2014-15 リクエスト | 藤浪・12

 

 

帰京を許されたのは焔が町を舐め尽くした後、燃えるものすら残らない頃だった。

山の中からその光景は見ていたはずだった。
しかしこの足で町に立った時、それは予想を超えた余りに残酷な現実として目の前に広がっていた。

文月の日差しが真上から照らす其処に、影になるものはほとんど残ってはいない。
何もかもが見渡せる。途中途中に焼け残った大店の大黒柱や、蔵の鉄扉がぽつぽつと立っていた。

周囲にはまだ焦げた匂いが濃く立ち込め、あちこちから薄い煙が上っていた。
共に山を下りてきたこの方が、俺の隣で息を呑んだ。
「・・・これからです」
この方は目の前の光景を凝視したまま、震えながら頷いた。
「うん」
「これからあなたが必要になります」
「うん」
「出来る限り協力します」
「うん」

この方をご自宅へと送るとやはりほとんどが焼け落ち、太い柱が数本残るだけだった。
泣くことも出来ないのか、この方は大きな瞳でその焼け跡をじっと見つめる。
「・・・焼けちゃった」
呆然と呟く声に、細い指先を握る。
「すぐに仮の場所を見つけます。敷地内に診察所も併せて開けるようなところを。山に戻りましょう、あと数日」
「ううん」

この方はこちらを見上げて首を振った。
「この近くで、避難所になってるような場所に行ってみたい。もう患者がいるかもしれない」

山で京へ返せと迫ったこの方を止めた時、確かに言った。
社寺に人が避難すれば、そこで治療をと。それを助けると。
違える訳にはいかない。
この荒れ果てた町中でもこの方は民の集まる場所を求め、俺が止めれば一人で探すおつもりだろう。

「・・・調べます」
「お願いします」
そう言うと、この方はにこりと笑った。
「言った通りでしょ?」
「・・・はい?」
「今の京で櫛や鏡なんて役に立たない。治療道具を持って出て本当に良かった。すぐ怪我人を診られる」
その胸の痛くなるような笑顔に、俺は頷いた。

共に近隣の社寺を回るが、何処も焼け落ちたり破損して、避難する民を受け入れられる状況ではない。
午後遅く、共に最後の寺を出るとこの方は
「もっと遠くの方に、みんな避難しているのかな」
見えぬ場所を探すように、その場で伸び上がって首を振る。
「そうかも知れません。鴨川と桂川の向こう岸を明日にでも回りましょう。今日はもう」

俺の声に黙って頷き、この方は大きく息を吐いて
「分かった。まずは今晩眠るところを探さなきゃね」
その声に頷きながら、俺は一か所思い当たる所を考えた。

「陽が落ちる前にもう一か所だけ、付き合ってくれませんか」
俺の頼みに燃えた町を一日歩き、煤で汚れた顔が不思議そうに頷いた。

あの時連れられて訪れた、方広寺大仏殿近くの隠れ家。
そこで龍馬さんに落ち会えねば、伝言を頼むしかない。
そう考えながら隠れ家までの道を、記憶と共に辿る。

「すまぬ」
見覚えのある家の格子戸を開けると、中から出てきたあの時と同じ賄いがこちらを見て
「恩綏!」
俺ではなくこの方を小声で叫び、目を丸くする。
「お貞様!」
この方がそう言って賄いへ駆け寄り手を取りあうのを見詰め、どういう事かと首を傾げると
「瑩さん、知らなかったの?」
この方が逆に問いかける。

「この方は、お龍さんの実のお母様よ」
その声に賄いが俺を振り向き
「旦那はんもご無事どしたか!何故恩綏と」
どうやら俺を覚えていたらしく、そう言って頭を下げた。
「坂本さんは」
「勿論ご無事どっせ、今お呼びしまさかい」
しかし呼ぶより早く声の途中で奥座敷から
「瑩か!!」
あの懐かしい大きな声と、騒々しい足音が聞こえた。

