2014 Xmas | 紫苑・4

 

 

かたんと聞こえた障子向こうの音に俺は目を開き、 気配に耳を澄ませる。
「起きてる?」
その小さな囁き声に
「・・・ああ」
そう返すと声の主、ソヨンがそっと障子を開けた。
「もう起きたか」
その姿に少し驚きながら俺は言った。

昨日のあの華やかな化粧も、盛った豊かな髪も、白粉の匂いもない。
青いチマと薄灰色のチョゴリの姿。
子供のような白い頬に、長い髪を後ろで結い上げ、緑のテンギで止めている。
「別人だ」
俺の声にソヨンが笑う。
「そうよ。だってソンジンが脈診させるって約束したからね。
患者がここに居る間くらい、医女として仕事しなきゃ」

枕元に腰を下ろしたソヨンは治療道具の入ったらしき箱を床に据え
「じゃあ手を貸して」
そう言って俺が腕を差し出すのを待つ。
俺はそこへ手を伸ばした。

目を閉じ、あの時のウンスのあの瞳だけを、瞼裏で追いかける。
ソヨンの冷たい細い指が、俺の手首に当てられる。
ウンス。誰が触れようと、やはりお前ではない。
誰が触れようと、俺はあの時しか思い出せない。
俺とお前の目が同じ速さで見つめあったあの時。
それなのに、あの時のお前だけがここにいない。

俺は脈を取られたまま静かに目を開けた。
その瞬間、目の前のソヨンと目が合った。
「何を考えてるの?」
問いかけられ首を振る。
「何も」
そう答え目を逸らすと
「そう・・・」
ソヨンは呟きその指を、俺の手首からそっと離した。

「やっぱりまだ血が戻ってない。少し診ていい?」
その声に目を逸らしたまま頷いた。
ソヨンの手がこの頬に触れ、目を見て口を覗き込む。
そして最後に頸に触れると、やがて離れた。

ウンス。お前の追った、あの指の順序を思い出す。
あれほど温かくて優しい指を、俺は他に知らない。
それなのに今触れるのは、お前のあの指ではない。

お前だけがここに居ない。
お前さえいればここが何処でも良い。
お前さえいれば、俺はそれだけで良いのに。

その時ソヨンの息遣いに、俺は目の焦点を戻した。
ソヨンは俺を見ながら、ぼろぼろと涙を流していた。

 

*****

 

何だろう。泣くなんて大嫌い。
涙は武器だと、医妓女になってから思っていた。
王様の女狂いの結果に生まれた薬房妓生、それが医女の、私の今の立場だもの。

昼は怪我人や病人を癒し、夜は男の心と体の欲を癒す。
そんな風に扱われるなら、私は強くなる。
そう思ってやって来た。泣くなんて惨めになるだけだから。

慌てて濡れた頬を拭いて、ソンジンに休むように伝えて寝室を出る。
自分の小さな治療部屋の中、薬棚に囲まれた机の前、道具箱を片付ける手を止めて考える。

診脈して、予想以上の回復に安心したからなのか。
それとも脈診を受けながら、心ここにあらずのソンジンの態度に腹が立ったからか。
だからあんなに泣けたんだろうか。
それともまた事実を突きつけられたからだろうか。

患者だからって、心を開いてくれるわけじゃない。
医女だからって、必要とされているわけじゃない。
私が必要とされるのは、医女だからじゃない。
ただ夜伽の相手として便利だからだ。
じゃあ何のために医女でいるんだろう、私は。

分からない。首を振って道具箱に向き合う。

「ソヨン様」
廊下からの声に、私は顔を上げた。
「何」
「牧事様のお屋敷から、また使いが」
「行かない」
「は」
私は立ち上がり、障子戸をばしんと開けて叫んだ。
「行かないって言ったの。聞こえなかった?
あんたはうちの使用人なんだから、あんな男の使いじゃなく私の声をしっかり聞きなさい。
良い?文句を言われたらソヨンは月の触りが重くて動けない、抱けない体の私が行っても仕方ないと、そう言っておやり!」

