威風堂々 | 53

 

 

「だいたい、どれくらい集まるんだい」

クッパで口を膨らませた俺に、マンボが前掛けで手を拭きつつ、卓向かいの師叔の横へ腰を下ろしてそう訊く。
ようやくまともな話が許されるらしい。
口の中のクッパを噛んで呑み込み、一息ついてマンボへ頷く。

「予想もつかん」
正直に伝える声に、大きな叫びが戻る。
「何だってぇ」
「酒と飯は切らしたくない。皆それを楽しみに来るだろう」

懐から音を立て剥き出しの銭を掴み出すと、そのまま卓上を向かいのマンボへと押し出す。
「これで用意できるだけ、とにかく頼む」
重かった懐が軽くなり、楽になって息を吐く。さすがの大枚にマンボの目が輝く。

そもそも婚儀には金が掛かると、マンボが無理に此方へ握らせた銭。
こうして使わせてもらえるなら何よりだ。
金が回ってこそ市が動く。市が動けば需要が生まれる。
需要が生まれれば民が働く。働けば金が生まれる。
繰り返しだ。それが大切なのだろう。
金も物も邪魔と言う俺のような奴ばかりでは、国が、民が、そして市が潤うとも思えん。

そこまで考え、卓上の盃を手に笑みが湧く。
いや、その分俺のこの方が買い物がお好きだ。俺もこうして酒を飲み、金を落としている。
少しは貢献していると眼を瞑ってもらおう。

「何だい、一人でにやついて。婚儀の夜の事でも考えたか」
卓向うのマンボから、容赦のない声が飛ぶ。
「・・・ふ」
口許まで運んだ酒を危うく零しそうになりながら、マンボを睨む。

「ふざけるな!」
「ふざけてなんかいないさ、こちとら至って真面目だよ。考えない方がまずいだろ。
それよりヨンア。あんた何人来るか分からんって、この銭を本気で全部酒と飯に費やすのかい」
「ああ」
「それじゃほんとに遠慮なく使うけど、良いんだね」
「そうしてくれ」
「まあ・・・喰い切れるだろうさ」

マンボは卓上の裸銭を掴むと立ち上がり、俺へ呆れた一瞥をくれた。
「開京の町のもんが、一人残らず来るならね」

言い捨てて厨へ入るマンボを見送り、師叔が首を振る。
「おめえ、相変わらず銭の使い方を知らねえな。良いかヨンア、ああいう時は先ず値切りの話ってもんをすんだ」
「国の金ならそうする。俺の金をマンボ相手に値切ってどうする」
「そりゃおめえ、そうだけどよぉ」
「とにかく四日後。いや」

声を止め、東屋の外に広がる夕闇を見つめる。
そして空の上、低い処に姿を現した銀の月を。
「もう三日だ、師叔。正味三日しかない。先ず声を掛けて欲しい。開京以外では碧瀾渡の火薬屋ムソン」
「おう」
「関彌領の領主、そして巴巽村の面々」
「巴巽村だな」
「必ず俺からと伝えてくれ」
「任せときな。言っといてやるよ。南北はどうすんだ」
「いや、南北は兵以外に知らせるつもりはない。特に北はな」
「まだ奇皇后が出て来るか」

師叔も大した食わせ者だ。酒で紅い顔をしつつも、痛い処を突いてくる。
「分からん。ただ知られぬに越したことはない」
「そうか」
「あとは誰が来ても良い。但し怪しい奴が入り込まぬよう、迂達赤の護りが厳重だと併せて触れ回ってくれ」
「そりゃおっかねえ。俺達は大丈夫なんだろうな、ヨン」
「ああ、大丈夫だ」

顎で頷き、脇のこの方の手を取って卓前の椅子から立ち上がる。
最後に師叔を見つめ片頬で笑むと、俺は低く声を放つ。

「確かに怪しさでは、手裏房の右に出る者はおらんがな」

 

*****

 

