2014-15 リクエスト | 邂逅・12

 

 

「何故目を開けん」
頼りないほど小さな手を握ったまま、頬に触れたまま、髪を撫でながらまんじりともせず明けた翌朝。
俺は椅子に腰掛ける侍医に振り向く。

下ろした鎧戸の隙間より白い光が筋になり、病室の中に縞を落とす。

その縞がお前の目に障らぬよう、背で受けながら小声で侍医に問う。
机の上で一晩中懸命に書きつけた山のような書物から顔を上げ、侍医は微かに苦く笑んで首を傾げる。

「大護軍。出血も多かったのです。腹を開いた後すぐ起きあがったりすれば、寧ろ体に悪い。
腹を開いた翌朝に目を覚まし体を起こすのは、内功に優れたあなたくらいのものなのですよ。
あなたとてあの時は、立っているのが不思議なほどだった」
爺の声に苛々と首を振る。
「起きろと言っているのではない。目を開けてくれれば良いと言っているんだ」

その声に奴は此度は明らかに少し笑い
「手術は成功です。お待ち下さい。遅かれ早かれ、必ずお目覚めになります」

いつも馬鹿正直なこの男の確約で、目の前に光明を見る。
部屋に注ぐ鎧戸越しの縞明かりより幾倍も明るいそれに、心がようやく僅かに軽くなる。

部屋の扉外で気配がする。
その瞬間俺は鬼剣に手を伸ばし、大きく寄ると部屋の扉を開け放つ。

 

突然開いた目前の扉に、足が停まる。
案の定扉向こうにはチェ・ヨンが仁王立ちになり、覗かせじ進ませじとばかり腰に刀を構えている。
その姿に、俺も腰の刀に手を掛ける。
構えず対面するのが礼儀だと思ったが、先に構えてきたのはお前だ。忘れるな。

さっさと退け。
許されるものならば、今こいつを叩き斬ってやる。
叩き斬って寝台へ駆けつけ、お前を抱き締めたい。

一晩は待った。腹を裂くような大事を乗り切ったお前の事を考えてのことだ。
それでも扉向こう、俺より先にお前に逢えたチェ・ヨンがお前に触れていると思えば。
もしもその時お前が目を開き、先に奴がその目に映ったとすれば。
考えるたび俺の方が腹を裂かれたかと思うほど、そこが熱く、痛く、苦しくなった。

ウンス、頼む。今晩は目を開くな。
明日の朝、俺が逢えるまで待っていてくれ。
そうだけ考え、ようやく真暗い夜を乗り切った。

「ウンスに会う」
「寝ている」
「寝ておろうと、起きておろうと。退け」
「邪魔だ。去ね」
「お前の指図は受けぬ」
「兵舎の責任者は俺だ」
「兵舎はな。病室の責任者は違おう」
「病室も兵舎の一部だ、違うか」
抑えた声の口論に、先生がそっと割って入る。
「チェ・ヨン殿。起こしたくないお気持ちは分かるが、ウンスの様子を見せて下さいませんか。
術後の傷を見て、薬を調合せねば」

 

華侘の声に、ソンジンに眸を当てたまま惑う。
華侘には診て頂きたい、この男には見せたくない。
ようやく息を吐き、刀を下ろし、華侘を通す。
男は俺をひと睨みした後、華侘に従い扉を抜けた。

衝立の向こうを一目見た途端、この男の視線がお前にしな垂れかかる。
視線だけでお前を抱くその姿に、頭の芯が赤くなる。

許されるものならばこの場でその目、潰してやる。

 

******

 

「大護軍」
病室の扉外、小さな国境隊長の声がする。

部屋の中、侍医は華侘と共にお前を診察し、ソンジンは枕元に立ち尽くしている。
俺は大きな歩で部屋の扉へ寄り、それを開く。
「何だ」
扉向こうには国境隊長と共にトクマンとテマンが、そしてその後には国境隊の兵らが立っている。

「医仙は、目覚められましたか」
国境隊長の大きな笑顔に、黙って首を振る。
「まだだ」
隊長の顔に影が落ちる。しかし奴は気取られぬよう、もう一度大きく笑うと
「でも直でしょう、大丈夫です」

その声にトクマンが、テマンが、そして兵らが一斉に頷く。
雁首揃えて励ましに来たか。
案ずるな。お前らの声も必ず届いている。
「・・・ああ」

俺は眸だけで頷き返す。
感謝する。お前たちが励ましているのは眠るあの方だけではないと判っている。
「それなら次は飯です。ご存じですか大護軍、酷い顔色ですよ」
国境隊長の声に、片頬で笑う。
喰わせるための方便とはいえ。

「それよりも隊長、そしてトクマニ、テマナ」
俺は奴らに声を掛ける。やらねばならぬ事がある。
一歩下がり、衝立向こうの様子を判じる。
あのソンジンを置いたまま此処を離れると思うと、肚の中が焼けつきそうだ。

「侍医、出る」
静かに奴に声を掛けると、侍医が目を上げ頷き返した。
俺は目前の扉を抜けた。

移動した次の間で、三人に向かいそれぞれ眸を投げる。
「国境隊長」
「はい」
「今病室の中にいるのは、神医華侘とその守り。賓客だ。医仙の治療を任せることになる。
丁重に頼む。治療に必要な事は能う限り協力を」
「分かりました。全兵に伝えます」
国境隊長が、任せろとばかり強く頷く。

