【 迂達赤奇譚 -木春菊- 】
かたん。
小さく響く階上の音に吹抜けに集う兵が一斉に天井を見上げ、水を打ったように静まり返る。
平時ならばこれほど静まることは、なかなかない奴らが。
何という掌返しだ。ここまで来れば呆れるを通り越し、笑いたいような気持ちになって来る。
「音が」
トクマンが呟いて周囲を見渡す。
その声に集まった兵たちが無言のまま、うんうんと頷く。
俺は自身の私室の入口、扉枠へ突張った腕を伸ばし、今にも倒れそうな体をその腕一本で支える。
「・・・お前らな」
震える声に、その場の奴らが全員振り返る。
「散れ!暇なら鍛錬をするか、体を休めろ!!隊長がいつも言っているだろうが!!」
俺の怒号に仰天したように目を瞠り
「は、はい!!」
慌てて返答し、奴らは蜘蛛の子を散らすように去っていく。
吹抜けに一人残された俺は、溜息をつき階上を見上げる。
隊長を思うならそっとしておいてやれ。
何故あいつらにはそれが分からんのだ。
「副隊長!!」
良く晴れた朝、吹抜けにトクマンの声が響いた。
「副隊長、急いで来て下さい!!」
部屋の扉を激しく叩きながら叫ぶ声に、俺は部屋を飛び出した。
ここの処、徳成府院君と徳興君の動きが騒がしい。
今までは水面下で動いていたものが、一気に表面化している。
元の断事官とやらも王様の周囲であれこれと無礼を働き、迂達赤としては気の休まる暇もない。
先日は王妃媽媽が徳興君の手下に攫われ、御子様を失われる悲劇が起きたばかりだ。
皆が怪しいと思っていても肝心の王様よりの王命が下らず、そのどちらにも手が出せぬまま野放しになっている。
「目の前で、自害されました」
媽媽の拐しの隠れ家まで踏み込み、目の前で犯人と思しき男に自害されたトルベが悔しそうに言った。
一方で元から公開処刑の命の下りた医仙を天門へ送るため、無断で皇宮を抜けた隊長の件もある。
王妃媽媽の誘拐の一件の最中に開京に戻って下さったのは良いが、その後は俺達の懇願にも王様のお許しにも耳を貸さず。
未だ正式には、護軍迂達赤隊長として戻って下さっていない。
その状況で叫んで呼ばれ、次は何が起きたかと部屋を飛び出す。
そして部屋扉のすぐ向こうに棒立ちになったトクマンと、危うく衝突しそうになった。
「何だ、何があった!」
大声で訊くと、トクマンは口も利けぬほど驚いた様子で黙って吹抜けの出入扉を指す。
俺は其処を確かめ、にこにこと笑って立つ、ひとつの小さな影に目を遣る。
「突然来ちゃったわ、驚いた?」
明るい声、髷を結うよう上げて纏めた赤い髪、手に下げた剣。
いつもの典医寺の医官服とは全く違う鎧のせいで、小さい御体がなお小さく華奢に見える。
「・・・・・・・・・」
俺は目を丸くしたまま横のトクマンを見た。トクマンも黙ったまま俺を見返した。
俺たちは見つめあった目をその人影へ移して確かめ、ようやく声を掛けた。
「・・・医仙?」
**********
「ごめんね、驚かせて」
天窓より燦々と降り注ぐ、明るく白い光の中。
医仙は笑顔のまま日の当たる生木の段に座り、慣れない剣を重たげに、よいしょと膝の上へ抱え直す。
女人の身で纏う鎧と剣は、さぞ重かろう。
鍛錬を重ねる武閣氏たちですら無駄な体力の消耗になると、鎧を身に着けぬほどなのだ。
「いえ、それは良いのですが」
その重装備に、見ているこちらが心配になる。
「王様にお許しをもらってきたの。しばらくここにいる。隊長と一緒にいたいの。副隊長や皆には迷惑かけるけど」
そんな医仙の声に、俺たちは一斉に首を振る。
医仙を出迎えたのは俺達二人だけだったはずが、叫び声に集まってきた他の迂達赤らも合わせ、吹抜けは大騒ぎだ。
皇宮の歩哨に就いている兵以外は全員が集まって来ているんではないかと思うほど、押すな押すなの賑わいの中。
医仙はうふふと嬉し気に笑う。
「勿論です、医仙」
「このまま、ずっといて下さい」
「そうですよ!!」
「いつだって大歓迎です」
「これで隊長も、戻って来て下さるかも」
そんな希望をこめた大声が、隊員の人波から矢継ぎ早に飛び出す。
そんな中、俺は静かに一言だけ確かめる。
「隊長はこの事をご存じですか」
医仙は首を振って俺を見る。
「ううん、まだ言ってない」
俺はそれに頷く。であろうな、隊長がお許しになるはずがない。
あの隊長が男だらけの兵舎に医仙をひとり置いて、我慢できるはずがない。
「でもね、反対されても出てくつもりはないの。だからみんなも協力してくれると嬉しいなー、なんて」
照れたようにおっしゃる医仙に、兵がまた一斉に頷いた。
「しますします!」
「勿論ですとも!!」
「いやもう、隊長の部屋でお待ちになればどうでしょう」
「それは良いな」