「チュンソク」
「はい、大護軍」
「誰かにチェ尚宮を呼びに行かせろ」
「・・・は?」
は、ではない。
昼の鍛錬の終わった兵舎の吹抜。天窓からの陽射しだけなら暖かい。
一歩表へ踏み出せばそこに吹く風は日毎に乾き、冷たさを増している。

鍛錬上りの兵達の憩いの群れの中、扉から踏み込みながら、其処に佇む奴へと告げる。
「今しか刻が取れん。あと三日だ」
「は」
「チェ尚宮が着き次第部屋に来い」
「は!」

私室へと階を駆け上がるこの背の後、トクマンが声を張る。
「大護軍、隊長、俺行ってきます」
「頼んだ。急げ」
トクマンの助け舟に乗るチュンソクの声に
「はい!」

大きく返答し、階を駆け上がる俺の足音を消す程に騒がしく、トクマンの足音が兵舎の扉へと向かって駆けて行く。

誰も教えてはくれなかった。婚儀前がこれ程に慌ただしいと。
階を駆け上がった勢いのまま回廊を横切り、私室の扉を押し開けて中へ飛び込みながら息を吐く。

兵の鍛錬、王様の守り。外部との連絡、そして婚儀の会場の思案。
あの方がいる。あの方を護る。
婚儀の日取りが決まって以来、それがまじない代りになっている。
己の欲など頭を過る暇も無い。

此処まで待ってようやく煩悩が薄れたか、もしくはそれすら考えられぬか。
俺に限れば、明らかに後者だろう。
寝台に横たわり小さな体を腕に、ただ離さぬように眸を閉じる。次に開ける時には窓外は薄明るい始末だ。
物音がすれば起きる自信はある。夜半に起きぬのは静かという事だ。
己で思い返しそうだと考えても、不安の種が尽きる事はない。

万一気付かず寝過ごす事はないか。
この方を腕に抱いたまま、危険に晒さぬか。
それ程深く寝入っているのか。戦場ではないからか。
受けてもおらん夜襲を憂う程、馬鹿げた話も無いと判っていても。

分かっているのに怖くなる。
絶対に喪うわけにはいかん。他の何を失ったとしても。
あと三日。
それさえ乗り切れれば、また平穏な日々がやって来る。
その為にまず今は宅の守りの確認を。

チュンソク、次はお前だ。見ておけ。俺が忙殺されるこの様を。
愛しい方の願いを叶えんと右往左往する事しか出来ぬ男の姿を。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さらんさま
    このシリーズ、人間くさいヨンがとってもステキです❤
    考え過ぎて、色んなことがグルグルグルグル・・・グラグラグラグラ・・・
    そして、ちょいちょい出てくる、チュンソクへの八つ当たりとも思える心の声・・・
    いけないと思いつつ、ついつい笑ってしまっています・・・❗
    さらんさんのリアルとリンクしている(のかな?)ような、お話の進み具合に、毎日続きが楽しみです。
    寒くなってきています。風邪などひかれませんように・・・❗

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん❤︎
    右往左往していても、さらんさんとこのヨンは相変わらず男前ですね。
    酒と食べ物が足らぬことのないように…って、今のお金だといくらくらい用意したのでしょうか⁈
    ああ、なんていやらしい! 私ったら(´Д` )
    そんな俗物的なこと、ヨンには縁遠いことなのにσ(^_^;)
    でも、今の世なら、懐から…ではなく、アタッシュケースか小切手か、ブラックカードか、はたまたパラジウムカードで決済か?
    ああああ、またまた えげつない!
    私のバカ、バカ!
    反省の意を表して、ウンスのように 自分の頬を何度でも張りますよ、私…(´Д` )
    …誰も止めてはくれませんが。
    さらんさん、やはり私も婚儀に参列したいです。
    ボーナス後なら、ご祝儀、はずみますから!
    ああっああっ、ごめんなさい~!
    またもや えげつない…(´Д` )

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