「トクマニ」
「はい」
「医仙は回復まで此処に滞在する。王様に委細をお知らせする。早馬を用意しろ。
あの刺客に関しての御返事が届き次第報せろ」
「判りました」
奴は緊張した面持ちで深く頷く。
「テマナ」
「はい」
「帰途の事がある。お前には残ってほしい。医仙の回復まで動く気はない。
他の迂達赤が一旦戻る事になっても、共に残れ」
「もちろんです、大護軍」
奴は明るく笑んで、大きく頷く。

「刺客はあの後、動きはないか」
「一切ありません」
「周囲に不穏な動きは」
「全く見えません」
それを聞いて次は俺が頷く。

では内通者が潜むのは、やはり皇宮側。
共に居る者の中に潜んでいれば、あの方を傷つけられ俺が平常心を失った時が襲撃の絶好の機会だった。
それが起きぬとなれば、俺達の移動のことは知っておっても、現在の内情は知らぬという事だ。

皇宮へ戻れば洗い出す。
あの方に負わせた傷の分だけ、その身に負わせる。
簡単に死ねると思うな。死を欲する傷を負わせてやる。

片付けても片付けても、なかなか減らぬな。
思いつつ息を吐く。
元に巣食う鼠は巣がでかい分、頭数も多いと見える。

 

 

 

 

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14 件のコメント

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    やっぱり、今日もでしたね~(*^^*)
    うーん、ソンジン若い! 自分の気持ちにまっしぐらですね~~
    ヨンの大きさにはちょーっと敵わないかなぁ~と思います!
    なんと言っても私はチェヨン一筋!(*≧∀≦*)
    明日がすごーく楽しみです。ありがとうございました♪

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    さらんさん、今夜も素敵なお話をありがとうございます!
    いやあ~、あいも変わらずの表現力に、改めて脱帽です。
    「視線だけで抱く」ですってえ~⁈
    ああ、もう鳥肌たちまくりです。
    というか、ウンスに対する思いが同じライバルだからこそ、相手の気持ちが手にとるようにわかるんでしょうね…。
    ほかにも素晴らしい表現をされてるところが、本当にたくさんあるので、今夜も、何度も読み返してしまいます。

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    すっかりコメント不精になってしまってごめんなさい。
    ずっと、変わらず、読ませていただいてます。
    さらんさまの本章とは別の、リクエストのお話ですが、もうどう決着がつくのか気になって気になって仕方ありません。
    あ、ウンスが助かることと、ヨンとウンスの関係については一切の不安は感じてないのですが、ソンジンがどう動き、ヨンがどう動き、ソンジンがどう納得するのか、興味が尽きません。
    ソンジンも大好きなので、ソンジンのウンスに巡り合って欲しいですが…。
    更新楽しみにしてますね(*^_^*)

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    さらんさん~~、困りました。
    チェヨンのことは愛してますが、ソンジンも大好きなんです(>_<)
    ソンジンがウンスを送り出してウンスを失った時には、ウンスにソンジンの傍にいてあげて~~!と、願っちゃいましたから。チェヨンとソンジン二人が揃った今、ウンスがチェヨン以外を選ばないことがわかっているから、ソンジンが心配でなりません(ToT)

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    ソンジンは劉先生に何事も無ければ他は全身全霊全てをウンスの為だけに我が身を捧げることができます。
    ヨンはソンジンに負ける要素はただ一つ。大護軍の職務上全ての時間をウンスに使うことが許されない。悔しいでしょう。しかも劉先生がウンスの側にいる際にソンジンが一緒にいることを我慢しなければならない。
    ただヨンは一秒でも早くウンスが目覚めることを願っていますが、ソンジンは自分のエゴを優先している気がします。やはりヨンのほうが大人な感じですね。

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    >mimiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ふふふーそうです❤
    設定時余裕があれば、予約公開の時刻はそこに拘っていますヨン(●´ω`●)ゞ
    だって だって ヨンだからー!
    あ、ソンジンはこれからもっと若さ爆発です。
    そして今週末は勝手イベント❤
    書きまくっております。願わくばその前に【邂逅】脱稿を!
    頑張ります❤

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ウンスの目覚め、直です。
    いつまでも逃げてるわけには・・・w
    もう暫しお付き合いくださいませ❤

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    >ツマ吉さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    はい、もう目覚めます。
    そしてびっくりな感じになります(;^_^A
    なんだかなですが…

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    >muuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、もうヨン詳細は知らぬまでも、
    ソンジンの気持ちが分かりすぎるとは思います。
    何しろ何しろですので…(;^_^A
    今はヨンの(というかミノ氏の)の、喉仏芝居の
    表現方法を模索中です・・・
    花男時代からだったのね、喉仏!と(〃∇〃)

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    >みゅうさん
    お久しぶりです❤コメありがとうございます
    そうなのです、もうこれは完全パラレル、お題ありきの世界なのですが
    そのお題に合わせ設定を練り、かつ本編乖離を避け
    どうしても無理!と思わない限りは二次設定を併用し・・・
    ソンジンは、今は見えていないだけで、絶対に
    運命の人がいるのですが。
    一途ゆえに、厳しそうです。

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    >kumiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのです。ウンスの言った一言は曲解され、
    ソンジンは純粋に「ウンス」に会うために門をくぐってしまった。
    姐さん、落とし前はつけて下さいね?という感じです・・・(;^_^A

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    >あみいさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    これは、学生と社会人の恋愛かなーと思います。
    女:寂しいの、会いたいの
    学男:今どこだよ、すぐ行くから待ってろ
    社男:仕事中だ、終わったらすぐ行くから待ってろ
    そもそも仕事中に寂しいなんて電話してくる女は馬鹿決定ですが。
    しかし学校サボって逢いに来る学生には、
    経験が浅い故の無鉄砲、勢いと思い込みが。怖いです・・(°д°;)

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