「俺達がご案内します」
皆が医仙の一言に付和雷同し大声で無責任に騒ぐ中、俺だけが一人密かに頭を抱えていた。
お前らな。
あの隊長が、何故医仙をここへ置きたくないのか分からんのか。
お前らがそうして犬のように尻尾を振って医仙に懐くから、隊長は尚更心配になってしまうんだろうが。
「迂達赤」
俺は医仙の横に据えていた腰を上げ、奴らに向けて声を張る。
「は!」
奴らが一斉に声を上げ、立ち上がった俺へ目を当てる。
「今から医仙はこの迂達赤の賓客だ。我らの隊長の大切な方ゆえ、しっかり守れ」
「は!!」
「余計な事は一切口にするな」
「は!!」
「命が惜しければ、隊長を冷やかすな」
「・・・・・・」
俺の一言で吹抜けに一瞬、冷たい風が吹く。
皆心に思うことがあるのだろう。
それぞれ頭の中で隊長が怒る姿を、今までその身に受けた無言の速手を、鋭く重い蹴りを思い出す様に黙り込む。
全員が辺りと顔を見合わせて、そして俺を見て、黙ってこくこく頷いた。
「返事は!」
「・・・は!!!」
今までで一番大きな返答の声が戻った。これで決まった。
「医仙、まずはお部屋に」
俺はまだ段に腰掛けたままの医仙へ告げた。
「分かった」
医仙は頷かれ、段から腰を上げ俺の横に立った。
徳成府院君奇轍も、徳興君も騒がしい。元の断事官も目障りだ。
元との直接の対峙も、戦さえ辞さぬ御考えの王様の事。
今こそ隊長が戻ってきて下さらなければ。
チュソクたちを喪いまた大きな傷を負った隊長が、風のように、雲のように流されるのでは困る。
あの人に一つ処へ留まってもらうには、この方しかいない。
「医仙」
皆から離れ、先に立って吹抜け横の階を上がりつつ、医仙に声を掛ける。
「なに、副隊長?」
医仙が一段下から、にこやかに俺へ目を当てる。
「隊長を、よろしくお願いします」
小さく低い声に、医仙はしっかりと頷いた。
「副隊長も、よろしくね。あの人の事」
俺は医仙の声に微笑んだ。
「隊長は、医仙さえいらっしゃれば」
「うん、精一杯頑張る」
「頑張らなくて良いのです。ただ傍にいてあげて下さい」
その声に医仙は、花のように笑った。

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新リク話【 迂達赤奇譚 -木春菊- 】開始です。
264. ウダルチ兵舎にて
ヨン&ウンス。
訳あってしばらくウダルチ兵舎で過ごすことに。
(ドラマ内でヨンの隊長部屋で過ごす日々が好きだったので♪)
2人のLOVE×2ぶりに翻弄されるウダルチメンバーや
いちゃいちゃしたいヨンの奔走っぷり&
何も気がつかないお構いなしのウンス…などなど…♪
ウダルチ兵舎でのバカップルが見たいです!
*さらん様
2度目のリクエストにより、
もしNGだったらこちらは却下してくださいね!
(★sachi★さま)
これはもう、本編で描かれているお話ですが。
裏話のように、本編にないところでなにがあったかなー、とw
あの頃が切なさクライマックス、そしてウンスオンニの可愛さも
クライマックス!の頃です❤
楽しんで頂けると嬉しいです(●´ω`●)ゞ
楽しんで頂けた時はポチっと頂けたら嬉しいです。
今日のクリック ありがとうございます。
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可愛いウンスに メロメロ~
ヨンだけじゃなく 迂達赤もみんな
目が ♥♥
もう たいへ~ん!
ヨンは 気が気じゃないでしょうね。
勿論 ウンスは マイペース!
おもしろそう~
楽しみにしてます。
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ヨンもさることながらウンスも大好きなウダルチ達。
ウンスがウダルチ宿舎で過ごした時は、切なくも甘い素敵な時間があったはず。
そんな裏話を覗けるなんてすごく楽しみです。
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ここ見たかったです♡
ありがとうございます。
花のように笑って傍にいて…本当に。
分かってますね~プジャンは(^^)
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あの時の二人大好きです^_^
ドラマと違った、いや、より一層ふかい二人の時間期待しています。
何時も素敵なお話ありがとうございます^o^
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さらんさん、新しいシリーズがスタートしましたね!
