2014-15 リクエスト | 藤浪・13

 

 

お龍さんと龍馬さんの祝言の直後から、瑩さんは龍馬さんについて、たびたび京を空けるようになった。

最初は祝言から二週間もたたない頃。

見つけてくれた鴨川の岸向こうの仮住まいの家の庭。
ようやく一日の診察を終え、夕涼みのために夜の庭に出ていた私は、人の気配に驚いて振り返った。

今まで誰もいなかったはずが、私の横、木の影に瑩さんが佇み、こちらに静かに頭を下げた。

「瑩さん、驚いた!」
私が小さく叫ぶと
「明日、発ちます」
穏やかな目で、瑩さんはそれだけ言った。
「どこに行くの」
それには答えず、その首が振られる。
「勝先生にお会いすると、龍馬さんが子供のようにはしゃいで」
瑩さんの声に龍馬さまの様子が思い浮かび、私は思わず笑った。

「そうやって、笑っていてください」
優しい声に驚いて、顔を上げる。
瑩さんは私を見ながら目を細め
「あなたが笑うと、嬉しくなります。その顔を見る為にもう少し頑張ろうと思える。だから」

言葉を切った瑩さんが胸元から筒を出し、私の掌へそれを握らせた。

「大望が一日一度は、必ず此処に寄ります。
何かあれば、これに文を入れて奴に渡して下さい」
握った掌を開き、その中の金の茶巾筒に彫られた御印に驚いて、
「こんな大切なもの、私持てない」
そう言って大きな手に返そうとするのを受け取らず
「見る者が見れば誰のものかすぐ分かる。万一の時、あなたを助けるかもしれない」
「だったらなおさら持てない」
「恩綏殿」

深く息を吐いて、瑩さんが眉間を抑える。
「たまには素直に、聞き入れてくれないか」
「だってこれ」
その後の声すら、畏れ多くて出て来ない。
筒に刻まれているのは、主上様の御印。
普段は忘れていても、こういう時に思い出す。
この人は私とは住む世界の違う方だと。
本来は膝まづいてお仕えすべき方だと。

「また下らん事を考えている」
「下らなくなんかないです」
「龍馬さんを見て下さい。これでも一度は宮と呼ばれた男を、知っていながらまるで自分の手足のようにこき使う」
「あの方は特別です。普通の者では、ああはなれませんもの」
真面目腐った私の物言いに、あなたが噴きだした。

「必ず、無事でね」
お互いの笑いの隙間に小さく告げると、あなたは私を見て頷く。
「必ず」
「うん」
私が頷き返すと、あなたは踵を返して静かに門を出て行った。

それから一月。毎日が飛ぶように過ぎていく。

焼けた家の跡地には、少しずつ戻ってきた人たちが新しい家や店を建て始め、社寺でも修繕が始まった。

そんな風に少しずつ、いつもの風景を取り戻し始めた町で、ようやくまた外からの出入りができるようになった禁裏での典医の役目。
それ以外はまだ家を建てられない人たちが避難する社寺での治療や、自宅での怪我人や病人の診察をした。
京での大きな騒ぎはなかったものの、新撰組や見廻組が市中で小競り合いを起こすのには変わりはなかった。

そして瑩さんの約束通り、一日一度は必ず大望さんが顔を出し
「典医様、お変わりないですか」
と声を掛けてくれた。

「私は大丈夫。あの人は」
そう訊くたびに少し微笑んで
「大丈夫です、便りがないのは元気な報せです」
大望さんの言葉に、私は声を出して笑った。

この同じ空の下のどこかに元気でいるあなたに、届けばいい。
それを見てもう少し頑張ろう、そう思ってもらえれば嬉しい。

あなたが帰ってきたのは、発ってから一月が経った頃だった。
出て行った時と同じように、あなたは突然、家の庭に現れた。

ようやく涼しくなった庭の花に水を遣る私の後ろ、いつの間にか立っていた人影が静かに言った。

「まずは庭の草刈りだな」

声に驚いて振り返ると、そこにあなたが立っていた。
目を丸くする私を無視して庭を見渡すと、あなたはゆっくり微笑んだ。
「ただ今」

笑顔も、照れたような優しい目も、それをわざと隠すみたいに真っ直ぐ結んだ唇も変わらない。
「いつ」
「帰ってきたのは昨夜遅く。そのまま主上にお会いして今日は一日、いろいろ面倒な書面書きを」
「お帰りなさい」
「手紙が来るかと、期待していたのですが」
「え?」
「手紙が来るかと」
「何処にいるか知らなかったもの」

