威風堂々 | 59

 

 

「アン・ジェ」
事前に訪れるなどと言えば逃げられる。
分かっているから先触れなしに踏み込んだ禁軍の兵舎。
案の定、奴は面喰って、突如現れた俺の顔を凝視する。
「・・・チェ、ヨン」
「話がある」

此処まで俺を案内し、今は俺の脇で所在なげに佇む禁軍の兵を睨み殺すように眺め、アン・ジェが渋々席を立つ。

「・・・話を、続けろ」
立ち上がったアン・ジェがぼそりと集まった兵達へと告げる。
「はい・・・」
そう頷く禁軍の面々も、何処かで見覚えのある奴らばかりだ。
雁首揃え、気まずそうに此方を探りつつ眼を落としている。

俺が乗り込む寸前まで軍議をしていたのだろう。
その卓の上に広げられた紙に書き取られた、何処かの庭の図。
余りに突然のこの来訪に、丸めて隠す隙すらなかったと見える。

わざと卓へと歩み寄り、この指先でその図を指してやる。
「見た事のある庭のようだ」
うんざりした顔で首を振り、アン・ジェが厭な声で呟いた。
「本当に性格が悪いな、チェ・ヨン」
「お前に言われたくはない」
「話があるんだろう」
「ああ」

顎でそのまま軍議の部屋の扉を示す。
そのまま歩き出した俺の後、アン・ジェの観念した足音が続く。

禁軍の兵舎を出で周囲へ視線を巡らせる。
勝手が分からん。人目につかぬ処は何処だ。
「ついて来い」
そう言って背後に従いていたアン・ジェが二歩前へ進み出で、俺の前を真直ぐ歩き始める。

案内されたのは恐らく、奴の私室なのだろう。
簡素な部屋の中で奴は騒がしい音を立て、備えた卓前の椅子へ腰を下ろした。
「もう逃げん。俎板の上の鯉だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

開き直った声に片頬で笑み、奴の向かいの椅子へ腰を下ろす。
「道は確保したか」
「は?」
「退路だ。確保したか」
「・・・あ、ああ」
「何処を選ぶ」

淡々と重ねるこの声にアン・ジェは驚いたよう唾を呑み、慌てて話し始める。
「まず何かあれば北へ。そのまま裏の山を皇居へ。最短だ」
「獣道程度しかない。王妃媽媽には危険だ」

首を振る俺にアン・ジェの目が当たる。
「ならばどうする」
「俺に訊くな」
「お前の邸だろうが」
「お前の策だろうが」
「チェ・ヨン、怒ってるならそう言えよ」
アン・ジェの済まなそうな声に首を振る。

「怒ってなどおらん」
「怒っておろうが。お前の面も、その声も」
「生まれつきだ」
「嘘を吐け!生まれた時からそんな恐ろしい声の赤子が居るか!」
「アン・ジェ」
「・・・何だ」

お前の父上と顔を合わせる機会はほとんどなかった。
隊長に連れて行かれた数回程度だ。
それでも隊長が珍しく穏やかな顔だった事を覚えている。
廿の頃から知っている。お前の優しさもそして甘さもな。

「俺ならば南へ行く」
「大路だろう。人通りが多い」
「最短ではないが、次に皇宮に近い。人通りが多いという事は逆に敵も追いにくい。条件は同等だ」
「ふむ」
「南にも門がある。厩に遠い故使っておらん。王様にお使い頂くには小さいが火急の折は仕方ない」
「そうだったのか」
「お前な」

そうだったのか、ではなかろうが。
咽喉元まで込み上げる怒鳴り声を無理に呑み、懇々と奴を諭す。
「俺ならば、策を練る前に現場を見る」
「そんな事をすれば、お前かお前の家人に見つかるだろうが」
「適当に嘘を吐け。会いに来たなり、酒を下げて来るなり。
見つかったら、前祝いに飲もうと思って来たと言えば良い」
「相変わらず悪知恵も働くな」

感心する処ではないだろう。王様を守ると決めたなら、まして秘密裡に計画するのなら、そこまでやって当然だ。
万一事が起これば、その責を負うのはお前とお前の部下の命。
準備の時間が短かかったとはいえ、一体どこまで暢気なのだ。

「ともかく何かあれば南庭を進め。俺かテマンかチェ尚宮が必ずお前らと武閣氏を先導する」
「分かった」
「当日は民の出入りも多い。絶対に王様をお一人にするな。迂達赤の守りも必ず付ける」
「頼む」
「玉座は南に向けておく。背後は山だ。西側を二重で守りを敷け」
「そうしよう」

アン・ジェ。お前の言うべき言葉ではない。頼むだの、分かっただのと。
お前が柱にならねば、率いねば、何処からも見える大きな山にならねば、兵達は何処を見て進めば良い。
全てを見渡せる空の鳥の目、地にあって虎の目をを持たねば、王様の御命、兵の命をどう守る。

一体何の因果だ。何故婚儀の前日にこんな話をせねばならん。
痛む蟀谷を片手で押さえ、卓向うの奴へ目を投げる。
アン・ジェ。お前もチュンソクと同じ匂いがする。
二番手ならばこれ以上ない程に頼もしいのだがな。

せめてお前の横の鷹揚隊副隊長が、お前と同じ程度の頼り甲斐ある男であることを祈ってやる。
そうでなくば恐ろしすぎて、王様の守りだけでなくこの後は皇宮の禁軍の衛にまで手出し口出ししてしまいそうだ。

死なぬ程度に鍛え上げる。許される限り迂達赤だけでなく全ての兵を。
戦場で亡くして困るのは迂達赤だけに限った事ではない。
全てが高麗の民。王様の兵。みな愛しい者が待っている。

何の因果だ、己の婚儀前日にこんな事を肚の裡に誓うなど。
卓向うに聞こえぬよう、押し殺した息を吐く。
それに気付かぬ暢気な男は腕を組み、感心するよう頷いて
「成程、南はそんな風になっていたか」
などと、ぶつぶつ一人で呟き続けている。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    アンジェ 鳩が豆鉄砲!
    ばれたかー!
    ヨンも さすがに 気になる護り
    ゆっくり しあわせかみしめる 時間
    あるかしら? それは がーでんが
    無事におわったらね
    ( ̄ー ̄ゞ-☆

  • SECRET: 0
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    さらんさん❤︎
    さすがヨン!(というか、さすが さらんさん!)。自分の婚儀とはいえ、守りにかけては金城鉄壁の構えを崩しませんね。禁軍を率いる猛者 アン・ジェをしても、ヨンの冷静沈着さと一分の隙も許さぬ緻密な頭脳には、とうてい適わないのですか! ああ、あやかりたい(どこをどうやって…?)。
    でも、婚礼衣装や指輪を試している時とは違って、戦略を練るヨンは、きっと生き生きとしているのでしょうね。
    さて、がーでんぱーてぃの警備も固まり、ヨン(=さらんさん)のおっしゃるとおり正にまな板の上の鯉。もう、どうにでもしてくれ…という感じですね。我が家の犬も、シャワールームに連れていかれたとたん、観念してジタバタしなくなりますが。
    さらんさん、婚儀前の楽しい時間をお見せ頂き、ありがとうございます

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