。
叔母上も苦渋の上で最良の策を取ったはずだ。
一臣下である俺とあの方の為にどれだけの者が動いたのだ。
それがお分かりにならぬような王様でも王妃媽媽でもない。
たかが臣下の小さな婚儀一つの為に。
あの方を倖せにせねばならん。必ずこの命を懸けて。
動いて下さった方々の、掛けて下さった心まで背負って、必ず倖せにして差し上げねばならん。
御義父上の、御義母上の分までと思っていた。天界であの方の帰りを待つ方々の分までと。
それでもまだまだ読みが甘かった。
一体俺のあの方は、どれ程の者に愛されているのだ。
そしてそれを黙って、俺の為に苦手な嘘まで吐いて。
一体俺のあの方は、どれ程に俺の事しか考えんのだ。
一体俺という男は、どれ程の幸せ者なのだ。
婚儀の前日にこんな優しい嘘が露見するなど。
みな己の事など考えず、他者の為にのみ動きやがって。
どいつもこいつも、根っからの大馬鹿者だ。
「叔母上」
坤成殿へ続く回廊を曲がったところに立つ護りの武閣氏たちが、この姿に気付き掲げていた剣を下ろし頭を下げた。
顎で頷き空いた脇を通り抜ける俺を、御部屋前に立つ叔母上が鋭い視線で追い掛けるのを感じる。
扉前の叔母上の脇、三歩まで寄り声を掛ける。
「話がある」
もう分かっているのだろう。叔母上は覚悟の息を吐き
「来い」
それだけ言うと、扉を挟む逆脇の武閣氏へ目を投げた。
その武閣氏が頷き返すのを確かめ、先に立ち回廊を歩き始めた叔母上の背に従き、思わず浮かぶ笑みを噛み殺す。
怒ってなどおらん。俺と同じ馬鹿者だと思うだけだ。
ただ叔母上にいつも言われる言葉を返したいだけだ。
「・・・知れたか」
回廊の隅、足を止めると振り返らずにその背で問う叔母上に
「ああ」
その背から低く告げると、ようやく渋い顔が振り返る。
「分かっておろう。王妃媽媽は畏れ多くも、医仙の事を」
「ああ」
「本当の姉上のように慕っておられる。お前の事も一臣下の捨て駒などとは決して」
「叔母上」
その声の途中、呼び掛ける低いこの声に叔母上は口を噤む。
叔母上らしからぬ言い訳などさせたくはない。
全て俺と、俺のあの方の、そして主君である王妃媽媽の為だと誰よりも分かっている。
「一つだけ頼みがある」
「・・・言うてみろ」
「テマンはああいう男だ。あいつに黙れというのはやめてくれ。俺に黙っていろと言われれば、あいつは何より苦しい」
「それだけは申し訳ない」
「それと、あの方だ」
「医仙か」
「人一倍嘘の下手な方だ」
俺の声に頷きながら、叔母上が苦く笑う。
「そうだな。お前の周りは嘘の下手な者ばかりだ」
「ああ」
本当にそうだ。どいつもこいつも、皇宮の暮らしには向かん。
嘘も下手なら保身も下手で、正面突破しか知らぬ奴らばかり。
自分の事などどうでも良いと、単純な策しか知らぬ者ばかり。
そして最良の策とはいつも単純に出来ていると知る奴ばかり。
そうでなくばこの背を預けん。命を懸け共に戦場には立てん。
「権謀算術は叔母上に任せる」
「・・・年の甲だな。任せておけ」
「二度とこんな事はしないでくれ。王様に万一事あれば生きて行けん」
「心得た」
頷く叔母上に最後にこれだけは言わねばならん。
背を向け立ち去る前に、向かい合ったその姿をじっと見る。
餓鬼だった俺を鍛えて下さった。
早くに亡くした母上の代わりに何くれとなく手をかけて下さった。
御自身とて多忙を極める皇宮の尚宮として、武閣氏の長としての役目の合間を縫っては俺を、赤月隊を助けて下さった。
死んだように七年の間、命を長らえ続けた俺を見守って下さった。
そして王妃媽媽と共に、天界からいらしたあの方を影に日向に守って下さった。
「叔母上」
「何だ」
「本当に」
改まった口調に、俺を見つめる叔母上の眉が寄る。
向かい合った回廊の隅、中天に上がった陽が美しい。
皇庭に配した紅葉の葉が美しい。渡る秋風が美しい。
叔母上、あなたのお蔭であなたの甥は今これ程に倖せです。
「今迄長い間、本当にありがとうございました。
これからも、あの方をよろしくお願い致します」
そう言って深く頭を下げる。
こんな風に御挨拶するのは、恐らくこれが最初で最後だ。
「・・・ヨンア」
「はい」
「悪い物でも喰うたか」
叔母上らしい照れ隠しに噴き出しながら顔を上げ、首を振る。
「いや」
「ならば止めろ。今生の別れでもあるまいに」
「ああ」
頷いて、最後に叔母上へと告げる。
「俺やあの方を馬鹿者だ、愚か者だとおっしゃるが」
「突然どうした」
「血筋だと思ってな」
その失礼な物言いに叔母上は真赤な顔をして
「とっとと行ってしまえ!!」
そう言って俺へと手を振り上げ、この肩を強く突いた。
