比翼連理 | 13

 

 

「ヨンア」
翌昼前、訪うたチェ・ヨンの宅の玄関先で、チェ尚宮は言葉を失った。
「何だ」
チェ・ヨンが穏やかに問い返す。
「医仙は、何とした」
真っ青な顔、目の下に茶色い隈の浮いたウンスの顔を目で示し、チェ尚宮が重ねて問うた。

呟くように交わされる二人の言葉にウンスは声も出せずに首を振り、その途端襲ってくる頭痛に、思い切り顔を顰めて俯いた。
「勝手に飲み過ぎて、悪酔いしたんです」

ウンスの声にチェ・ヨンは深く頷いた。その通りだから仕方がない。
「・・・そうだったのですか」
真青な顔色の理由が分かり、チェ尚宮は息を吐いた。
「せっかく内向きの人が来てくれるのに」
ウンスは申し訳なさそうに、なるべく頭に響かないよう言った。

「それは構いませんが、医仙は問題ないのですか」
「うーん、大丈夫だと思います。夏だしこの後ひと汗かけば、アルコールも、だいぶ抜けるかなって・・・」
「風呂でも浴びれば如何ですか」
チェ・ヨンがウンスに勧めた声に、チェ尚宮が頷く。
「さすがに叔母様が来て下さっているのに、それは」
「そうされませ、医仙」
「でも、それじゃ」
「お辛そうです」
「だけど」

玄関先の押し問答にチェ尚宮は鼻から息を吐いた。
そしてウンスを睨むと、厳しい小声で一言告げた。
「ウンスヤ!」

初めてのその呼び声に、ウンスは驚いたように目を丸くする。
チェ・ヨンが慌てたように、ウンスを背に回す。
「叔母上」
その取り成し声を無視するとチェ尚宮は腕を組み、ヨンの背後から顔を覗かせたウンスを見詰めた。
「年長の家族の声を敬う。当然であろう。がたがた抜かさず、さっさと一風呂浴びてこい」

チェ尚宮はそのまま宅へと上がり込み、チェ・ヨンとウンスの横を無言で擦り抜ける。
そして廊下を進みながら目を緩めると、後ろの若い二人を振り向いた。
「待っておるから、急げよ」
その声に、ウンスは心から嬉しそうに笑って頷いた。

 

*****

 

「驚いたぞ」
ヨンと二人、差し向う居間の座で、チェ尚宮は目で問い返す。
「急にあのように呼ぶから」
「何を下らぬ事を言っておる」
チェ尚宮が首を振りながら、呆れたように呟いた。

「お前の嫁御だ。私にとって姪になる。いつまでも医仙医仙と客人扱い他人扱いなど期待するな」
「喜ぼう」
「喜ぶか泣くかは知らん。知っての通りの扱いだからな」
「あの方だけは、張飛ばすなよ!」
チェ・ヨンは己に放たれるチェ尚宮の速手を思い、慌てて釘をさす。
「さあ、どうだかな」
チェ尚宮は無表情を作り、呟いて目を逸らした。

 

「御免下さいまし」

夏の太陽が中天に差し掛かる頃。玄関先で上がった声に、居間の三人の話し声が止んだ。
チェ・ヨンがチェ尚宮を見遣ると、チェ尚宮は頷きながら
「来たようだ」
そう言って、卓の前から腰を上げた。
チェ・ヨンが先導する廊下を、チェ尚宮とウンスが玄関へと向かう。

大きく開け放った玄関扉の前。
夏の庭の木々を背景に二つの影がある。
一つはチェ尚宮と変わらぬ程、小柄で締まった、そして鋭く尖った、鍛えた肩の線を持つ女人。
ゆるぎない真っ直ぐな背を伸ばし、すっくと立つ逆光の影。
確かに遣えそうな体つきだと、チェ・ヨンは影からそう踏んだ。

しかしその横の影のでかさと言ったらどうだ。
自分も上背にはそこそこ自信がある。決して小柄とは言えぬ。それでもこの影の比ではない。
これはまるで小さな山が、そこにそのまま立っているようだ。
若杉の木の幹のような首も、盛り上がった肩も、分厚い胸も。
あの胴など、この両手でも抱え込めるかどうか分からぬ。

玄関先で前まで寄るとその男の貌の下半分は、一面夏草のような髭で覆われていた。
己が目の前に立ち、この頭の先がようやく男の眉に届くか届かぬか。
人の顔を拝むのに、僅かとはいえ顎を上げるのは初めてだ。
髭面の男は僅かに目を下げて、この眸をじっと見返した。

「来たな」
チェ・ヨンの後ろから、チェ尚宮が二人へと声を掛けた。
小柄な女人は背筋を真っ直ぐに、深く頭を下げる。その腰から垂直に折る礼の仕方は兵のものだ。

そのまま体を戻すとようやく表情を和らげて、女人は懐かし気に呟いた。
「隊長」
「隊長などと呼ぶな、タウナ」
「失礼しました」
微笑んだ女人の前で、チェ尚宮はチェ・ヨンとウンスに手で示す。

「こちらが先に話した者だ。元武閣氏剣戟組頭、イ・ダウン」
「お会いできて光栄です。大護軍殿、医仙殿」
タウナと呼ばれたその女人が、ヨンとウンスに向けしっかりと深く頭を下げ直した。
「こちらは私の連れ合い、ヤン・コムと申します」
タウンの声に横の小山のような男が、無言で深く頭を下げた。

「ヤン・コム殿か」
冗談であろう。そう思いながらヨンは繰り返した。
「渾名か、呼び名か」
「いえ、授け名です。実のご両親からの」
コムが何かを言う前に、妻のタウンが愉快そうにそう言った。
「体中の毛が豊かだったそうです。生まれた時から」

だからと言ってコム、選りによって熊か。正にその名に恥じぬ風貌だ。
ヨンは頷き、タウンとコムを宅の内へと招き入れた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    あちゃ~ やっちゃった。
    酒癖わるし~ ウンスさん
    一番見せたくない人に 醜態をみせちゃったね
    お気を付けあそばせ~
    ふむふむ 新たな登場人物…
    うふふ どんな人かな? ( ´艸`)

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    さらんさん、こんばんは。
    またまた、素敵な新キャストが登場ですね!
    まだお名前しか明かされていませんが、この先の展開に一役も二役も買ってくれそうな二人で、もう楽しみで仕方ありません。
    叔母様のひょうひょうとした愛情も、大好きです。
    ああ、いいなあ、このシリーズも…。
    さらんさん、今日も素敵なお話をありがとうございました。

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