2014-15 リクエスト | 蓮華・11

 

 

「お前、気は確かか」
宣任殿を出で、松葉杖をつきながら副長に添われて回廊の少し先を行くアン・ジェへと寄り、鋭く声を掛ける。
歩を止めぬままアンジェはちらりと此方へ視線を投げる。
「言ったろう。面白い事が起きるかもと」
小さく告げるその声に、俺は低く怒鳴り返す。
「何処かで綻びが出れば、不敬罪に問われるのは奴らだぞ。自分の部下を危険に晒す気か」
「チェ・ヨン、綻びなど出る訳がない」

アン・ジェは暢気に声を返す。
「神医、医の神がおわした。皆心から信じている。俺もな。お前、俺の傷を見たろう。肉まで裂けたあの腿の傷。
あんな傷を治せるのは神しかおられん。見せろと言われればこの傷、何時何処で誰にでも見せてやる。
己の目で見て判じれば良い。人にこんな傷が治せるものか」

その声にアン・ジェに添うた副長も笑んで頷く。
「神です、大護軍。神がついておられるのです、大護軍には。そして我が高麗には」
そう言って回廊を歩いていく二つの背中を、その場に足を止め俺は黙って見送った。

康安殿の入り口に立ち姿勢を正し、中へと僅かに声を張る。
「王様、迂達赤チェ・ヨン参りました」
「入りなさい」
即座に戻るその声に笑んだ扉脇の内官が、頭を下げ扉を開く。

中に踏み込み頭を下げると、階上の机前より腰を上げた王様が階をゆっくりと下りていらっしゃる。
「久方ぶりよの、大護軍」
「は」
「掛けられよ」
王様は卓の椅子を示され、ご自身も上座へと腰掛けられた。
王様のご着座を確認し、己も静かに腰掛ける。

「ドチヤ」
俺の着座を見遣り、王様がそうお声を上げる。
「はい、王様」
主席内官の返る声に
「大護軍よりの戦果を聞く。人払いをせよ」
「はい」

その主席内官の声と共に周囲から人の気配が引いていく。
最後の気配が室内より消えたところで、王様がゆっくりと懐手のその玉体を椅子の上、此方へと向けた。

「神だ」
「・・・王様」
言えば兵らが不敬罪に問われる。言わねば己の不忠が赦せぬ。
「良いな。神だ」
「王様」
「寡人は申したぞ、これより後は不問とな。背くでない」
「王様」

此方の機先を制するが如く、王様が真直ぐ俺に目を当てられる。
「背けば次こそ罰せねばならぬ。そなたか兵か、医仙かを」
そう静かにおっしゃり、首を振られる王様を真直ぐに見返す。
「寡人に選ばせるな、良いか」
「・・・は」

王様はそんな俺に苦く笑まれると
「聞いたか、兵の声を」
穏やかな声でおっしゃりながら、息を吐かれた。
「は」
「神が一人おられるだけで、戦場に立つ恐怖がのうなると。どんな傷でも治して頂けるからと」
「は」
「凄いものよの、神というのは」
「しかし背負う神にすれば」

そうだ。そこだけが気に掛かるのだ。
全て笑顔で抱え込むあの方が、これ程に求められている事を知ればこの先、どれだけ無理をするかが怖いのだ。
言葉に詰まった此方を見遣り、王様が頷かれる。
「大護軍の言いたい事も、よく判る」
「・・・は」
「たびたび皇宮を神無宮にするわけにもいかぬ」
「おっしゃる通りです」
「本格的に扶育を考えねばな」
「扶育ですか」
「そうだ」

王様はそうおっしゃると、ゆるりと笑んだ。
「今現在、神が一人だからその肩に全ての荷が圧し掛かる。二人三人と増えれば、幾分かは軽くなろう」
「は」
「急には無理であろう、それでも取り掛からぬより良い」
「はい」
「典医寺にて計画を出すよう伝える」
「畏まりました」

その声に安堵して息を吐く。
王様のおっしゃる通り急には無理だ。あの方の医術は天のもの。
あれと同等の技術が、一朝一夕に得られるとは思えん。
それでもやらぬより良い。足を止め手を拱くよりはずっと良い。

いつかどの戦場にも、神が降りるよう。
兵たちを支え癒して護るあの笑顔がどの陣でも見えれば。
兵たちが安堵して駆け込める場所がどの陣にも置ければ、我ら高麗軍は無敵となるだろう。

いつの日か。

 

******

 

「大護軍!!」

迂達赤兵舎へと戻ると、吹抜けに集まった奴らが扉を抜ける俺へ一斉に駆け寄った。
「大護軍!!」
「お帰りなさい!」
「ご無事ですか」
「戦勝おめでとうございます」

口々に言う奴らの声を聞きながら、俺はその場から離れて立つチュンソクの顔を探す。
「隊長」
呼ぶ声に奴が顔を上げる。
その目を捕えたまま、顎を僅かに動かし階上を示す。
そして階を上り始めた俺に一歩離れ、奴が黙って階を上がり、この背後へ従いて来る。

