2014-15 リクエスト | 迂達赤奇譚 -木春菊-・2

 

 

「隊長が戻ります!!」

嬉し気に叫ぶテマンが吹抜けに声を掛け、表へ飛び出した。
俺達は素知らぬ顔で、それぞれの役目へ戻る。

テマンの叫び声から程なく、隊長が大股で吹抜けの扉を潜り、兵舎の中へ踏み入ってきた。
トルベたちが隊長の姿に走り寄る。

余計な事を言うなよ。
制する俺の視線に、任せて下さいとばかり、トルベがにやりと笑う。

「お帰りなさい、隊長」
俺の声に頷きながら、隊長は階を上がっていく。
横に張り付いたテマンたちが、俺に目で合図しながら続く。

ああ、頼む。うまくいってくれ。
肚内で呟きながら、奴らが隊長と共に上がった階上を見る。

そして隊長が部屋に入ってから。
吹抜けに集まった隊員を上から降りてきたトルベが蹴散らし、少し静まったかに思えたが。

余程気になるのか、夕刻になり歩哨の交代を終えると、今度は役目を終え戻った奴らが吹抜けに集いじっと上階を気にする始末。
此度は俺が奴らを散らして収まったものの、これでは隊長も落ち着かないだろう。
まあ、奴らの気持ちも判らんではない。隊長が戻って来て下さるるのを、心から待った隊員ばかりだ。

戻って嬉しいのに加えて医仙まで来てくれれば、まるで家族の長が嫁取りをしたかのように浮き足立つ。
仕方ないことなのかもしれんが、しかし。

そういうのをな、覗き見根性と言うんだぞ。
隊長の幸せを祈るなら、放っておくべきだ。
俺など覗き見根性の欠片すらないものを、先刻うっかり隊長を呼びに部屋へ踏み込み、気まずい光景を見たんだぞ。

頭にこびり付いたお二人の姿に慌てて首を振り、最後にもう一度上を見てから私室へ戻る。
脳裏の姿を忘れねば、次にお二人と顔を合わせるのが、気まずくて仕方がない。

 

三和土に腰を下ろし、そこからじっと小さな姿を見つめる。
部屋の中、この視線の先に、確かにいる。
俺の視線を気にするでもなく持ち込んだ薬草に触れ、机の上で何か懸命に手を動かしている。

祈る気持ちで、その指先を見つめる。
解毒薬が出来たなら。そしてそれが効いたと判ったなら。
そうすれば全てうまくいくはずだ。
慶昌君媽媽にあのような最期を迎えさせた奇轍。
この方に、そして王妃媽媽にまで手を掛けた徳興君。

必ず奴らの首を獲る。獲らねば刀を握る意味がない。

それでもこの方に、ちらとでも気取られるわけにはいかん。
俺のために泣き、笑い、ご自身の事など全く考えず、俺を守るためにだけ無茶をする方だから。

三和土から腰を上げ、用もないのに傍へ寄ってみる。
足音を立てないのは、驚かせたいわけではなく癖だ。
その背の後ろまで寄り、細い肩越しに机の上を覗き込む。
薬草の香の中この方は薬壺を順に開け、何かを見詰めている。

「何ですか」
思わず問うと、驚いたように小さな肩が揺れる。
振り返った顔の中、零れそうに大きく開いた目が俺を見つめ、三日月の形に笑んだ。
「解毒薬」
「・・・はい」
これが大切なこの方を守ってくれる。救ってくれるはずだ。
頼む、頼むと胸の中で繰り返す。
救ってくれ。守ってくれ。
この方の体だけではなく、心をも護りたいから。
もう二度と離れたくはないから。泣かせたくはないから。
頼む。

この方の毒が体から抜け、命が助かったと判った時に尋ねる事がある。
この方の返答を待っている。
どんなにその御守が大変でも、一生を懸けるから。
命のある限り二度と手を離さず、護り続けるから。
だから頼む。

「さて、と」
全ての薬壺を確かめきっちりと蓋をし直し、最後の蓋をし終え。
細い指の先で抑えたこの方が、そう言って立ち上がる。
「もう遅いわね」
窓の外を見て呟いた声に頷く。確かにもう遅い。
明日を考えればそろそろ床に就くべきだ。
ましてやあの毒使いの毒に侵されている今のこの方に、少しの無理もして欲しくない。
小さな手を握って立ち上がらせ、黙って寝台へと進む。

