2014-15 リクエスト | 蓮華・12(終)

 

 

陽が高いうちにあの方に逢いに行くなどどれ程久々か。
考えるともなく考えつつ、懐かしい道を典医寺へ辿る。

門を入ると陣の中で共に居た顔が此方を見
「大護軍」
そう言って足早に近づいてくる。

あの方が始終ミンさんと呼び、頼っていた薬員だ。
「此度はお疲れさまでした」
「典医寺の皆も、咎はなかっただろうな」
「勿論です。大護軍と皆様のおかげです」
「無事なら良い」

そう言って首を振ると、薬員は微笑んで頷いた。
その顔に短く尋ねる。
「あの方は」
「裏の薬草畑に」
「早速役目か」
戻ってきたばかりというのにと、腹立ちまぎれに唸ると
「いいえ」

ミンという薬員は、優しく首を振った。
「疲れていらっしゃるのでしょう。お昼寝かと。ご案内いたします、どうぞ」

先導に頷くと薬員について歩き始める。
その足は典医寺の治療室も、あの方の私室のある棟も抜けて進む。
俺は黙ったままその歩に従う。

先日キム侍医を訪ねた時よりさほど時間は経たぬ。
だが通り過ぎる薬園の木々の枝の青葉は猛々しい程に伸びていた。
そして足元に開いた花々の彩は鮮やかさが目に眩しい。

薬園の径を裏手へ回ると、広がった茶畑へ出る。
薬園とは違い、日差しを遮る高い木々はない。
三方を生垣に囲まれた畑の上から、春の光が降り注ぐ。

薬員が足を止め、俺を見るとひとところを指した。
茶畑の占めるその片隅、蒲公英の黄色、地錦の薄青。
そして広がる蓮華の紫の花の中、ころりと寝転ぶ小さな影が見える。

柔らかく暖かな光の中で倖せそうに眠る脇、音を立てぬようそっと寄り、静かに腰を下ろす。

顔に当たる陽は、眩しくはないのか。

己の手で庇を作り、青空に掌を翳す。
この方の閉じた目許に、己の掌の形の影が落ちる。

少しは日除けになるだろうか。
起きる気配はない。

ただ何かを呟くと、眠るこの方の口許が少し微笑んだ。

「大護軍」
ミンと言う薬員が次に俺に静かに声を掛けたのは、一刻ほど経った頃だ。

地に座り、空に手を翳したまま
「何だ」
そう小さく声だけを返すと
「そろそろ起こして差し上げた方が」
「・・・ああ」

頷きながらも起こす気になれず寝顔を見遣る。
薬員は頭を下げ、そのまま静かに薬園へ踵を返した。

眠れる時は寝かせてやりたい。こうして傍で護れるならば。
それでも風邪など引かせるわけにはいかん。
空に翳した手を下ろし、指先で最後に頬に触れた後、眠るその肩をそっと揺らす。
「・・・イムジャ」

そう声を掛けると細い肩が動き、長い睫毛が揺れる。
「・・・・・・ぅん?」
「起きて下さい」

静かに上がる睫毛を見つめながら待つ。
俺を見上げたとろりとした視線に光が戻ると同時に、この方は春の日差しの中、優しく目を細めて微笑んだ。

「おはよう、ヨンア」

寝起きの掠れた声が囁く。
「昼過ぎです。そろそろ起きて下さい」
「んーー」

地に寝転んだまま大きく手足を伸ばして声を上げると、はああ、と息を吐いたその背の下に腕を差し入れる。
小さく細い背を押して起こすと
「ありがと」
この方はそう言って、首を傾けた。
長い亜麻色のその髪に付いた蓮華の花を、俺は指で摘まんで地に戻す。

