北方兵舎の的前は広い。
開京の迂達赤の的前よりも、長く距離を取っている。
国境地帯は戦場が開けている分、敵へは弓を使い先制攻撃を仕掛けることが多い。
鍛錬の為、より実戦に近い距離を確保してある。
その的前。ソンジンが一人、弓を引いていた。
さりげなく確認した的に、俺は片頬で笑む。
こいつ、剣だけでなく弓も行けるか。
この距離の的に対して、ほとんどが中央を射ている。
確かめた的から目を離した、その時。
俺にぴたりと当たった鏃に目を当て、次いでソンジンを見ると、俺は顎で頷いた。
そうだ。お前にとり、俺は殺しても殺し足りぬ憎い相手だろう。
その男の前で、一瞬の隙を見せた己の甘さ。
敵の前で隙を見せれば、こうなって当然だ。
置いてある弓までは、どう見ても届かぬ。
届いたところで番え、射かける前に射られる。
俺は黙って奴の眼を見た。
何故放って置かぬ。奴に目で問う。
お前の顔こそ、この世で一番見たくない。
その姿など、見るだけで胸糞が悪くなる。
射って消えるならば射ってやる。
大切な大護軍とやらを弑し、騒ぎを起こし、ここの兵たちに討たれるもまた定めならば善し。
ぎりりと引いた右手で、的を定める。
目の前のチェ・ヨンの心の臓の真上。この距離で外すわけがない。
今お前を射り、お前が消えれば。
楽になれるだろうか。ウンスが手に入るだろうか。
奴の黒い眸が、俺を見る。
次の瞬間、俺は半身を廻し、引ききった矢を視線の先の的へ放った。
弓摺羽が頬を掠める感触と共に矢は飛び、離れた的の真中に深く刺さった。
俺の中で今、チェ・ヨン、お前は死んだ。
あの的でなく俺は今、心の中のお前を射った。
もう良い。
お前程の腕だ。
どうせこの弓は避けられ射り損ね、先生が血相を変えてお前を助けに奔走し、そのでかい体を担ぎ上げて病室へ運ぶのだ。
あの人はそういう人だ。
ならば俺が消えるのが一番良い。
先生の前からも、お前の前からも、そしてウンスの前からも。
俺は静かに弓を置き、歩きだした。
******
「ウンス」
夕刻の診察時、手に数冊の書を持って病室に現れたのは、華侘お一人の姿のみだった。
背後を見てもソンジンの影は見当たらん。
窓の外には雲もなく、空は燃え立つ紅に染まっている。
「・・・劉先生、私」
紅の空を頬に映し、静かにこの方が呼ぶ。
華侘はその声を終いまで聞くことなく頷いた。
「判っている。良いんだ。ソンジンにもいずれ通じる」
そして此方へと振り向くと、
「私の連れが、不快な思いをさせました」
華侘の声に姿勢を正し首を振る。
「伺いたきことが」
「チェ・ヨン殿」
俺の声は先程のウンスと同じく、終いまで聞かれず途切れた。
「世の不思議は、突き詰めれば答がある。
しかし答を探すだけが良いわけではない。
見つけた答も、信じる者信じぬ者がある。
答に甘んじ、前に進まなくなる者もある。
あなたは進んで下さい、ウンスと共に」
まるで禅問答だ。
ソンジンの事を聞きたかったが、これで答が返るとは思えん。
何故あれほど俺に似ている。
あの男は、何処のどいつだ。
どのように生き、何故華侘と出逢い、共に居るのか。
奴から聞けぬ以上、華侘に頼るのみと思ったが。
華侘は此方に背を向け、ウンスの脈診を始めた。
「・・・大丈夫だ。すっかり落ち着いた。まだ思い出せない方々のことも、じき思い出すだろう」
そう言って細い腕の袖を下ろすと、華侘は横に控えた侍医に向かい、持参の書物を差し出した。
「チャン先生のことだ、記録は残しているでしょう。これは補足程度に御読みください」
侍医は華侘から受けた書物を数頁捲り、驚いたよう目を上げて華侘をじっと見た。
「この短時間で、これ程お書き頂いたのですか」
華侘は侍医の声に微笑むと頷き、
「これは趣味のようなものです」
そう言って侍医の両肩に手を置く。
「チャン先生、学んでください。あなたは良い医者になるでしょう。
ウンスもいます。進んで下さい、ウンスと共に」
侍医は華侘に向け頭を下げる。
「お言葉、肝に銘じます」
華侘はそれを聞き、ゆっくりと頷いた。
次にウンスに向かい、そっと声を掛けた。
「ウンス、少しだけ二人で話せるだろうか」
驚いたように目を丸くするウンスを其処に置き、俺は侍医と共に静かに部屋を出た。
そうか、行かれるのだな。そう思いながら。

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お互い 複雑よね~。
相手を消してしまえば
済む話でもないし…
ソンジンも 気の毒、 ヨンも傷ついてる
ウンスは…
泣けてきました。
華佗は この三人にこころの治療は
してくれるの?
くるしい~ (T_T)
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ソンジンはもう二人の前に現れない?
以前さらんさんが書いていらっしゃったようにあの矢でもって自己昇華したのかな。
ヨンの疑問は抱えたままで生きていくのでしょうか。ウンスに訊くことはないですよね。
そういえばヨンはもうウンスを許したのかな。
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今夜で最終話ですね!
これ、どうなるのかしらん~?全く予測つかずです。
だからこそ楽しみです(*≧∀≦*)
週末も楽しみ~(*^ー^)ノ♪にしています!