其処に腰を下ろさせると
「休んで下さい」
そう言って、細い肩を壊さぬように押さえて言い聞かせる。
「いいのよ、約束したじゃない。私は椅子2脚でよく眠」
この方の言い訳の声を聞きながら、俺は暗くなった窓際へ寄る。

窓から下を覗き、歩哨の兵の位置を確認する。
続いて扉へと部屋を横切り近づくと其処を開け、外に野次馬どもが屯していない事を確かめ、ようやく安堵の息を吐く。

「ねえ?聞いてる?」
「はい」
「あなたの方がずっと大変なんだから、あなたが寝台で」
「全く、生意気な口を聞く新入りだ」
「え?」

素頓狂な声を上げるこの方の腰掛ける寝台脇に戻り、卓の椅子を二脚寄せ、其処へ座って足を伸ばす。
そしてそのまま寝台の上のこの方をじっと見つめた。

「よく聴いて下さい」
「何、隊長」
拗ねたように言う声に
「そう。俺は隊長です。迂達赤では俺の言葉に従って頂く」
はっきりと告げる。何事も最初が肝要だ。
「・・・はい、隊長」
「寝て下さい」
「はい、隊長」

根負けして頷いたこの方が上掛けを持ち上げ、そこへころりと横になる。
ごそごそと直してもしっかり掛かっていない上掛けを見て息を吐き、椅子から立ち上がる。

細い肩を包みこむように上掛けを直し上から軽く叩くと、嬉しそうに笑んだこの方が目を閉じる。

そのまま卓へと手を伸ばし、灯していた蝋燭を持ち上げる。
静かに息をかけ、揺れる灯を俺は吹き消した。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    ほほ~ぉ☆
    テジャン(ヨン) 嬉しい( 〃▽〃)のにねぇー。
    ところで
    奇轍役の役者さんが主役の映画 <チング2>を
    観ました。
    何気に、この方もカッコ良いですよね。
    ヨン役のミンホ氏も素敵でしたが、奇轍役の役者さんもカリスマ性が合って良かったわ♪

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    さらんさん、こんばんは。
    木春菊の第2話、ウキウキと拝読させて頂きました。
    ありがとうございます。
    埃っぽい兵舎の、飾り気の無いヨンの部屋で、ウダルチ達の気配を感じながら過ごすこの時期。
    いいですねえ。
    ヨンがウンスだけに見せる優しい笑顔も、次第にウダルチ達の目に留まるようにもなるんでしょうね。
    本編では観ることができなかった裏側や枝葉の部分を、じっくりとさらんさんに見せて頂き、感謝感謝です。
    新入りウダルチのウンス、此度はとても素直ですね❤
    続きがとても楽しみです。
    さらんさん、今日はどんな休日を過ごされましたか?
    夜になり、少し肌寒くなっています。
    どうか、お風邪をひかれませんように。

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    >パイナップルセージさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    チング2、知りませんでした!ユ・オソン氏ですね❤
    奇轍の時も、あの小憎らしくもおとぼけた感じが
    何処か嫌いになれないという。
    むしろ徳興君、あいつの方がよっぽど嫌だわ!との声を
    かなり頂きましたww
    いや、役者のせいではなくあくまで配役のせいなのですが。
    因みにオソン氏、朝鮮ガンマンにも出ていたような。
    見ていないのに、情報だけは持ち合わせる私です(;^_^A

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    >muuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    私の中で、もう迂達赤に越して来た時点で
    ウンスオンニ、可愛らしさMAX状態ですw
    そりゃあヨンも惚れ直しますわ・・・とw
    もう、あの大好きなシーン
    (王様への謁見のために廊下を歩くヨン、廊下の両端の護衛の迂達赤が
    ヨンが通り過ぎた途端にこにこヒソヒソ・・・)
    に続くこの前ふりが。
    一時も気を抜けない、いつ死ぬか分からない、
    隊長がどれほど大変な目に遭っているかよく知っている、
    そんな迂達赤にとってヨンとウンスの二人の光景は
    温かい春や眩しい光みたいに見えたんじゃないかなあと。
    そんなお話になる予定でした❤
    でもそれだけなら「奇譚」とはならず、此処に敢えて奇譚を冠した意味がw
    それがお伝わえできていたら嬉しいです( ´艸`)

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