私が言うと、あなたは息を吐いて
「だからあの筒を渡したでしょう」
「あれは非常用でしょ?何かあれば、って言ったから」
「試しに使えば、俺に届いたものを」
「なら先に教えてよ!」
「言われなければ、書かないのですか」
「書かないわよ、あんな畏れ多いものを使うなんて」
「・・・そうですか」
「何拗ねてるの」
「拗ねてなど」

そう言って顔を背け、庭の縁台に腰掛けたあなたの横に私も腰掛け、その顔を覗き込む。
「どうだった?」
「軍艦奉行の勝麟太郎と、薩摩の立役者に会いました」

むっつりとしながらも、そう言ってあなたが私を見る。
「軍艦奉行は旗色が良くない。幕府方が彼を罷免しようとしています。
薩摩の大島吉之助は、面白い男でした。
龍馬さんは大島を軸に薩長を再度結ぼうと、いろいろと手を尽くしている」
「そう」
「ええ。此度も戻って以来、薩摩藩邸に篭りきりです」
「お龍さんとは会ったのかしら」
「分かりませんが」
「全く、男はこれだから」
「・・・あなたに男心が分かるとは思えない」
「どういう意味よ」
「ご自分で考えて下さい」

呆れたように呟く瑩さんに、私は首を傾げた。

そして私は知らなかった。
この頃既に長州が、諸外国の艦隊に砲撃を受けていたことも。
幕府と四国の間に賠償約定が交わされていたことも。
大石吉之助という人が西郷吉之助と改めて、征長軍参謀として大坂で一連の長州の騒動を納めたことも。
勝先生と呼ばれる軍艦奉行様が江戸に呼び戻され、奉行を罷免されたことも、何も。

「今日はどうでしたか」
そう言って庭に顔を出す瑩さんと逢うのが嬉しくて。
そして
「明日、発ちます」
庭で静かにそう言われるたびに、苦しい程悲しくて。

季節が変わっても、落ち葉が舞っても、長くて底冷えのする冬の気配がじわじわと訪れても、逢えれば暖かくて。
そして発つと言われると、翌日からの寒さが急に身に沁みて。

そんな風に、元治の初めての年は暮れて行った。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さらんさん、今日もお話の更新、ありがとうございます。
    朝からたて続けの会議等々で、短い昼休みに拝読させて頂きました。
    ヨンとウンスの関係、この世界でも「14番目の月」状態なのですね。
    ウンスは相変わらずヨンに遠慮も配慮もしているし、確かに男心をわかっていないようでもあるし…。
    二人の間に流れる、もどかしさや奥ゆかしさがたまりません❤
    さらんさん、今日はいかがお過ごしですか?
    面白いことはありましたか?

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    瑩と恩綏とのやり取りに思わず くすっと笑ってしました。
    ああ ヨンとウンスやな と安心したような、、、
    さらんさん すごいです。
    何度ヨンでいいです。
    お話に引き込まれてしまします。
    ありがとうございます

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅コメ返、本当に申し訳ありません(x_x;)
    確かに、お龍さんに諭されるくらい、恋愛経験は少なそうなw
    でも、瑩さんも恋愛大事な人ではなさそうですし…w
    この辺りは、高麗と変わらないよう意識しました。
    何しろ少し調べてみても、当時の殿方たちの
    女性関係の華やかな事、艶やかな事。
    伊藤博文は明治天皇に諌められたほどらしいですからw

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