廊下越しここまで聴こえるソヨンの声に、俺は布団の上で目を開いた。
えらい剣幕だ。
そう思いまた目を閉じる。
ウンス、お前によく怒られた。
往来で怒鳴られたことも、掌を噛まれたこともあった。
どれほど怒っても、怒鳴っても良いから。
お前さえ目の前にいてくれれば。

怪我のせいか。眠い。ただ眠い。
眠れば夢で逢えるだろうか。
夢の中でさえ逢えなくなったら、死ねば逢えるか。
いや、お前は死んでなどおらん。
生きてと言われたあの誓い、違えるわけには行かん。
だから生きて逢いたい。お前に、もう一度だけ。

どうしてなんだ。
何故あの時、俺はウンスを行かせた。
飽きるほどした自問自答を、また繰り返す。
行かせた理由は分かっている。
ただウンスを倖せにするためだ。
一途に想うその男の許へ行かせたかった。
偽りではなく、あの背を押して。
でもな。でも、ウンス。

それ以上続けば、叫び出しそうなこの声を喉元で殺し、深く息をして、天井に向けて呟く。

「俺は、此処にいる」

 

 

 

 

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16 件のコメント

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    ソヨンもソンジンも… どちらも寂しい人。
    何の為に医女として、生きているのか?
    いつか、自分を必要とする人に会うためなのか?
    それにしては、過酷です。
    だけど泣かない。
    それがソンジンに脈診をした途端、何かに触れたのか?
    ?マークばかりですが、二人の悲しい気持ちに、引き込まれます。
    現代から考えると、ちょっととんでもない時代のようで、平和な時代に生きる者としては、色々と考えさせられました。

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    ウンスちゃんをひたすら求めるソンジンの心。
    死ぬ訳にはいかない。
    生きてウンスに合う。
    そう心に誓いながら、なぜ一人で行かせたと自問する。
    切ない男心です。

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    ソンジン影があって、ヨンに似ていて素敵な男性ですよね。
    主役の二人は出てきませんが、とても魅力的なお話しだと思います。
    ウンスより100年後の時代に着いてしまったのかな?
    逢わせてあげたいけど…どちらも辛くなりそうですね。
    ソヨンも辛い境遇にいる様なので、二人一緒に、又時を越えれば?とか思ったりして、想像が膨らんで
    楽しく読ませて頂いてます。
    いよいよ、今年も残り僅かですが目に見える所だけをちゃちゃっと片付けて、後は見ない事にします。
    さらんさん、いつも素敵なお話し有り難うございます。
    お体気を付けて、良いお年をお迎え下さいませ。

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    やはりここはウンスのいない未来のような…
    ただソンジンがウンスのいる世界に来ても幸せにはなれない。ヨンがいるから。
    ソンジンにだって幸せになる権利はあると思います。ただ彼の望む形では無理なのです。
    ソンジンを幸せにしてもらいたいけど無い物ねだりしています。矛盾です。
    さらんさん絶対悩んでいますよね。本当にお疲れ様でございます。応援していますからp(^-^)q

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    わはは、分かります。
    今しなもんさまの脳内、?と推理が溢れていらっしゃると思います。
    愛すべき職場のそんべから
    「ちょっと!Gyao見なさいよ、絶対にすぐ見なさいよ!!」
    と緊急指令が飛び、昨晩見ました。
    「花より男子」韓ドラでやってました・・・
    実は初めて最初から、ガッツリ観ましたが。
    どうしよう、書いちゃったら。
    すぐ影響を受ける私、もうミノ氏を見ると
    書きたいモードが。
    あ、でも相続者たちを上げねば。
    それどころじゃなかったんだった。
    と、いろいろ考えつつ、今宵まずはこちらの最終話です・・・(*v.v)。

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    これは、謎解きに相当な時間が必要なお話を
    書き始めてしまいました。
    今日で最終なのに、どう考えてもどう講じても
    明らかに、書ききれませぬ。
    今宵の最終話、物凄い尻切れ蜻蛉でいったん終了です。
    近々、必ずこれを終結させねば・・・!

