比翼連理 | 51

 

 

「はーーーーっ、生き返る!」

楽し気に叫び、ウンスは大きく両腕を広げる。
江からの風がその髪も、広げた腕の袖も揺らし、後ろへ靡かせて過ぎる。

「暑いならば、尚更宿に」
脇に立つヨンの声に頑なに首を振り、ウンスは目の前の碧の江を見る。

珍しく声を上げる事もなく何か騒ぐでもなく。
笑うわけでもなく、かといって泣くでもなく。
ただ静かな、不思議な目で。
「繋がってるよね」
「は」
「この川。繋がってるよね?」
その声にヨンは頷いた。

江も、空も。陽も、月も。浪も、風も。
過ぎゆく時が。流れるこの世の全てが。
「はい」
「うん」
「繋がっております」
「うん」
広げた細い腕が下り、ウンスの指がヨンの指先を握る。

繋がっている。己の全てが、この細い指先に繋がるように。
この心の全てがその心へと流れ込み、繋がっていくように。

あなたの声は天を駆け、あの天界へと繋がっている。
届くだろう。星の、陽の光が天から地へ届くように。

この江の流れが、見知らぬ大きな国へと繋がっている。
それよりも彼方、あなたの大切な方々の待つ天の国へ。
繋がっている。繋がっていく。遥かな時の流れを超えて。
その中であなたを護る。何処でいつどのように逢おうと。

変わるものなどない。いつとて同じだ。
遅い歩みの末に出した答に迷いは無い。

俺の永遠が振り返る。この眸を見上げて、溶けるように笑む。
その笑みに涯も区切りもない。ただ在るだけだ。いつも隣に。

己が添うとは、契るとはそういう事だ。
隣にいるのは当たり前ではないと知る事。
永遠に隣にいる方に朝に晩に感謝する事。

その永遠が小さく唇を動かす。青と白の世界の中で。
「お腹、すいちゃった」

ヨンは小さく笑って頷き、その永遠の手を引いて歩き出す。

 

*****

 

「うーーーん」
「・・・何か」

相変らずの饅頭を前に唸るウンスを卓向かいから眺め、ヨンは眸を眇めた。
腹が減ったとおっしゃるからお連れした。
この方が眠たい時と、腹が減った時だけはすぐに動く。
戻ってこうして共に過ごし、骨身に染みついた教えだ。

俺や兵らとは違う。放って後回しにすれば豪い事になる。
この方が不機嫌に駄々を捏ね、大騒ぎするのは懲りている。
まして抜いた挙句あの時のよう倒れられては、此方の心の臓がもたん。

「召し上がりませんか」
「うーーーん」
何をそれほど難しい顔で、卓上の饅頭を睨んでいるのだ。
喰うのか、喰わぬのか。それとも美味そうではないのか。
「熱そうじゃない?」
「・・・饅頭ゆえ」

余りに無体なウンスの言葉にヨンは首を振る。
饅頭は蒸すものだろう。湯気で蒸して熱いのは仕方ない。
「でも、夏じゃない?」
「・・・ええ」
「季節感がないのよね」
「季節、感」
「そう。秋ならいいわ。冬は最高。あったかいおまんじゅう。でも夏はコンビニにだって売ってないわよ。
マンドゥクッなんて、もうお正月料理って決まってるようなもんだもの」
「・・・はあ」
「冷麺が、食べたいなあ」
「は?」
「冷麺が、食べたいなあ」
「冷麺」
「うん。ああ、どうしよう。言ったらすっごく食べたくなった」
ウンスは堰を切ったように、滔々と言葉を重ね始めた。

「氷スープなんて、わがまま言わない。でもここ、北じゃない?作る気になれば、絶対材料は揃ってるはずなのよ。
ムルレンミョンもピビムネンミョンも。だってチャングムだって王様に出してたもん。冷麺。
蕎麦粉、でんぷん、緑豆粉やどんぐり粉っていうのもあるわよね。
食糧事情の問題なのかな。キムチやコチュはなくても、トンチミや酢や、砂糖やごま油はあるし、牛肉や鶏肉だって。
スープは絶対取れるはずよね。煮るだけだもん。ヨンアは食べた事ない?」

並ぶ不思議な言葉の端々、唯一聞き慣れた言葉をヨンは逃がさない。
「王様が召し上がるものなのですか」
「え?」
「冷麺とは、王様が」
「宮廷料理って聞いたことはないなぁ」
「民が喰っても良いものですか」
「うーん、多分」
「探してみます」

それほど喰いたいならば、そして民が喰って良いものならば。
冷麺、と口の中で呟いてみる。
飯を共に喰う。卓を共に囲む。
毎朝そして毎夕。共に飲み、共に喰う。
毎日の事だ。互いの血になり肉になる。
出来る限り、この方の喰いたいものを。

ウンスはようやく指を伸ばして皿の饅頭を掴みかけ、息を吐いてその手を離した。
「やっぱり熱い」
「・・・饅頭ゆえ」

ヨンは諦めて息を吐くと、己の大きな掌で饅頭を掴む。
そしてそのまま両掌の間で遊ばせ、少し冷めたものを半分に割る。
それでも中から立ち上る湯気に眉を顰める。
これでも文句を言うだろう。

割った饅頭に息を吹きかけ、湯気が飛ぶまで冷ます。
ようやく湯気が飛んだところで向かいのウンスへ差し出して
「冷麺はともかく。今はこれを」

ヨンがそこまでしてようやく、ウンスは素直に頷いた。
「もっと早く、してくれればいいのに」
上目でヨンを軽く睨み、嬉し気に饅頭を齧る。

ならばもっと早く言えば良かろうに。
呆れて息を吐くヨンを尻目に、ウンスはにこにこと饅頭を手に取った。
「はい」
「・・・」

ヨンはそのまま饅頭を、そしてそれを掴むウンスを見遣る。
「食べよう、一緒に。食べたら宿に戻ろう?」
「熱いので」
「は?」
「熱いので」
「だってさっき、普通に持って」
「・・・熱いので」

ウンスは呆れたように笑うと小さな手の中の大きな饅頭を二つに割り、そこへと息を吹きかけた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    うふふ なんだか
    かわいいわ。 
    口調は 固いけど
    同じこと やってもらいたがる
    甘えん坊? あははは
    かわいい。 ま、ウンスにしか
    そんな姿 見せないでしょうけどね。

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    さらんさん、こんばんは。
    今宵も素敵なお話をありがとうございます。
    隣りにいるのが当たり前ではないことに、日々、朝夕に感謝しているというヨンの心の声。
    本当にそのとおりだと思い、感慨深く拝読させて頂きました。
    それにしても、ヨンの優しいこと!(*^。^*)
    この時代に無い食べ物まで、どうにか手に入れてウンスを喜ばせてあげるに違いありません。
    ウンスの食べっぷりを見るのが、ヨンの楽しみでもあるのでしょうからね。
    さらんさんはしっかり召し上がっていらっしゃいますか?
    夏のワードリクエストでも、キリ番を踏んでおられましたが、夏バテ解消には「うなぎ」も良いですよね。
    さらんさんは、お好きですか?

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