ありがとうございました♪
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重いですね。
胸が痛いです。
でも、さらんさんのお話しきっと救いがあると思ってます。
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さらん 様
おはようございます。
リク話ならではの登場人物に心を躍らせて本当に毎話読み進めております(‐^▽^‐)
パラレルの中でしか存在しないチャン先生。
本編では会えないチャン先生。
大好きなチャン先生。
『チャン先生、学んでください。 あなたは良い医者になるでしょう。
ウンスもいます。 進んで下さい、ウンスと共に』
これは辛いです~~~
。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
朝から一発KOいただきました(T▽T;)
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お返事ありがとうございました。そちらの方もこれから読ませていただきます。「何故、似ているのか?」それは、もしかして・・・なのかな?とにかく、ウンスが二人を傷つけてしまった事が無駄にはなりませんように!!
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同じで違う2人の対峙がとても素敵です❤︎何度も読ませていただきました。これからも(^.^) 楽しませていただきありがとうございます。
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キーパソンは劉先生かな?
週末はF4で華麗に決めて下さるのね!
さらんちゃん、楽しみにしています。
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さらんさん、今朝も切ないお話をありがとうございます。
ソンジン、自身の想いにケリをつけようとしているんですね…。
華佗の言葉は深いなぁ。
拝読しながらも、思わず我がことに照らし合わせ、うなづいてしまいました。
今夜が最終話?
さらんさんは「長くなってしまった」とおっしゃいますが、読み手としては全くそんなことは感じてはおりません。
毎回、ぐいぐい引き込まれる展開で、ワクワク、ドキドキが止まらぬまま、今日を迎えていますよ。
さらんさん、週末はめいっぱい遊びまくって、英気を養って下さいね!
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さらんさんのお話は、色んなことをを想像しながらああ言うことかな?こう言うことかな?とワクワクしながら考えられるので読ませていただいていてドキドキします(*^^*)
劉先生やソンジンのことも自分なりに考えて楽しませていただいています。
1話読み進めていくたび続きが気になって更新が待ち遠しくて仕方ありません(≧∇≦)
これからもよろしくお願いします。
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先生はついにウンスに話すのですね。
先生がウンスと同じ未来(?)から来ていたとは!
ソンジンもヨンも切ない(。>д<)
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>くるくるしなもんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
もう終わったお話ですが、でも劉先生は、心の治療はしませんでした。
自分の蒔いた種は自分で、恐らくそう思っていたと思います。
自分で乗り切るべきところと、手を貸すべきところ。
多分先生なりの線引きがあるかと・・・
今週末は、遊びますw
ではでは、また来週からリク話に戻ります❤
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>あみいさん
こんばんは❤コメありがとうございます
二人の前からだけならまだしも、ヨンに射かけようとした己は
命を大切にする劉先生の側にいる資格すらないと思った様子。
終わった話ではありますが、ソンジンの覚悟、やはり並ではありませんでした。
いつか幸せになってほしいものです、パラレルの中でw
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>mimiさん
こんばんは❤コメありがとうございます
週末は、書き散らしたものを全て予約公開にして
これから遊びに行って参ります❤
バレンタインで、盛り上がります❤(え
リク話再開は週明けより・・・
またお楽しみ頂ければ嬉しいです。
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>nao_moさん
こんばんは❤コメありがとうございます
救い、あったと信じたいです。
私が、と言うのではなく、ヨンとソンジン、二人の間に。
書いている時は、相当気を張っていたようなので、
週末は書き散らし分を予約公開にセットし、遊んでまいります。
週明けにリク話再開の予定です(*v.v)。
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>mamachanさん
こんばんは❤コメありがとうございます
私も、たとえ今回限定のパラレル話とはいえ、
チャン先生が「大護軍」と呼ぶ日が来るとは・・・と
結構、感無量でした。
週明けにリク話再開予定です❤
お楽しみ頂ければ嬉しいです。
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>p172172さん
こんばんは❤コメありがとうございます
もう、我が家をずっと読んで頂ける読み手さまには
かなり浸透して、嬉しい限りのソンジンですがw
読んで頂き、感じて頂くところがあると嬉しいです❤
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>Akiさん
こんばんは❤コメありがとうございます
何度も読み返して頂いたとの事、嬉しいばかりです。
本当にありがとうございます(*v.v)。
週明けから再開予定のリク話も、お楽しみ頂けたら嬉しいです❤
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>まあもさん
こんばんは❤コメありがとうございます
キーパーソンは、おっしゃる通り劉先生でした。
本当は、最初に練り練りした筋は少し違ったのですがw
週明けのリク話再開まで、限定話お読み頂ければ嬉しいです❤
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>muuさん
こんばんは❤コメありがとうございます
終わった話とはいえ、書いていた間はかなり緊張していたようですw
週末は、何故か盛り上がっているV-Dayムードに流され、
楽しもうと、画策しております(*v.v)。
週明けのリク話再開でお楽しみ頂けたら嬉しいです❤
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>まろんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
想像の余地があるお話が書けていたら嬉しいです❤
自分自身、余地の入る隙間のあるお話が好きなせいかもしれません・・・
週明けのリク話再開で、またお楽しみ頂けたら嬉しいです。
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>まりあさん
こんばんは❤コメありがとうございます
今回の話は、もうどう転んでも切ないのは分かっていましたが
途中のソンジンの暴走には、書き手の私も仰天でした。
週明けからのリク話再開で、お楽しみ頂けたら嬉しいです❤