覚悟は決まっているというわけか。上等だ。

 

宣任殿の俺たちの言動に大護軍が怒り心頭なのは、嫌と言うほどよく判っている。
それでも大護軍と医仙を御守りするには、あれしかなかった。
傷を負ったアン・ジェ隊長と副長が言葉を尽くし、兵らが本気で神医と信じ守ろうとした思いを無碍にするわけには、絶対に行かなかった。

俺を殴って大護軍が満足するならいくらでも殴られよう。
大股で進む背に従って階上へ歩みつつ、俺は奥歯に力を籠めた。

私室の扉を押し開き、室内へ踏み込む大護軍に続いて部屋へと入る。
扉が閉まった瞬間、大護軍のでかい手で避ける間もなく思い切り胸座を掴みあげられた。
「走って消えた時」
「大護軍」
「アン・ジェの処へ行ったな」
「はい」
「その所為で此度兵が、そしてお前らがどれほど危ない橋を渡ったか、知らぬとは言わせん」
「それでもです。それでもそうするしかなかったのです」
「喜ぶとでも思ったか」

そう言うと胸座を掴んだ掌は掴んだ時と同じほど素早く俺を突き放し、この胸元から離れて行った。
「大護軍、それは」
「判っている。判っているから腹が立つ」
「俺たちとて同じです」

俺の声に大護軍は目を開く。
「腹が立ちます。全て一人で背負おうとするあなたに」
「チュンソク!」
「一人で背負うから重いのです。なぜ分けてくれんのか」
「時と場合による」
「此度は分け合うべき時でした。その準備も出来ていた。ですからそうしたのです。俺だけではありません。皆が望んでいた」

この人は言うつもりだったはずだ。自分が手引きをして医仙を陣へと潜り込ませたとでも。
下手をすれば、攫って連れて来たとでも言ったはずだ。
医仙は嫌々連れて来られた。俺達は誰も何も知らなかった。兵は治療を受けただけだ。だから咎は己一人にあると。

当たらずとも遠からぬ事を考えていたはずだ。無口なこの人の肚を十年以上も読んだ俺には自信がある。

「大護軍が一人で咎を負えば、医仙はどうなりますか」
「・・・判っている」
「下らぬ大臣たちに関わっている暇などありません」
「ああ」
「たまには頼って下さい」
「ふざけるな」
「本気です。此度はよくやったと褒めて頂きたいほどです」

俺の軽口に、大護軍が苦い顔で首を振った。
「もうやめろ」
「これからは事前にご相談します」
「お前な」
そう言って息を吐く大護軍に俺は言った。
「一つだけ、未だに判らんことが」
「何だよ」
「医仙が、どうやって陣の場所をお知りになったのか」

そこだ。それだけが判らなかった。
それさえ判ればいくらでも他に辻褄のつけようがあったものを。
判らぬ故に医仙の独断専行と思われぬように、兵を呼び出し証言させるより他なかったのだ。

「俺は告げん。無茶しそうだったからな」
「無論、俺たちもお伝えしておりません」
俺たちは顔を見合わせた。
「あの方は、陣を張った二日後には到着していた」
「ということは俺達の出立直後に目的地を知ったはずです」
「此処に残っていたのは」

大護軍はそこで黙って踵を返し部屋を抜けた。
扉脇に立って、誰も近寄らぬよう部屋を守っていたテマンに
「トクマンを呼んで来い」
そう伝えると、大護軍は己を鎮めるように深く呼吸をする。

トクマン、此度は俺も庇わん。その軽口が災いしたな。
俺は部屋で天井を仰ぎ、大きく息を吐いた。

 

 

 

 

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24 件のコメント

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    あっちゃ~
    トクマン ピンチ~
    ばれちゃった ぽっぽにまで見放された~
    仕方ないけどね~
    うふふ ウンスはもう怒られない?
    はやく 2人にゆっくりしてもらいたいわ~
    ( ´艸`)

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    さらんさん、おはようございます。
    ヨンには、頼りになる友人、そして部下がいて良かった♪
    ただ、口が軽い男が一人だけ(笑)
    ヨンの雷が落ちますね。

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    チュンソクもアンジェもかっこいいです。
    みんな ヨンとウンスを守っている。
    慕っている・尊敬している大切な人 みんなの気持ちが伝わってくる。
    トクマ~ン わぁ~ 怒られる?

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    さらんさん おはようございます❤︎
    今朝のお話は、軽快でほほえましくて、思わずクスッとしてしまいました。
    更新いただき、ありがとうございます。
    チュンソク隊長の間の悪さ、トクマンの人の良さと間抜けさ…。
    そんな彼らの絡みは、戦場という非常下のお話において、チゲ鍋の中の温玉子のようにマイルドにしてくれました♪( ´θ`)ノ
    もちろん二人にとっては、身に降りかかった災難としか言いようがありませんが。
    ヨンとはまた違う意味で、言葉数の少ない王様の一言も、また素敵ではありませんか。
    自分自身が仕事をする上でも、「ふむふむ。余計な言葉は不要なのだわね」と改めて勉強になります。
    …といっても、それで通じる相手がいれば…のことですが^_^;
    さらんさん❤︎
    曇り空の金曜日ですが、お互いにがんばりましょうね!