笑いながら踵を返し、俺は一人回廊を戻る。それでも知っている。
叔母上が回廊の隅の隅、万一にも他の尚宮や兵の目につかぬ隅へ身を隠し、困った顔でその目許を拭っていることを。

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皆の温かい気持ちが溢れ、涙腺の堅い私も思わずウルウルです。・°°・(>_<)・°°・
どんな婚儀になるのか…。もう、目が離せません(≧∇≦)
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叔母上だけじゃないわ
私も泣いてる ( ノД`)…
ほんとに ヨンも ウンスも みんなに愛されてる。
幸せになってほしいと みんな思ってる。
こんなしあわせなこと無いわ。
おば様も ようやく 肩の荷がおりる。
叔母と言うより 母のたちばで
みまもりつづけ ウンスのおかげで
時間が動きだして… そして幸せに♥
おば様も ヨンの言葉さぞかし嬉しかったでしょう。
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誰も彼も皆味方にして、周りのみんなにヨンもウンスも愛されて幸せですね❤️
ヨンから叔母さまへの結婚前のご挨拶。
ずっと見守っていてくれた唯一の肉親、叔母さまに感謝の気持ちを伝えたかったんでしょうね。
ジーンと来てしまいました。・°°・(>_<)・°°・。
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はじめまして!
毎日、ドキドキ、ワクワクして読ませて頂いています
もう胸が一杯の私です
いいね、する事もわからなかったくらいアナログな自分ですが
こんな楽しみをくださり本当に感謝しています!
あ~もうすぐヨンとウンスの結婚式ですね
私も待ちきれません!きっと泣けてしまいます!本当にこんな喜びをありがとうございます
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さらん様
涙で文字が霞んでしまいました。
あたたかい素敵なお話ありがとうございます。
シンイは今年の春頃初めて観て、最終回私の中では不完全燃焼で、えーっ?これからどうなるの?って跡を引く終わり方でした。
PCを検索してみると二次小説なるものがあるではありませんか。
夢中で皆さんの小説を読ませていただきました。
さらん様の文章はあまりにも高尚で驚いています。
先の予想がつかない展開に毎回脱帽です。
韓国で、もし監督さんがお元気でこの小説を読んでいらしたら、続シンイがあったやもと思うのは私だけではないと思います。
お仕事をしながら、私生活もお忙しいとは思いますが、これからも楽しみに読ませて頂けたら
と思っております。
ありがとうございます。
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この二人ほんとにいいよね。…>_<…
うんうん、良かったね。叔母さま
さて、いよいよ婚儀。
何毎もなく、終わるの?
さらんさん?
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さらんさん❤
ほろりときました。今宵も素敵なお話をありがとうございます。
本当によく似た二人ですね(o^-')b。
強面の人ほど人情味があるとか、愛想の悪い人ほどシャイだとか優しいとか言いますが、それって結構当たっていると思います。
私の父もそうでしたし、コモもヨンもそうですもの!
花嫁が婚儀前日に三つ指ついて両親にご挨拶するように、ヨンが数少ない肉親である伯母様にきちんとお礼を言うなんて…ホロリです、ええ話やで…さらんさん(iДi)。
婚儀までの貴重な時間を、丁寧にお書き頂き、ホントに嬉しいです❤
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心が温まりました
素敵なお話ありがとうございます
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わたくしも、人の多いカフェの中、右手にフォーク、左手にペーパーナフキンでこっそり目許をぬぐっております。。。(笑) なんなんもうヨンあらたまらんどいてなけるがな※心の叫び
お久しぶりです読み逃げ専門aymです…今回の長編、終わったあとに威風堂々ロスが来そうで今から怖いです!いつもありがとうございます。