2014-15 リクエスト | 迂達赤奇譚 -木春菊-・6

 

 

「布団をお持ちした方が良いのではないか」
「いや、必要とおっしゃってはいなかった」
「しかしそれでは・・・医仙は以前のように、椅子二脚でお眠りになる事になるんじゃないか」
「あんなか細い方が、それではお気の毒だろう」
「良いから、お前らは部屋に近寄るな!」

隊員らが吹抜けの隅に集まって面突合せ、何を話しているかと思えば。
「お前ら、そんなに暇か」
部屋から出て奴らの後ろへ忍び寄り、俺は低く声を掛ける。
その声に驚いたよう、隊員たちが振り返る。
「て、隊長」
「医仙の寝床の配慮をするほど暇なんだな」
「え、そ、それは」

集まった隊員をぐるりと見回し、俺は声を張った。
「今から素振り二百回だ。各自、剣を用意し鍛錬場へ集合。トクマニ、テマナ」
「はい」
「篝火を焚け、今すぐに」
「は、はい!」
俺の声に二人が表へと駆けだす。その背を見届け、
「全員表へ出ろ。俺より後に出てきた奴は、百回追加だ」

そう吐き捨て踵を返して歩きだす。集った奴らが慌てたように、
「先に行って、お待ちします!!」
「すぐ準備しますから、隊長はごゆっくり!」
「行くぞ、急げ」
口々に叫ぶと頭を下げ、俺の背を追い越していった。

最後にようやく無人になった兵舎を一渡り見回して、上階へ目を上げた。
これで大護軍と医仙が、暫しの間ゆるりとできると良いが。
首を振りながら俺は出入扉に向かう。
それほど体力と時が余っているなら、泥のように眠れるようにしてやる。

 

「ねえ、何の声?」

外の号令に気付いて立ち上がって窓に近寄り、あなたに向かって振り向いた。
あなたは椅子に腰掛けたまましばらく無言で声を確かめた後、くっ、と喉の奥で音を立てる。

「素振りです」
「素振り?こんな時間から?」
あなたの答えに驚いて、思わず確かめ直す。
「戌の刻です。特別遅い訳ではない。覚えていませんか、暇な時間は体を休めるか鍛錬するか。
迂達赤の伝統です」
「そのルールあなたが作った、って聞いたことあるけど」
「はい」

しらっと笑って頷くあなたに
「でも、休養も大事じゃないの?皆、大丈夫なの?」
心配で尋ねると、黒い瞳が嬉しそうに笑んだ。
「余程体力が余っていると、チュンソクが判断したかと」
「そうなの?」
「大丈夫です。あ奴はしっかり兵の様子を見ております」
「ならいいんだけど・・・」

何故か腕を組み嬉しそうなあなたに、私は首を傾げる。
その組んだ腕が解けたと思ったら、あなたは静かに立ち上がり窓の横の私に向かって、ほんの数歩で近寄った。

次の瞬間、窓の外を眺めていた私の背中から、長い腕が巻き付く。
背中から腕の中にすっぽり包まれて、私は首から上だけで後ろのあなたへ振り返る。
「どうしたの?」
「素振りを見ております」
「嘘、そこから見えるの?」
「剣を振る音で見ています」

外の鍛錬場は篝火で明るい。部屋の中は蝋燭灯りだけで薄暗い。
外から見える事はないと思うけど、やっぱり窓の近くじゃちょっと恥ずかしい。

私は窓から離れようと、じわじわと後ろへ下がる。
あなたはそれに気付いて、後ろから私の肩に顎を載せる。
「確かに。下の野次馬どもに見せる必要はない」
そう言って笑い、腕を解いた。

 

「百九十二」
剣の風切り音だけが鍛錬場に響く。

「百九十三」
素振りを始め、優に半刻を回った。

「百九十四」
誰一人、無駄話をする奴はいない。

「百九十五」
号令だけが、唯一の声だ。

「百九十六」
汗が目に入って痛い。

「百九十七」
隊長の声を聞きながら、剣を振り抜く。

「百九十八」
あと二回。

「百九十九」
あと、一回。

「二百!」

隊長の声と同時に剣を振り抜き、全員が肩で息をついた。
「剣を片付けたら、各自兵舎へ戻れ」
「はい」
全員が声を返す。

最後に隊長は鍛錬場をぐるりと見回し
「これに懲りたら必要のない時は、大護軍の部屋へ近づくな」
と、それだけ言った。
「はい!」
俺たちは隊長の声に深く頷いた。毎晩これでは体が持たない。

 

素振りを終えて大護軍の部屋を守ろうと、部屋の窓の外の高い楡の木へと登る。
今晩は医仙も中にいる。
部屋の中が丸ごと見える場所にいるのは気まずい。
そう思って、窓の斜め横の木を選んだ。

嬉しいんだ。また大護軍と医仙が二人で一緒にいることが。
トルベもチュソクも、もう帰って来ない皆も、あの頃みたいにどっかから見守ってるんじゃないかって思ってしまう。

