威風堂々 | 31

 

 

この時代、徳興君は本当ならもっと後に出て来るはずだった。
キチョルが死ぬのだって、あんなに早くはなかったはず。
私が勉強した国史では王様の、恭愍王の政権が落ち着いてから粛清されるはずだった。

そして徳興君が出て来て、前後して辛旽が王様になり替わって、政治を操るようになるんだから。
でもその時には歴史上、もう王妃媽媽はいらっしゃらないのよ。
それが悲しすぎて耐えられずに、王様は政治放棄するんだもの。
その隙に、辛旽につけいられる。
そして辛旽は、自分の息子を王様の後の王位に就かせるのよ。
それが二代続いてしまう高麗末期。辛旽らしき男なんて、今はまだ影も形も現れてないじゃない。

まだよ。それまでにはいろんな事が起きる。開京が紅巾族の攻撃で陥落する。
それをあの人が奪還するはず。若かった頃の・・・太祖、李 成桂と一緒に。
あの人はその後、南で倭寇を攻める。そして大勝するのよ。
その時その戦艦には大砲が積んである。黒色火薬が完成してる。なのにまだそんな話は聞いてない。

それなら火薬は今、まだ完成してないのよね?
この流れなら多分その黒色火薬を完成させるのは、碧瀾渡のあの火薬屋さん、ムソンさんのはず。
赤月隊が救えなかった村の、生き残りの火薬屋さん。
そして火薬が出来た頃には綿花も民間に広まってるはずなのに、何度市場に足を運んでも、店先にあるのは高級な絹か硬い麻だけ。
木綿公ムン・イクジョム先生が筆箱に入れて木綿の種を元からこっそり運んで来るのは、きっと今よりもっと後。

分からない。こうして歴史の端々は思い浮かぶのに。キーワードは覚えてるのに。
イライラする。でもまた髪をぐしゃぐしゃにしたらあの人が嫌がるからこらえて、親指の先を噛む。

もし新しい敵が出て来たなら、それは誰?私が習った誰かなの?どうすればあの人に教えられる?

あの人を助けられないなら、王様や媽媽をお助けできないなら。
あの人を大切にしてくれる、あの人が大切に思うみんなを救えないなら、こんな知識どれだけ頭に詰まってたってクズよ。
クズのままにしたくないから、分かる限りどうにかしたいのに。
あの人を助けられるならどれだけ歴史をねじ曲げたって、最後に天罰が下ったって、全部私が受けるのに。
受けるから、それまであの人を幸せにしたいだけなのに。
楽しい、嬉しいって思って、笑って元気にご飯を食べて生きて欲しい。その横にいたいだけなのに。それなのに。

ぱん!!

目の前で突然打ち鳴らされた音に、驚いて顔を上げる。

叔母様がいつの間にか近寄った私の目の前で、こっちを見つめてる。
いつものポーカーフェイスを装って、でもその目がすごく心配そうに。
「ウンスヤ」
珍しくそう言って私の顔を覗き込む。
「どうした」

叔母様の声に私は急いで首を振る。心配なんてかけたくない。
まだクズのままの不確かな情報で叔母様を、そして誰よりあの人を振り回したりできない。
そんなことしたら、また余計な敵が増える。余計な敵が増えたら、あの人を走らせる。
あの人が辛いのはもう嫌。それでまた逃げ出すのは嫌。
あの人の足を引っ張り続けるなんてもう絶対に嫌なの。

どんなに単純でも、どんなに後先考えなくてもそれくらいは覚えた。
あの人は私の為なら何でもする。命を懸けるって言葉は比喩じゃなく、あの人は本当に命を懸けちゃうから。
あの黒い瞳で笑って、顎先で小さく頷いて、あの声で言う。
行って参ります。

そしてもし、帰って来なかったら?本当にそれが最後になったら?
そうしたら私、ずっと呼ばなきゃいけない。

そこにいる?

そう呼びながら、次に逢えるまで待たなきゃいけない。そんなのダメ。待ってる私なんてどうでもいい。
あの人がやるべきことが未来にたくさんあるのに、私のせいで1人きり先に行っちゃうなんて許せない。
そんな事になったら、自分を許せない。

「勘違いするな。此度の事は、政と直接の係わりはない」
叔母様は厳しいけれど優しい、いつもの声で言ってくれる。
「そなたが天界の、何を知っておっても構わない」
「はい」
「その全てであ奴を助けようとしている事、よく分かっている」
「・・・・・・はい」

泣きそうになって慌てて俯いて、どうにか声だけで返事する。
目を逸らしてもちゃんと聞いてます、そう伝えるために。
叔母様はいよいよ、はぁと深く溜息をつく。
「悩ませる気などなかった。婚儀の前の一番楽しい時だ」
私は黙って、こくこく頷く。

本当よ、やっと衣装も出来上がって気分も盛り上がってる時。一番幸せな時のはずよね?
確かに結婚する友達が、昔言ってた。結婚雑誌にもよく載ってた。
結婚式は大変だ。見栄と世間体と、周囲の理想に押し潰されそう。

でも私たちの場合それともちょっと違う気がするわ。何しろ大きく言っちゃえば韓国の未来がかかってる。
おまけに愛した相手は、あのチェ・ヨン大将軍だし。

頭がぐちゃぐちゃよ。あの人を心から愛してる。絶対離れない。それだけじゃダメなの?
あの人を助けるなら何だってする。歴史を変えたって構わない。それが許されない事なの?
たとえ変えられなくたって歴史通りなら、あの人はまだまだ長生きしてくれる。それだけが心のよりどころよ。
それまでに絶対私がどうにかしてみせる、イ・ソンゲの事は。そう思う事で少しでも気分を明るくしたいのに。

「・・・私が隠すから、おかしくなるのか」
年長者よ。あの人の唯一の肉親。大切な叔母様。だけど我慢しきれなくて、私は思わず大きく頷いてしまう。
そんな私に苦笑すると、叔母様は諦めたように呟いた。

「お主にまであ奴に黙っていろと口止めするのが、酷な気がしてな」
「何なんですか?」
「しかしあ奴が知れば猛反対するのは目に見えておる」
「叔母様、だから」
「当日までお主ら二人には黙っておるつもりで」
もう嫌。我慢できない。こんな奥歯に物の挟まった言い方。
「あの人と私の結婚式です。知る権利があります」
「そうだな」
叔母様が覚悟を決めたように頷いた。

「王様と王妃媽媽が、婚儀に参列される」
「・・・はい?」
「ヨンが連城の璧ほど稀有な力を持つとてたかが兵だ。その一兵の婚儀に王様が参列される。どう聞いても妙であろう」

確かに変よ。それって例えばエリザベス女王が、たとえ偉いとしても一軍人の結婚式に出ますって言ってるのと同じでしょ?
「ほんとに、いらっしゃるんですか」
「何しろ媽媽がな」
叔母様は言い辛そうに言葉尻を濁す。

回廊を気持ちよく乾いた秋風が抜ける。まだ寒いって程じゃない。
叔母様の青と緑の尚宮服の後ろ、風に吹かれた紅葉の枝が揺れる。

 

 

 

 

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