紅蓮・勢 | 41

 

 

左右へと大きく開いた目の前の門扉。
門を挟んだ此方と向こうの大篝火でまるで昼のように明るい。
そこを超え馬で城内へ進む五千の姿を、煌煌と照らし続ける。

これ程に容易く開くものだったか。
今まで王様が待ち望み、その為に幾多の犠牲を強いた双城総管府の陥落とは、これ程呆気ないものだったか。
此度の開門、イ・ジャチュン、そしてソンゲ父子の功績はでかい。
この後、中央でかなりの官位がつくだろう。
しかしイ・ジャチュンの抜け目のなさは気にかかる。
功だけを判じ性急に王様のお側近くに置くわけにはいかぬ。

此度徳興君の滞在を内密にしていたのは、恐らく開門を拒否した時の切り札代わり。
風向きが変わり双城総管府に残るとなれば、王様を王位より追い落とすため、徳興君を取って置いた。
結局は門を開けた、それがつまりは意思表示。
不要な徳興君が片付き、安堵していることだろう。

奴が居らねば、開門反対派のチョ総管の立場が弱くなる。
俺は知らぬ間に、イ・ジャチュンの片付けを手伝わされた。
奸計とも呼べぬ浅知恵に、篝火に照らされた口端が上がる。

イ・ジャチュン、お前は知らぬ。
この俺がどれほど死に物狂いであの鼠を探していたか。
どれほど血眼で、元の中を、虱潰しに当たっていたか。
こちらに内密で片づけを手伝わされたのは気に喰わん。
しかしこの手であの尻尾を引掴み、引き摺りだせた事については、礼を言ってやりたいほどだ。

気掛かりは此度尽力したあの兵たちの行き場。
李家の私兵にするとは即ち、奴に力を持たせる事だ。
たびたびこんな浅知恵を働かせるイ・ジャチュンにそこまで力を持たせるのは、まだ危険だろう。
あの当時の奇轍の二の舞にもなり兼ねん。
といって元の兵だった者らを皇宮の守りに付ければ、万一にも元と通じ続けていた時は被害が大きすぎる。

官軍として地方に送るか。ならば忠州尚州周辺の内陸。
元と繋ぎを取るまでの途の何処かで引っ掛かるだろう。
若しくは暫し様子を見るか。ウヨルに探りを入れるか。

元の兵であれば、二心なしとはっきり分かる奴は寧ろ身近に置いておきたい。
これから先の紅巾族との衝突に備え、内部の事情に通じている者は貴重だ。

約束は必ず守る。兵には何の咎もなし。
兵が増え人手が増えるのは何れにしろ有難い。
イ・ジャチュン。お前を片付けるなら別の機会だ。
俺のこの方、そして王様に何か企めば遠慮はせん。

「大護軍殿」
門内へ並んだ奴らが、目の前まで進んだ馬上の俺に深々と頭を下げる。
イ・ジャチュンが一歩進み出で、こちらへと丁寧に声を掛ける。
「ようこそおいでくださいました」
「尽力、感謝する」

そう言いながら鞍を滑り降り、控えるウヨルに向かい
「兵を東の正館に向かわせたい。俺の馬を使え」
「畏まりました。先導します」
ウヨルが頷き、身軽に俺の馬の鞍上へと飛び乗る。
「テマナ!」
「はい!」
奴がそれだけ頷き駈け出したウヨルの繰る馬の真後ろ、ぴたりと着くよう馬を駆る。
その後ろに鷹揚隊の騎馬が続く。

遠ざかる蹄の音を聞きながら、次にイ・ソンゲへと目を当てる。
「寝こけている兵はどこだ」
「主兵舎に」
「近いか」
「すぐそこです」
「アン・ジェ!」
奴がそれに頷き、後方を振り返り声を張る。
「鷹揚隊二隊三隊、出るぞ!」
「はい!!」
返答した奴らが馬を降り、イ・ソンゲとアン・ジェの背後、闇の中へと駈け出す。

残りの兵たちが続いて馬を降りる。
「残兵は何処に」
俺の問う声にイ・ジャチュンが苦く笑む。
「南北の建物の守りと、チョ総管の護衛に付いております」
「チョ総管は何処に」
「門を死守する気があれば、既に此処にいるかと。開門の刻もお知らせしてあります故」

篝火に照らされ昼のように明るい門前。
そのイ・ジャチュンの言葉に天を仰ぐ。
つまり双城総管府大将、あの雪中で見たチョ総管は姿すら見せず、兵を見捨て、尻尾を巻いて逃げたのだ。
出兵前、まだ共に出ると知らず、俺は典医寺でお伝えした。
前の戦より簡単だ。膳は整っている。上がった飯を喰らい、すぐに戻る。
しかし此処まで呆気ないとは思わなかった。

両脇をチュンソクとトクマンに護られ馬から降り立つ小さな影が、この足許へ伸びてくる。
大きな鎧姿の影の中、細く揺れる影は頼りない程だ。
イ・ジャチュンが顔を上げ、篝火の中の姿を見つけ目を瞠る。
「もしや、貴女様は」
「え、えと」
イ・ジャチュンの立場が判らぬ以上、この方も名乗って良いか逡巡されたのだろう。
あの当時は双城総管府千戸長、元の手の者だった。

一歩大きく動き、この方の姿を半分隠すように立ち塞がる。
気づいたチュンソクとトクマンが、一拍遅れて壁のようにこの方の左右に添うた。
「詮索不要。軍医殿だ」
イ・ジャチュンは言い放つこの表情を見て思う処があったか、それ以上は問わずに頭を下げた。
「失礼致しました」

やはり笠だ。この方には笠が必要だ。少なくともスゲチマが。
こうしてまた一つ覚える。
己の悋気の問題だけでなく、まだ顔を隠す必要がある。
それでも国が強くなれば、いつかこの方が明るい笑顔を朝の陽の中、夜空の下、振り撒けるようになれば。
その時確かにこの国は、今より住みやすくなっているはずだ。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ヨンの今、今後の思考が深くて深くて夢中になってしまいました。
    兵の配置にプラスマイナス両方を計算したり、信用すべきかどうかまでシリアスで、最後の写真もかっこよくて引き締まりました。
    終わりのほうでウンスがでて和ませるのを匂わすあたりすごいのはヨンでなくさらんさんだと改めて納得しました。続きも楽しみに読ませて頂きます!

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    さらんさん、今宵もありがとうございます。
    いよいよ、ヨンの宿命の相手であるイソンゲとウンスが再会するのでしょうか。
    愛するヨンのこの先の命が護れるなら、歴史を変えても止む無しと思ってしまいます。
    ヨンはどんな未来が待っていようと、「今」が大切なのでしょうけれど。
    さらんさん、朝晩の楽しみを本当にありがとうございます。

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