2014-15 リクエスト final | 結・4

 

 

酔払いの勢いでぐうぐうと高鼾をかくテマン。
三和土に敷いた布団へ転がし、俺は寝台に横たわって眸を閉じた。
呼吸を整え、脈と共に打つ掌の鈍痛を抑え込む。

その時慌ただしく階段を上る足音と気配に気付き、思わず寝台の上、がばりと跳ね起きる。

ふざけるな。どいつが呼んだ、余計な事を。

そう思った瞬間に花の香と共に扉が開き、小さな体が部屋へ駆け込んで来た。
「いい加減にしてよね!!」
飛び込んだ勢いで息を切らせ、それでも眠るテマンに気付いて抑えた声の抗議。

「いきなり何ですか」
医仙は肩をいからせたまま寝台に向かってすたすた歩み寄り、目前でぴたりと止まる。
そして小さな手を腰に当て、思い切り息を吐いた。

「あのねえ、医者は何のためにいるか知ってる?」
「は?」
その問い掛けに、間の抜けた息が漏れる。
それすら気にならぬか、この方は紅い髪を逆立てたまま
「万一の怪我や病気のためにいるのよ、チェ・ヨンさん。そして怪我人なら、普通は直接怪我を見せに来るの。
代理が症状を説明しに来るんじゃなくて。分かる?」

そう言って後ろ手に隠した両掌を診ようとしているのか、俺の両腕をその小さな両手で握り締める。
「診せて」
「掠り傷です」
「診せてって言ったの」
「余計な事はしないで下さい」
「いーい、大きな声は出したくないの。テマンくんもあそこでぐうぐう気持ち良さそうに眠ってるしね。でもどうかしら」

この方は全く諦める様子もなく、腕を握ったままにこりと笑んだ。
「診せる診せないで揉みあううちに、カバンの中のメスが滑ってテマンくんを縛っている紐を切っちゃったりしてね?」

天界の医術道具を納めている青い革包をその瞳が示す。
「それでおまけに私が大声を上げて、その声で酔ったままのテマンくんが起きちゃったりしてね?」
「・・・脅しですか」
「分かってるなら早いわね、チェ・ヨンさん」

静かに声を落とすと、次に瞳が真直ぐこの眸を覗き込む。
「さあ、診せて?」

諦めて寝台から降り、卓に移って向かい合わせに座る。
先刻手荒に巻きつけただけの手拭いの切れ端、この方は丁寧に静かにそれを解いていく。

きつく縛って止血をしていただけだった所為か。
解かれると同時に掌には血が通い、痺れるような暖かさと疼痛が一時にやって来る。
「こんなにしちゃって」
そう言ってまず右掌に布を置くと、この方は俺の手を握ったまま、布切れを拳の中に握り込ませる。

「そんなに力入れなくていい。左手の治療中だけだから。血が垂れないようにだけ、しておけばいいわ」
その声に従い、優しく握られた右の拳の力を少しだけ抜くと
「そんな感じでオッケーよ。じゃあ左から」

そう言って小さな両手で支えたこの左掌の傷を見る。
「縫えば早いけど、どうする?」
「特にどちらでも」
眸を逸らしたままお伝えすると
「じゃあ縫っちゃおう」
声の後、取り出した薬を染みこませた小さな布で、傷口辺りが拭かれ始めた。

心の音が静まるよう窓の外へと眸を移す。
其処はすっかり、宵の帳に覆われていた。

窓外に咲いているはずの花はただ風が香だけを運び、宵闇の中でその色がこの眸に映ることはない。
なのに目の前のこの方だけは、いつでも色鮮やかだ。
鳶色の髪、白い頬、榛摺の瞳、睫毛が落とす淡い白鼠の影、桃色の唇、桜貝の爪。
花の香を振り撒く髪と宵の中でも消えぬ色を纏うなら、何処にいても見つけてしまうのは仕方ない。

「ねえ、知ってた?」
俺の傷を縫いながら、この方が愉し気に声を上げる。
その声にすら、鮮やかな色がついているよう感じる。

「今、東屋の周りにいろんな花が咲いてるの。典医寺の庭もすごいわよ、とっても綺麗」
「・・・春ですから」
不愛想な相槌を気にすることもなく、この方は
「お花見がしたいなあ」
微笑みながらゆっくりと言った。

「花を見ながら外で飲むの。今日みたいにあったかい夜は最高に気持ちいいわ。した事ある?」
「・・・いえ」
「うーん。高麗ではメジャーじゃないのかな、お花見。ライトアップした中で飲みながら見る桜なんて最高よ」

相変わらず意味の分からぬ天界語をぶつぶつ呟きながら、俯いたまま首を振る細い肩。
今ならば目は合わない。 見詰めても気付かれはしない。

縫った傷口にもう一度薬を塗り、丁寧に布を当て包帯を巻くと
「はい、おしまい。次は右手」
そう言ってこの方が顔を上げる。

包帯が止められる前に逸らしておいたお陰で、真直ぐ互いの目が合うのだけは避けられた。
目を逸らしたまま握り込んでいた端切れごと、右の拳を卓の上で、俺はゆっくりと開いた。

 

「はーい、出来た」
右掌に巻いた包帯の巻き終わりを縛り、満足げに息を吐き、この方が笑いかけた。
「どっちもきつくないよね?」
「ええ」
顎で頷くと小さな体が立ち上がる。つられて俺も椅子を立つ。

「良かった。じゃあ帰るわね」
「送らせます」
「いいのよ、花見がてら帰る」
「危険です」
「大丈夫だって」

本当に一度で良い。
一度で良いから此方の提案を何も言わず問わず口答えせずに、はいと聞いて欲しい。
その時閃いた名案に、肚の中で指を鳴らす。

「花見用の酒があります」
「・・・・・・え?」
「トクマニ」

部屋の扉を開けて呼ぶと、下から奴が返答をする。
「はい隊長」
「隠した酒を持って来い」
「え・・・は、はい!」

素早く兵舎を駆け出たトクマンはあっという間に酒瓶を握り、兵舎の中へと駆け戻ると階を上がり、扉前で
「これで全部です」
そう言って酒瓶を俺に怖々手渡した。

怒ってなどおらん。今は寧ろ褒めてやりたい。
顔には出さず、その酒瓶を黙って受け取ると
「医仙を送って来る」

そう言って、後ろで佇むこの方へ肩越しに眸を流す。
「行きましょう」
その声に解せない顔のまま、この方が小走りで近付いて来た。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    さらんさん失礼しました。
    昨日のコメは
    〆だと思って書いてしまいました。
    まだもう少しですね。
    恥ずかしいので
    3のしたコメはお手数ですが削除
    して頂きたく
    よろしくお願いします<(_ _*)>
    またかきます。
    テマンの飲酒から
    ウンスとヨンの花見酒
    嬉しい展開です。( 〃▽〃)

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    テマン君の、おかげかも?
    災い転じて福となる!?
    チェ・ヨンさん。良かったわね(笑)

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    さらんさん、楽しいお話をありがとうございます。
    いっせいに春の花開くこの時期に、ぴったりのお話ですね❤
    怒られながらも、ウンスに手当てをしてもらったