2014-15 リクエスト | 迂達赤奇譚 -木春菊-・3

 

 

静かな部屋に、微かな寝息が響く。
部屋の窓から月の光が伸びて来る。
月光に透かされた横顔を見つめる。

閉じた睫毛が作る影も、月灯りに光る唇も。
まるでこの世で一番美しい夢にいるようだ。
手を伸ばし触れようとした瞬間夢は終わる。

いつもそうだった。夢で逢えた人たちは皆。
駆け寄り声を掛け、抱き締め再会を喜んだ刹那、いつでも目覚めてしまう。

醒めてほしくはない。だから触れない。
触れずにこうして見詰めるだけで良い。

そう思っているのにこの腕は気持ちと裏腹に、止められずに其処へ伸びる。

起こしたくはない。寝かせてやりたい。
毒の周りが少しでも遅くなるよう。
その間に解毒薬が完成するよう。

思っているのに指は静止の声も聞かず、白い頬、紅い髪へと辿り着く。

触れる寸前、温かさを感じて指を止める。

触れてしまえば止められない。
起こさぬよう見詰める事しか。
その瞳が開かぬように闇の中、月の光に紛れて。

朝になれば瞳は開き、明るい声が呼ぶだろう。

隊長

あの優しい目、甘い響きを思い出す。

その瞳で見、その声で呼んでくれ。この命が尽きるまで。
見えるところ、声が届くところにいれば、必ず俺が護る。

 

**********

 

窓の外が、薄青い光に包まれる刻。
兵舎の中に、夜番の歩哨の吹く起床の法螺が響く。

既に着替えた俺は鬼剣を確かめ、最後にあの薬壺の蓋を開け、中身を見詰める。
頼む。
祈りつつ蓋を閉め、振り返りあの方の寝台へ寄る。
長い睫毛が震えて開くのを見届け
「早く起きぬと、朝飯を食いはぐれます」
枕許の床に膝をつき、驚いた顔に向け静かに伝える。

そして床から立ち上がると、扉へ向かう。
扉に向かう手前で足を止めて振り返る。

何故だ、先刻より呼ばれている気がして仕方ない。

振り返った先、あの瞳が笑んでいるのを確かめる。
それが俺をも笑ませるのを知っておるのか、おらぬのか。

扉を抜ける刹那、己を戒める。
扉を開ければ、外の奴らにこの面を見せるわけにはいかん。
奴らが何を思っているかなど、顔を見ずとも読める。
この方と共に部屋で過ごした後、にやけ面を下げて出れば。
一体何を言い出すか、考えただけで頭が痛い。

俺は扉を押し開く。

 

1、2、3と数えるたびに、あなたが振り返る。
こっちを見て笑ってくれる。それだけでいい。

笑ってて、いつでもそうやって。その為に私は絶対生きるから。
あなたを1人にしたりしない。
悲しい気持ちになんか、二度とさせない。
覚悟してよね。私のお守りは大変だって言ったのに、それでもいいって言ったのはあなたなんだから。

あの時の言葉を思い出す度に、顔が笑っちゃうのは仕方ない。
好きで好きで、仕方ないんだもの。いいよね。許されるよね。

そう考えて、寝台の上でえいっと体を起こす。
熱はない。脈も正常。自分の指先で確かめて、大きく息をする。
倒れたりしない。死んだりしない。解毒薬は成功する、絶対に。
帰らない。一緒にいたい。その為に。

あなたとこれからも、一緒に生きてく為に。

 

「おはようございます隊長」
「おう」
「おはようございます!!」
「おう」
「おはようございます隊長!」
「おう」

兵舎の中、進むたびに声がかかるのは何時もの事。
しかしいつもと明らかに違うのは、挨拶に応え通り過ぎた背後。
奴らが微笑み何かを囁く、そんな気配が漂う事だ。

歩を止め振り返ると、奴らは素知らぬ顔でそっぽを向く。
しかし前を向いて歩き出せば、漣のような声が背を包む。

鬱陶しいんだ、お前らは。言いたいことがあるなら言え。
怒鳴りつけたい気持ちを抑え、俺は歩を早める。

「隊長!」
テマンが大声と共に駆け寄り、後へ従く。
「おはようございます!!」
前から勢いよく駆けて来たトルベが頭を下げる。
「医仙は」
「まだお寝みだ。テマナ」
「はい!」
「あの方に飯を運んでくれ。俺は飯の後、康安殿へ行く」
「はい!」
「絶対に部屋から出すな。見張れ」
「はい!」
背で頷くテマンの気配と共に
「食堂で一緒に召し上がらないんですか」
トルベが首を傾げて問いかける。
「あんなむさ苦しく慌ただしい処で食わせられるか」
俺の告げる声に、奴は深く頷いた。