振り向いた途端でかい体ががっしりと抱き付き、大きな手が痛い程に幾度もこの背を叩く。
「おんし何ちゅうないか!」
「龍馬さん、無事ですか」

一旦この肩に両手をかけて体を離し、無事を確かめるように上から下まで眺める龍馬さんに声を掛ける。
「わしらは何ちゃない。恩綏も無事か?」
続いてこの方へ顔を向ける龍馬さんに、この方が笑って頷く。
「はい」
「いやっちゃ、えいとこで会うたがよ。おんしに相談したいことがあったんじゃ」
「何ですか」
「まずは奥に来とうせ」
そう言って龍馬さんは廊下を歩き出した。この方と顔を見合わせると、俺たちはその背を追う。

廊下の突当り、奥座敷へ上がるとそこにはお龍殿が端坐し、入った俺達三人を驚いたように見詰めた。
「二人とも無事やったんか、ああ、良かった!ほんま良かった!」
「お龍さんも、無事で何よりです」
この方がそう言ってお龍殿へと寄る。
女人二人がさえずる横で、龍馬さんはこちらに向かい
「京の町もねんごろ焼けてしもた。長州との戦の顛末、おんし何処まで知っちょる」

そう問われて
「起こりは蛤御門付近、長州と会津がぶつかったそうです。
一時中立売門を長州軍が破り、御所へ入るも薩摩が長州藩士二十名を討ちました。狙撃された来島又兵衛が自決。
その後久坂が鷹司邸に侵入し朝廷への嘆願を願い出たが叶わず、久坂はそこにて自刃。入江九一が越前藩士に殺害されたと。
真木以下十七名は、天王山で爆死。残りの兵は大坂、播磨方面へ落ちたそうです。
ただし薩摩藩が御門を破った二十名を大光明寺に、福井藩は藩主春嶽公の赦しの元、鷹司邸の久坂隊八名の首級を藩菩提寺上善寺に葬るとしているそうです。
毛利敬親の追討令が発せられ、長州は既に朝敵となりました。一橋慶喜公が、西国の二十一藩に出兵を命じています」

大納言様よりの文と大望の言伝で知り得た事を、包み隠さず告げる。
龍馬さんの言う通り、共に明るい明日を目指していたはずだ。
それがまた敵味方に別れ、血で血を洗うような戦に戻るのか。
同じ日本の国の中で、そんな風になってどうするというのか。

「ほうなが」
最後まで黙った聴いた龍馬さんは、深く息をついた。
「これからどうしますか」
問う声に頷くと
「さあて、目がまうばぁ忙しゅうなるのう」
龍馬さんは苦く笑う。

「もう十日足らずで内祝言ちゃ。高杉にも至急繋がんといかん。これまで散々幕府側の掌返しにおうた長州じゃ。
下関で英蘭米仏の船を止めとるちゅうても、いつばあもつやら判らん。
ただでさえ因縁の薩摩に、来島が討たれたとあってははがい。かたけふてて薩摩とぶつかれば、大ごとんなるき」
そう言って顎を掻くと
「勝先生に頭下げて、どいたち会わんばいかん者がある」
「誰ですか」
「薩摩、大島吉之助」
龍馬さんは一言言った。

 

龍馬さんと話を続けるあの人の背中を見ながら不安に駆られて、声を掛けようと腰を上げた。
それをそっと押しとどめたのは、お龍さんの手だった。

「恩綏」
そう言って頭を振るお龍さんを見て、立てた膝を戻す。
「男はん同士の話に入ったらあかん」
「だけど」
前屈みにお龍さんへ近寄ると
「辛抱せな」
そう言って、お龍さんは首を振った。

「お龍さん」
尚も言い募ろうとした私に、お龍さんは笑って
「こないな事で心痛めとったら、瑩さんと一緒にはおられん」
「そんな」
その言葉に思わず声を大きくした私に、
「命さえあったらええ。離れとっても、同じ空の下のどっかに無事でおったらええ」

そんな風に思えない。私にはそんな風には思えない。
お龍さんの声に、私は唇を噛んだ。

 

 

 

 

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