いつも素敵なお話をありがとうございます❤︎
迂達赤兵舎でのヨンとウンスの場面、私も大好きです。
男だけの環境に愛するウンスを置くことは、ヨンにとっては複雑でハラハラ、イライラかもしれませんが、思い通りにいかぬ時のヨンを見るのもまた楽しみ!
さらんさん、週末をゆるりと過ごされていますか?
無理しないで…と言っても、こうしてお話を生み出しておられることは、さらんさんにとってけっして「無理」などではなく、呼吸をするのと同じくらい自然なことかもしれませんね。
だから、まずは好きなものを召し上がって、時間のある時はゴロゴロして、そしてまた素敵なお話を届けて下さい。
さらんさんの思うままに(^。^)。
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もくしゅんぎく・・・・なるほど・・・
花言葉に「恋の行方」というのがありました。
そういえば、来る?来ない?の花占いは
このマーガレットでした記憶があります。
新兵のことで話があると
トクマン達がワチャワチャした時
中に入った瞬間固まったヨンア。
ウンスが「テジャン」と呼ぶのが嬉しくて
もう一度!と願ったヨンア。
あと少しでポッポだったのに
空気の読めない(笑)我がチュンソクが
じゃまをしたあの場面を今一度?
楽しみが又、増えました( ´艸`)・・・が
さらんちゃん?わかってますよね?
お願いですからね)`ε´(
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わ~い!私もこのシーン大好きです!
今からわっくわくドキドキです!
あの、新人ウダルチがいると思って開けたらウンスだった・・・。あの時の何とも言えない、一瞬時が止まった感じのヨンの表情・・・。大好きです。
ここをリクエストしてくださってありがとうございます!!楽しみ~!!
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わたしも、後半の、この辺りのシーンが好きでした。
イチャイチャしたいのに
キスもままならず(笑)
楽しみでーーす♪
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>くるくるしなもんさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
そうだ、これも書きました!懐かしいです❤
これも書いているうちに、思わぬ方向に走りだし
吃驚したお話の一つですw
楽しんで頂けたら嬉しいです❤
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>ままちゃんさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
切なさは切なさでも、別の方向に行ってしまいましたが。
でもきっと、ずっと一緒にいられるようになった
ヨンとウンスオンニに、皆嬉しかったのだろうな、と❤
楽しんで頂けたら嬉しいです( ´艸`)
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PASS:
>Akiさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
書き上げてからそれほど時間は経っていないのに、
何故か懐かしいフレーズがたくさん。
副隊長、なんだかんだとヨンの心を読み、状況を判じる力だけは人一倍。
さすが寝太郎ヨンに変わり、采配を振るった歴史がものを言いますw
楽しんで頂ければ嬉しいです( ´艸`)
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PASS:
>わるきさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
ここはお話のクライマックスとして、最後にきゃあ❤と
わるきさまや皆さまの心をときめかせたエピソードですよね・・・
思い出しても懐かしいです❤
楽しんで頂けたら嬉しいです( ´艸`)
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PASS:
>muuさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
書くことの大変さも嬉しさも、いやあこれは健康ありきだなあと
しみじみ実感したこの2週間でした。
でも、muuさまや皆さまに頂いた元気玉で
こうして今日も元気です❤
既に完結したお話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです( ´艸`)
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PASS:
>victoryさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
そう、わちゃわちゃしたり、邪魔をされたり、苛ついたりw
勿論そこを盛り込みつつ、何故かお話がつながっていく、
あの楽しさに、懐かしい人たちまで黙っていられなくなったようです。
終わったお話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです( ´艸`)
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PASS:
>ヘンセルさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
やはり皆さまの懐かしい、の御声が圧倒的ですが、
裏をかきつつ、ただでは起きない我が家の信義。
表に見えるものは、既に皆さまが存分に観尽している
その前提で、懐かしさに黙っていられなかった男たちの
賑やかで、優しい訪問話になりました。
一味違う兵舎滞在話、楽しんで頂ければ嬉しいです( ´艸`)
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>パイナップルセージさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
悪意ある邪魔立てではないところが、また何ともチュンソク(爆
間が悪いとしか言いようがありません。
隊長も気の毒、しかし踏み込んだ副隊長にも罪はなく・・・
だから睨まないでやってくれまいか!と隊長に一言物申す感じですw
終わったお話ですが、楽しんで頂ければ嬉しいです( ´艸`)