 

「あんなむさ苦しく慌ただしい処で食わせられるか」
隊長の声に頷きながら、俺は考える。
そうなんだよな。隊長は本気で医仙の事を想っている。

思ってるから、隠しておきたいんだよな。
周りは餓鬼のように騒ぎ立てるだけだが。
それでも隊長の幸せそうな顔を見て嬉しいのは俺だけではない、それもよく判る。
皆嬉しいから、ついつい構っちまうって事も。
隊長にしてみれば、我慢ならないだろうが。

厄介な奇轍やら徳興君やら、元の断事官やらの事で荒れていた迂達赤兵舎の中の空気も。
医仙が昨日来て下さってから、そして隊長が戻って来てからは、皆に笑顔が戻っている。

これだけはどうしようもない。
俺がお守りするのは王様だが、ついて行くのは隊長にだ。
隊長の声だけを聞き、隊長の背だけを追って走る。
そして隊長を守れるのなら、喜んで命も捨てる。
誰よりも命を大切にしろと言う隊長だから、肚がばれれば思い切り殴られるか、蹴り飛ばされるか何れかだろうが。

そして隊長が誰より大切にしている医仙だから、やはり俺は命を懸けても守ると誓う。
それが隊長にばれれば、余計な事をと怒鳴られるだろうが。

隊長には倖せでいてほしい。俺はただそれだけを願ってる。

 

「あんなむさ苦しく慌ただしい処で食わせられるか」
隊長の声に、トルベがうんうん頷いてる。

そうだよな、隊長はいつも医仙の事を考えてる。
今までいつだって、俺たちの事を考えてくれてた。
俺たちが死なないように、怪我しないように。

もう、自分の事を考えていいと思う。
自分と医仙の幸せだけを考えていいと思うんだ。
医仙と一緒にいる時の隊長の目は、いつだって嬉しそうだから。

でも一つだけ気になるのは、この頃その目が険しいことだ。
あの町ですれ違った男が、隊長の周辺をうろつきだしてから。
いつでも俺やシウルやチホに医仙を守らせて、短い時間でも医仙を一人にしないようにしてる。

あの男は気味が悪い。嫌な匂いがする。
どんな偉い奴でも俺は好きになれない。
隊長が心からあいつを嫌ってる事が分かる。
王様の、斬れというお許しを待ってるのも。

そんな心の荷がどんどん重なってくのが怖いんだ。
だから医仙には、隊長のそばにいて欲しい。
医仙がいる時だけは隊長の目が優しいから。
心があったかくなってるのが分かるから。
もう隊長に苦しい思いをしてほしくないから、医仙にはずっとずっと隊長のそばにいてほしい。

だからまずすぐに、飯を運んであげなきゃ。新入りだもんな。先輩は優しくしてあげなきゃ。
そう思いながら、隊長の後ろをついていく。

 

「おはようございます、隊長!!」
食堂で声がかかる。振り向けば、トクマンが満面の笑みで出迎える。
「水です!」
そう言って、湯呑茶碗を俺へと差し出す。

「おう」
そう言って茶碗を受け取るが、奴は其処から動かない。
「何だ」
受け取った湯飲茶碗に口をつけながら短く問うと
「昨日は、どうでした」

能天気な声に、食堂でざわめきながら飯を掻き込んでいた奴らが一斉に手も声も止める。

さすがだな、空気の読めなさ加減は。
空いた片手で奴の頭を鋭く叩き
「煩い」
それだけ告げた時には遅かった。

「昨日は、やはり」
「馬鹿だなお前、男と女が一晩一緒にいて」
「聞くだけ野暮だろう」
「経験がない奴はこれだから」
「お前はあるのか、偉そうに」

蜂の巣を突ついたように、食堂中がざわめき始める。
「黙って食え!」
俺の低い声に奴らは固まり、口を閉じ直す。

やはり正解だ、あの方を連れて来ずに。
連れてきたが最後、こいつらに何を言われるか。
あの方と気持ちが通じたのは嬉しいが。
姿が目に入り声が聴け、いつでも居場所が判り、この手で護れる三歩の場所にいて頂けるのは嬉しいが。
それでもこいつらの厄介さと天秤に掛ければ、どちらに傾くべきか。
考えながら指先で蟀谷を押さえ、息を吐く。

 