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのです。
    ヨンより一段と若く、そして男心を目で語る
    ソンジンのイメージ・・・
    はあ、私に画力があれば絵で、文才があれば言葉で、
    そしてちまちまするCG力があれば動画でも作って、
    イメージを発表したいのですが・・・
    どれも無理でございます・・・・°・(ノД`)・°・

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    >チビママさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    まさに、影ありありのソンジン。
    辿り着いたのはいつか、そしてこの後ソヨンとは?
    書きたいことは山のよう、後はつまってギュウギュウの中
    今宵の最終話、物凄い尻切れ蜻蛉でいったん終息です。
    必ず続きを書きに、戻ってくること確定です・・・(°Д°;≡°Д°;)

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    >あみいさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    もうこれは、さすがにこのリク話では書ききるのは不可能と
    ぐっと決断し、肚を決めました。
    もっと小品にすれば良かった・・・っっ!
    しかし必ずや、また続きを書くことを誓いつつ。
    ってまだ、婚儀すら、婚儀すらあげてないのに!
    こんなに書きたい話ばかり溜める私は冬の栗鼠、
    どんぐり埋めたは良いけれど、忘れて芽吹かせる脳の足りなさを実感中です。

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    >さらんさん
    私も今朝 チェックしました。
    実は 花男 オデコが怖くて見れなかった…
    ようやく決心!みてやるぅ 耐えろ私! 大丈夫大丈夫 ぷぷぷ~っ
    あっ 想像しただけで
    にやけてしまう
    くくく…
    助けて~ぽっぽ~!

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなんですか!おでこですか( ´艸`)
    私の場合、ミノ氏をこんなに書きたくなる理由は何か、と
    じーーっとうぃんぱち君を凝視し
    あの目かもしれん、と結論を。
    目が語る俳優さんは国籍問わず多いのですが、何だろうなー。
    うーん。こんなにミノ氏(というかヨン)に
    嵌った理由を、いろいろ考える冬の夜です。

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    どれにも理由がある筈。
    ソンジンの運命の相手が、ウンスでなかったのであれば、姿形も違っているはず。
    でも、脈診すれば分かるかと思ったのにそれもない。
    ソヨンは、ソンジンの相手ではなかったのかな?
    薬房妓生、医員の仕事がしたいのに夜は妓生にされる。
    なんとも切ないですね。

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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    実際こういう時代は歴史に残っているので
    やはり、病人や怪我人を見る医師という立場は
    近代になるまでは、穢れの対象と見られていたようです。
    脈診で何も起こらず、戦いの後何かが目覚めた、
    その理由は、如何に・・・です(*v.v)。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    ソンジンのウンスへの想いが半端無い。
    口に出す言葉も、態度も、愛し方さえ、ヨンそのものですね。
    当たり前ですが……(*^o^*)
    ソヨンにも、ソンジンは今までに診てきた患者とは違うのでしょう。
    今居る現状に逆らわず、自分の立場なら仕方が無いと医女と妓生を続けて来たのに。
    自分でも戸惑うくらい深いところで、何かが起きているみたい⁈
    ウンス同様、腕は確かな様子。
    ただ、ソヨンが診療にどんな器具を使っているのか?
    今一番気になっています❤︎

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    >夢夢さん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    これはもう、いろいろな解釈が成立してしまうのですが
    最後にさらん解釈がお伝えできたらいいなあ、と。
    (あーあ、またやらかしてます)
    いえ、それもこれも【紫苑】完結してこそなのですが(;´▽`A“

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