2014-15 リクエスト | 藤浪・2

 

 

「仕方ない」

呆れた声で言った瑩さんが、静かに縁側へ腰掛ける。
「少し待たせて頂いて良いですか」
「・・・ええ、もちろんです。今お茶を」
「構わずに。龍馬さんが戻ればすぐ暇するので」
「しばらくは、戻って来ないんじゃないかしら」

二人が駆け出た門を見ながらくすりと笑うと、瑩さんは苦虫を噛み潰したような顔で眉根を寄せた。
「あの人はだいたい子供のようで、愉しいことやら面白い場所に滅法目がないのです」
「でも瑩さんとぴったりですよ」
「どういう意味でしょう」
「人一倍の無口と、人一倍の人たらしと。足して割ったら丁度です」

私は縁側から部屋へ上がり、そこに沸かしていた湯で茶を淹れながら、背後から瑩さんを眺めた。

相変わらず、恐ろしく姿勢の良い方だ。
あれほど壬生狼たちに追われる龍馬さまに影のように添うなら、これほど目立つ人だもの、背を丸めたっておかしくないものを。
ましてやこの方の出自を思えば。
ちらりと過る考えに、慌てて首を振る。
いつでも背に定規か竹刀でも突っ込んだように、真っ直ぐ背筋を伸ばしたままでいる。
そんな背を後ろから眺めて笑むと、瑩さんは庭へ目を向けたまま
「何ですか」
静かにそれだけ問うた。
「はい?」
「何故、穴の開くほど見るのかと」
こちらに目を向けられてもいないのにと、思わず顔が熱くなる。
「す、すみません」
「背がほつれていますか」
「まさか、そんなわけでは」
「それなら良かった」

後ろから眺める瑩さんの肩が少しだけ揺れる。
「洒落者の龍馬さんと違って、着る物に疎いので」
何がおかしいか、その後に
「あの人は黒羽二重に琉球絣、仙台平の袴、時に楼の座敷に上がる時には」
そう言って堪え切れないようにいよいよ噴出した。
「玉虫色の袴を着こむことすら」
「玉虫・・・」

龍馬さまのご様子を思い浮かべ、私にも笑みが伝染る。
瑩さんの腰掛ける傍に淹れた茶を差し出し、少し離れた縁側へと膝を折って座し
「あの龍馬さまの大きなお体に、玉虫色の袴を」
「ええ」
「ずいぶんなおめかしですね」
「凄いですよ。一目見れば瞼がちかちかする」

そう言う声に堪え切れずに私も噴きだすと、瑩さんはようやくこちらを振り向いた。
「良かった」
「え」
「笑って下さって」

その声に驚いて顔を上げると
「あの夜のことは、忘れてくれましたか」
瑩さんは静かに言って、私を見遣った。
「瑩さん」
「後生です。覚えていても、得にはならない」
「けれど」
「恩綏殿」

それ以上有無を言わせぬ黒い瞳に捕えられ、私は俯いた。
「忘れて下さい」
「嘘はつけません」
頭を振ると、瑩さんは心底困ったように目を細めた。

「参ったな。選りによってあなたが典薬寮の女医だとは」
「決して、困らせたいわけでは」
「分かります。しかし万一にも龍馬さん側にも壬生狼側にも、そして朝廷にも幕府にも事実が露見するわけには」
「そのような事致しません。私の立場で、出来る訳もありません」
「・・・信じます」

そう言って頷く瑩さんへ、私は静かに頭を下げる。
本来なら私の住まうこの宅へいらっしゃることも、まして典薬寮勤めの私がこうして横へ座ることなど到底許されない。
瑩さんなどと気軽にお呼びすれば、刑死に値する。いいえ、事実を知っているだけでも。
そこまで考えてふるりと震えるこの身を必死に縁側に抑えつけ、強張った頬にどうにか笑みを浮かべてみる。
大丈夫。笑っていれば、全てはうまくいく。

そんな私の笑みを横目で眇め見た瑩さんは、お口の端をどうにか笑みの形に上げて見せた後、そっと目を逸らし庭へ向き直る。
そして二度と、こちらへ目を当てようとはしなかった。

 

「だれただれた、まっことがいな女よにゃ」
そう言って髪を乱した龍馬さまと、お龍さんが連れ立ってあの門をくぐって戻ったのは、それからしばらくしてだった。

「恩綏、瑩、こじゃんと待たせてまっこと済まんの」
「・・・本当に」
呟いた瑩さんが、縁側から立ち上がる。
「帰りましょう」
「すっといぬろう、瑩の言うとおり」

そう言ってうんうん頷いた龍馬さまは私に近寄ると、にこりと歯を見せて笑って見せた。
「瑩のお守りはこじゃんとだれたろう、恩綏。
ええんじゃ、いざとなったらほたくれ、こげないちがいな男」

その訛りのきつい龍馬さまの言葉は半分も判らない。
私は首を傾げてお龍さんを見る。お龍さんは笑いながら
「いやあ龍馬、えげれす言葉も判る恩綏かて、龍馬の言葉はもっとむつかしみたいやわぁ」

そして笑いながら
「あんな、今言ったんは”瑩のお守りはえらい疲れるやろ、恩綏。
いいからいざとなれば放っておけ、こんな頑固な男” ちゅう意味どっせ」

ちらりと瑩さんを見ながら、楽し気にふふっと笑った。
「瑩さんも恩綏にほかされるんが嫌やったら、お愛想の一つでも言えるように、お気張りやす」

お龍さんの言葉に驚いたよう、丸くした瑩さんの目と、慌てて首を振る私の目がぶつかった。

そんな物言いの許される方ではないと、額に冷汗が伝う。
そして焦る私を見ながら、瑩さんが寂し気に息を吐いた。

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん、いかがお過ごしですか?
    此度もお話を拝読させて頂き、ありがとうございます。
    不思議な関係の登場人物に、続きが早く読みたいと前のめりになっています!
    さあ、この後どうなるのでしょう(#^.^#)

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    遅コメ返、本当に申し訳ありません(x_x;)
    今回は、歴史の本当に表面の表面だけ撫でた感じで
    いや、書きたいのはまだまだこれから!というところだったのです・・・(°Д°;≡°Д°;)
    この話こそ、全く別HPを立ち上げても書きたいくらい
    大の夢中なのですが…いつかここも終わって、
    相続者たちも終わった暁には(爆

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