 

 

 

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14 件のコメント

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    シンイの中でも一番好きな、ウンスがウダルチ兵舎で暮らす日々、周りの暖かさ、読んでても思わず笑顔です。初めての投稿ですがいつも楽しみに読ませていただいています。

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    ウダルチのみんなが ヨン隊長の事を 思っていることが 凄く嬉しい。
    空気の読めない 素直な トクマンは 外せませんね。 思わず クスッと笑っちゃいました。

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    さらんさん、今日もお話を拝読させて頂き、ありがとうございます❤︎
    緊張感を保たねばならない状況下での、ちょっぴり甘い二人と、むさ苦しい男達のほのぼのした場面、読者としてはたまりません。
    しかも、なかなかウンスに手を出さぬヨンには、多少やきもきするものの、これがまた良いんですよ~。
    ウンスはむしろ、迂達赤達と一緒にワイワイと食事をしたいのでしょうけれど、ヨンが許さないのでしょうね。
    ふふふ(≧∇≦)
    さらんさん、花曇りの日曜日、いかがお過ごしですか?
    少し肌寒いので、お風邪をひかれませんようにね。

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    この時期はまだ発病してなくて,束の間の幸せな時間でしたよね。
    ドラマ本編では描ききれてなかった場面や,ヨンの気持ちが,ここで読めて嬉しかったです♪
    空気の読めないトクマンはじめ,他の隊員達が二人を見て浮つく感じ,結構好きです( ´艸`)
    みんな嬉しそうですもんね。
    それに羨ましい気持ちもありますよね,何かあったと誤解してるし(〃∇〃)
    兵舎には1ヶ月近くいたのかな。
    これからどんなエピソードが出てくるのか楽し
    みにしています♪

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    毎回わくわくしながら読ませていただき、さらんさんの文才に感嘆しております。煮え切らない思いをいつも満たしていただき、本当にありがとうございます。こんな私に是非アメンバー登録の機会をお願いいたします。

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    そんな風に見て頂けると、嬉しいです❤
    もう限られた映像の隙間をどれだけ妄想で補完し
    広げるかが、この本編絡みのお話の楽しさと思うのです❤
    書いたは良いけど本編のイメージ崩れたわ、と
    しなもんさまや皆さまが
    そう思われては、元も子もないですσ(^_^;)
    とにかくこのウンス乱入では、トルベの「あんなが?」から
    苦笑して上を見上げるあの顔が大好きだった私。
    ああ、懐かしいです・・・( ´艸`)

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    >atutatさん
    おはようございます❤初コメありがとうございます。
    それなのにコメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    やはりこの辺りには、懐かしさ&ここ大好き、という
    コメントをたくさん頂けて、嬉しい限りです❤
    イメージが崩れないと良いのですが・・・σ(^_^;)
    大きな家族のような迂達赤、若いのに家長役のヨン、
    気苦労は絶えぬようです。( ´艸`)

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    >usausamiruruさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    もうこれは、トクマンくんの才能として。
    チュンソク副隊長の間の悪さと黄金ペア、という事で
    如何でしょうか(w
    仕方ないよね、だってトクマンくんだもの。
    そうなるよね、だってチュンソク副隊長だもの、と( ´艸`)

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    >kumiさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    おお、まさに。通常運転です(爆
    トクマン君は、きっと変わらないでしょう。
    チュンソク隊長が、どこまでも間が悪いようにw

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    >muuさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    ヨンが表に出さないのはもうこれは(爆
    ああ、はいはい、ですよねー、ともう廃人乙女には
    暗黙の了解なのですがσ(^_^;)
    一番納得しないのは、当のオンニという・・・
    気苦労だらけの隊長、お気の毒でもありますw

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    >すんすんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    そうでした。本当に短くて楽しくて、幸せな時間。
    でも次の悲しみを超えて、無理かも、という時期を超えて
    どんどん強くなっていく絆も好きでした。
    懐かしいなあ、とこれを書きながら、何度も思いました。
    本編二次に戻ると、ベースは本編ですが、なかなか触れる事も少なくなるので
    こんな風にどっぷり本編ベースで書けたことが嬉しかったです❤

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    >sangara777さん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    コメ返遅くなり、申し訳ありません(x_x;)
    いえいえ、文才はないです(`・ω・´)キリッ!
    でも妄想力は、お任せください(爆
    今は療養中の身なので滞っておりますが、
    良くなった暁には、是非期間限定でも、アメンバー様募集を❤
    その時には、また是非お待ちしております(*v.v)。

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