威風堂々 | 13

 

 

「紹介しますよ、これでも碧瀾渡じゃ顔が利く」
飯屋を出た処で、ムソンは胸を張る。
「大護軍様の、お衣装を作るんでしょう」
「ほんと?嬉しい、助かる!」

火薬屋の声に答を返す前に、この方が笑う。
「任せて下さい奥方様。碧瀾渡で一番裁縫の巧い店に案内します」
「そうしてくれる?」

しかし断言するこの男は、衣服に拘るようには全く見えん。
この背の後を着いて来た、初めて会った真夏のような結い上げもせぬ蓬髪。
そして麻の上下の上から質素なペジャを無造作に羽織った姿。

この視線に気づいたかムソンは自らの胸から下を眺め、眼を上げると困ったように笑んだ。
「大護軍様、俺の格好は好きでやってるんです」
そして少し照れたように
「まあ火薬にばかり回したせいで、懐が淋しいのもある」

どんな格好をしておろうと構わん。大切なのは火薬を扱う腕。
そして国への、王様への忠誠だ。
今は判じねばならん。この男がそれに値するのか。

先導するムソン、歩き始めたこの方に半ば引かれるよう、衣装屋に向け俺は歩き始めた。

 

*****

 

「黒い絹が、欲しいんです!」
同じ台詞を先日も聞いた気がする。白い絹が、欲しいんです。

火薬屋に連れて来られた店の中。この方は微笑みながら店主に向かい嬉しそうに尋ねる。
店主は顔を綻ばせる。
「はい、ご用意しましょう」
「この人が着る、婚礼衣装なんですが」

誇らし気にこの方が示す掌指の先の顔。
僅かに逸らしたこの顔を覗き込んだ店主は
「もしや」

言葉を一旦切り、次にムソンとこの方の顔を均等に見渡す。
「迂達赤大護軍様では」
「・・・・・・ああ」

思う。
ここまで顔が知られたら、もう俺は隠密行動や内偵など無理なのではないか。
あの時のように闇に紛れ敵の寝首を搔くには、この面は広く知れ過ぎているのではないか。

顔が知られて良い事など、兵にとっては何も無い。邪魔になるだけだ。
まして王様のお側で守らねばならぬ事も多い。
この面が旗印になってしまうようでは此処に王様が居る、襲えと知らしめているようなものではないか。

そして誰よりこの方だ。必ず己が誰より近くで護らねばならん。
なのにこれほど知れているようでは、俺の存在自体がこの方の身の安全を、脅かすのではないだろうか。

それでは何の意味も無い。俺がいる意味など。

そんな肚の裡など知らぬ店主は相好を崩して此方へ近寄り、この手を握らんばかりの距離で頭を下げる。
「光栄です、大護軍様の御婚礼衣装を作れるなど」
「・・・七日で、作れるか」
「ぜひやらせて頂きます。最高のものをお作りします」
「簡単で良い」
「そんな訳には参りません!」

店主の張った声に、ムソンとこの方も共に頷く。
「どういたしましょう。最高の慶事ですから、飾り刺繍は」
「そんな物はいら」
「何が出来ますか?何がふさわしいのかな」
「大護軍様の目出度い席だからな、うんと豪勢にしてくれよ!」

断ろうとした声に被せ、この方とムソンが店主に尋ねる。
「刺繍がお嫌いなら控えめにいたします。では織絹にしましょう。
唐織か、緞子か。生地自体に織があった方がよいのでは」
「見られますか?現物、あります?」
「勿論ですとも、奥方様。少々お待ちください」

大声を上げながら店主が店の奥へと駆けこむと、暫くして両腕に反物を抱え、大急ぎで戻って来た。
「さあさあ、こちらです。当店でご用意できる最高の唐織と緞子になります。どちらがお好みですか」

叫ぶように言いながら、大きな卓の上にその反物を重ねて行く。
「ヨンア、ねえ見てみて。どれが好き?」
卓に乗り出すようにしてそれぞれの反物を見比べながら、俺のこの方が嬉しそうに此方を振り返る。
「こりゃ同じ黒でも随分違うもんだなあ。大護軍様、ちょっとこっちに来てくださいよ」
ムソンが言って、俺を卓へと手招く。

女人の婚礼衣装ならば、どうにか理解はしよう。
しかし裸で挙げると言っている訳ではない。新しい衣は誂える。
黒を望むなら黒にする。それでも駄目か。まだ足りぬか。
婚儀に辿り着くまで、一体後幾つの難関を超えねばならんのだ。

衣装などどうでも良い。心から思う。ただこの方の望みを叶えたいだけなのだ。
だから頼む、訊かないでくれ。聞くならこの声に従ってくれ。
俺は簡単で良いと言っているだろう。
怒鳴りつけたい声を押さえ、代りに肚の底から大きく息を吐く。

我慢しろ。揉めるな。此処で衣を決めれば船に飛び乗れる。
乗れば三日後には天門。ご挨拶の日だ。
戻れば三日後には衣装。仕立て上がったこの絹を受け取り、そのまま菩提寺まで駆けてやる。
駆けて婚儀を挙げ、何処かの庭、来られるだけの者を集めて、がーでんの宴を催せば終わる。

呪いをまた唱える。此度は己の欲を抑える為ではなく、全ての事を穏便に遣り過ごすために。
我慢しろ、揉めるな。

大股で絹を広げた卓へと近寄り、上に広げた生地を見る事も無く指で一番手前の物を指す。
「これで」
「待ってヨンア、ちゃんと見た?」
この方の声に小さく頷く。
「はい」
「大護軍様、でもこっちも」
火薬屋の声をひと睨みで鎮める。
「筋雲ですね。他に鳳凰や牡丹も、金襴緞子もございますが」
店主の提案に首を振る。

我慢しろ、揉めるな。

「畏まりました。これでしたらお背の高い大護軍様に良く映える。では、刺繍は」
「縁起ものとか、決まった模様とかはありますか?」
「さようでございますね、大護軍様なら麒麟は如何でしょう。
亀、鳳凰、龍と並ぶ吉祥獣です。迂達赤の鎧にもありますし」
「それがいいです!絶対それがいい!」

小さく叫ぶように、嬉し気な声でこの方が言い募る。
「畏まりました。では、早速当てさせて頂けますか」

この指で指した黒い反物を大切な赤子を抱くように胸に抱えた店主に向かい、俺は頷いた。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

3 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    こんにちは~~
    いつも 読み逃げですみません
    さらんさんの小説は 私の生活の一部です…
    ありがとうございます
    二人の婚礼衣装がぜひ!見たいのです
    私のつたない妄想の限界 超えてます…
    あ~~~みたいなぁ~無理ですね

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、今日も素敵なお話をありがとうございます。
    着るモノや装飾品にはまるで無頓着なうえ、恥ずかしがり屋のヨン…(#^.^#)。
    そういった類のお店に入るのも、苦手なのでしょうね。
    でも、黒の衣装はきっと似合います。
    ああ、やはり見てみたいなあ。
    そうそう、黒の布地ほど、比べた時に織や素材で、上質なのかそうでないのかが一目瞭然だ!というのが、我が家の母親の持論です。
    ヨンの婚礼衣装に使う絹、現代ではきっと手に入らぬくらい高級なものになるのでしょうね。
    さらんさん、今宵は楽しんでくださいね!

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です