「あなたに何もなかったって聞いたら、安心しちゃって」
掛けられた声に、見つめる瞳に、俺は頷く。
「参りましょう」

そう言って立ち上がり、この方へと手を差し伸べる。
地に腰を下ろしたままのこの方が、その手を握る。

こうして繋がっている。
判っていてもあなたが眠りから覚めるたび、最初にその瞳にこの姿を映してくれれば、それだけでどれ程嬉しいか。
そして己が目を覚ますたび、あなたが最初にこの目に映れば、それだけでどれ程倖せか。

それこそまさしく至福だ。
そう思いながら典医寺へ戻る径を、俺達は二人並んで歩き始めた。

「何もなかったとは聞いたけど・・・無理しなかった?」
あなたが弾むよう横を歩きつつ、この顔を見上げる。
「俺は何も」
「あなたじゃなければ、誰が収めたの?」
「神が」
「え?」
「いえ」

俺は首を振る。そうだ、此度は医の神が無理をした。
留守居のトクマンに陣の場所まで聞きだして。

不問と王様がおっしゃる以上問い質すことはない。
それはトクマンにとて同じだ。問い質しも責めもしなかった。

ただ毎朝晩、槍の素振りをしろと命じただけだ。五千回ずつ。
奴にとってはさぞかし良い教訓になるだろう。
頼れる見張りもついている。誤魔化す訳にもいくまい。

「キム先生に会っていく?」
「ええ。捻挫も気になります」
「もうすっかり元気みたいよ」
そんな言葉を交わしながら、蓮華の香の春の日差しの下を俺達は歩く。

「トクマニ、早くやれ」
迂達赤兵舎の庭の鍛錬所で、俺は奴に声をかける。
「う、でが上がらん」
「知るか。早くやれよ」

息を切らし、腰を曲げて、ぶるぶる震える両手で両膝を押さえたまま、トクマンが上目で俺を見る。

「命より大事な槍を地面に落とすなよ、拾え」
その俺の声に、声を返す元気もないらしい。

「あと、何回だ」
「今が三千と二百四十八。数えてやるから早くやれ」
俺はうんざりして、息を大きく吐いた。
「あと千と七百もか」
「知らない。早くしろよ、俺も大護軍のところに行きたい」

その声にトクマンが大きく頷いた。
「良いぞテマナ、行ってくれ、大護軍も待ってる」
「馬鹿か。お前が素振りを終わるまで行ける訳ないだろ」
俺はトクマンを睨み付けて言った。

「明日からも朝晩こうするんだから、早く終えろよ」
「他人事だと、思ってるだろ」
「当然だ、俺はお前みたいに口は軽くない」

本当なら怒鳴りつけたい。大護軍に迷惑かけやがって。
医仙を巻き込みやがってと、蹴り飛ばしてやりたいほどだ。

でも大護軍が、もう言うなと言った。 だから何も言わない。
その代わり、一回だって素振りをずるさせない。
きちんと振り切れないのは、一回に勘定しない。きっちりじっくり数えてやるからな。

「三千か、もっと、振った気がした」
「御託はいいから早くやれ」
春の日の下、トクマンは額の汗を震える手で拭いて、地面の槍を握り直した。
「春で良かったな」
「なに、がだよ」

俺の言葉に、トクマンが切れる息でようやく言う。
「陽が長いから、素振りの時間がゆっくり取れる」
「勝手な事、言いやがって」

そう言って槍を構え直すトクマンに俺は笑った。
「数えるぞ、好きに振れ」

ちゃんと振れなかったら、数えないけどな。
肚の中でそう言いながら、俺は舌を出した。

 

 

【 蓮華 ~ Fin ~ 】

 

 


 

 

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リク話【 蓮華 】終了です。
ヘンセルさま、素敵なリクありがとうございました。
そしてヨンで頂いた皆さま、ありがとうございました。

タイトルは、花言葉からとりました。
蓮華(蓮華草・紫雲英・ゲンゲ):
「あなたと一緒なら苦痛がやわらぐ」「心がやわらぐ」
薬草でもあります。

さて、次はJazzの名曲 “Fly Me to the Moon”から。
ヨンとウンスの甘々ONLYリクです、久々に❤

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