そんなこと起こりっこないのに。

それでもあの日、隊長が医仙に息を吹き込まれて生き返ったことも、東屋で手をつないだことも。
医仙が鎧姿で迂達赤に現れたことも、それにいちいち大騒ぎした俺達のことも、何度も思い出す。

隊長が変わってくのが信じられなくて、でもそれが嬉しくて、どうにか医仙を、そして隊長を守りたくて。
それだけしか考えられずに走った、あの頃の俺達のことを思い出す。

木に登って見上げる空は春だ。
あったかい。腰掛ける大ぶりの枝には、緑の新芽が伸びている。
星の色も、冬の凍ったみたいな白さと違う。
こうして季節は変わってく。
それでもお前らはこれからの大護軍と医仙を見ててくれるよな。
いつまでも何も変わらないままで、二人を守ってくれるよな。

春の星をじっと見上げた後、俺は目を閉じた。

 

「だから言っただろうが」
蝋燭を消した暗い部屋内に顰めた声が聞こえる。
「お前の話は、時々大袈裟だからな」
闇の中、小さな声が返る。
「今回は本当だったろ」
「疑ったわけではない」

深夜、その声に俺は凭れていた椅子から背を起こす。

誰かが入って来たわけはない。
万が一入ってくれば、俺は必ず気配で目覚める。
声が聞こえる至近まで寄る隙があるわけがない。

「おい、隊長を起こすなよ!」
「すみません隊長、邪魔しました」

身を起こし確かめた目前の二人の姿が信じられず、俺は瞬きをした。

「それにしても」
二人のうち一回り小柄で、がっちりとした体躯の一人が懐かしい声で言いながら頭を振る。
「全く知りませんでした、これ程お二人が近しくなったなど。
倖せそうです、隊長。本当に良かった」

懐かしく真直ぐな目で俺を見て、深く頭を垂れる。
いつでも真心の篭った言葉しか吐かん男だ。

「だから言ったろうが。俺は知ってると。しかし隊長、何故寝台で共寝しないんですか。
たとえ同じ部屋でも、女人を一人寝させるのは、男としてどうかと」
二人のうち、細身で背の高い奴が首を傾げる。
それでも俺を見る目は、声の裏に無言の心配を滲ませている。

「お前、ら、何してる」
俺はようやく、それだけを口にする。

「いや、心配だったんです。奴らが隊長の邪魔をしているようで。
俺は奴らを蹴り飛ばすわけにもいかんし、トクマニやテマナは奴らを止めるにはどうにも若いし」
「俺はこいつから聞いてはいましたが、信じられずに。
こうして隊長の倖せな顔が見られて、心から安心しました」

「待て、待ってくれ」
俺は奴らの言葉を途中で遮った。
「お前らこそどうなんだ、大丈夫なのか。俺のせいで」
その声に、がっちりした奴が首を振る。
「誤解です、隊長。王様と隊長を守れて幸せでした。
隊長が苦しんでいる事だけが、ずっと心残りでした」
「俺を庇って」
「何言ってるんですか隊長!そんなこと全くないですよ」
丈高い男が、大きな声で俺の言葉を打ち消した。
「俺は今でも最高に幸せですよ、こうしてまた隊長に会えて。一緒にいられて」
細身の丈高い奴がそう言って破顔した。
がっちりした体躯の奴が、その言葉に深く頷く。
「いつだって守っています、お二人を。何かあれば呼んで下さい。必ず来ます」

そう言って二人の笑顔がゆっくりぼやける。
「待てよ!」

夜半に相応しくない叫び声に驚いたように、寝台の上でこの方が目を開ける。
「・・・ヨンア?」
寝起きの掠れた声が囁いて、寝台の上で身を起こす。

「どうしたの?」
目の前で見た光景が信じられずに、ただ無言で瞬きを繰り返す。
「夢でも見た?」
「・・・夢」

夢なのか。夢だったのか。余りに明瞭な夢だったのか。

チュソク。トルベ。

懐かしい兵舎にいるから、夢を見たのか。

「そう、かもしれません」
その呟きにあなたは小さな寝台の片側へ身を寄せ、掛布団を捲る。
「椅子なんかで寝るからよ。来て」
「いや、俺は」
「来て?」

窓からの月明かりだけが頼りの闇の中。
じっと見つめる瞳に頷いて、椅子から立ち、寝台へ滑り込む。

もし見守ってくれるとしても、今からは目を瞑っていろ。
心の中でそう告げれば、二人の忍び笑いが聞こえそうだ。

この方の首の下の己の腕を差し込めば、小さな体がぺたりと胸へ添う。
その肩を抱き寄せその細い項へこの鼻を寄せ、花の香の髪へ息を吐く。

懐かしさが見せた夢だとしても。
罪悪感が聞かせた気休めの言葉だとしても。
それでも、会えて嬉しかった。

そう思いながら目を閉じた。明け方まで、もう一眠り。
もしや夢でもう一度、奴らに会えるかもしれん。

 

 

 

 

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