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    私も思っていました!
    人材を育てていかないと,ウンスしか出来ない事ばかりだと,ウンスがいない時や,ウンス自身が大怪我等した時,治療出来る人がいないですもんね。
    典医寺付属の医学校なんてのも良いのでは(o^-')b
    優秀な人材が育てば今回の様な事起こりませんもんね。
    ウンスが生徒達に講義する姿も見てみたいです。憧れの先生になるかも( ´艸`)
    トクマン,やっぱりバレましたね(;^_^A
    本人は自分が元凶だと気が付いてないはず(笑)
    これは訓練という名のシゴキが待っているかも~(^▽^;)

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    さらん 様
    こんにちは。
    『隊長』
    と、チュンソクを呼んだということは、迂達赤を預かる上官としての立場、守るべき部下がいる己の立場を分かってもらうためなのでしょうか。
    話の中で『チュンソク』に変り、更に返答が『何だよ』になっていく・・・
    言葉のマジックでその場の状況、チェ・ヨンの心境の変化が伝わりますね(*^▽^*)
    トクマン・・・
    ファイティン(゚ー゚;

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    何度目を通しても飽きない内容と文章です!
    プロフェッショナルな場へ土足で踏み込んでしまったと、言ってた下りは、どうなることかとハラハラ思っていましたが、さらんさんならではですね!
    本当に、どの人もイメージがずれてなくて、
    個性がそのまま出ていて、とっても素敵!
    感服感動です。
    アンジェのセリフの時の目つき顔つき、チュンソクの様子、ヨンの驚いてるさま、ウンスを見る時の少し瞼を下げた優しげな瞳とその表情等々が、簡単に目に浮かびます。
    一番楽しみで楽しみで、まだまだ続けてね。
    読ませてね♡♡

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    さらんさんこんにちは♪
    今度はトクマンがやっちまった!ですね。
    まるでお約束の第3段…(* ̄∇ ̄*)
    お話の形が円になるよう。
    楽しすぎです。
    お話ありがとうございます(*^^*)

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    >くるくるしなもんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    はい、見放されましたw
    今回はチュンソクも胸座掴まれたし、
    ヨンもかなり肝が冷えた様子なので、仕方なし。
    アイゴー トクマニー!(´Д`;)

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    >かよさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そう、決して悪い男ではないのですが、何しろ
    ウンスに頼まれると、ぺろっとww
    正にそこだけが弱点@さらん設定のトクマンくんです( ´艸`)

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    >usausamiruruさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    王様が不問というからには、もうこの話は一切出来ず。
    ヨンも自己権限の中で、どうにかするようです( ´艸`)

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    >★sachi★さん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    あははは、sachiさま、達観しておられます(;´▽`A“
    そうです、こんな役回り・・・爆

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    >muuさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうですね、我が家の面子は無口な王様&ヨンという
    二大巨頭の周囲に、おしゃべり君がちらほらとw
    ヨンや王様ほど無口では、職場のコミュニケーションに弊害が生じそうですが
    実際仕事のできる人は、言葉が少ない感じが・・・
    私も何れ、そんな人間を目指したいものです( ´艸`)

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    >すんすんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうですね、このリク話のパラレルワールドでは
    王様のご英断通り、そうした世界が広がっていくかもしれません。
    歴史に関与するのを恐れていたウンスゆえ、
    本編二次ではそうはならないかもしれないのが残念ですが・・・(;^_^A
    そしてあいごートクマニー!(´Д`;)

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    >mamachanさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうでうね、ヨン❤基本的に、兵の前ではなるべく
    「隊長」と呼ぶようにしているようです。
    名目を重んじると、あの奇轍にまで言わしめた男ゆえww
    二人きりになったり、気心が知れる人間といると
    また若干違うようですが( ´艸`)

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    >チャイさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    あ、王様が不問とおっしゃったので、それほどひどい罰にはなりませんでしたw
    これでまた、より強くなることでしょう・・・ヾ(@°▽°@)ノ

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    >yokoさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    目に浮かぶと言って頂くと嬉しいですヾ(@°▽°@)ノ
    ありがとうございます❤
    はい、まずは最終話まで今暫し、お付き合い頂けると嬉しいです(*v.v)。

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    >愛知のひとみさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    トクマンくんの場合、本編では余りおっちょこちょいのイメージがなかったので
    書いていて、クレーム来るかなーと思っていたのですが
    思わぬほど読み手の皆さまが、それキャラを受け入れて下さるのでw
    まずは今暫しお付き合い頂けると嬉しいです(*v.v)。

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    >tari0315さん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    もうトクマンくんは、自業自得です(;^_^A
    ヨンでいただき、ありがとうございました(*v.v)。

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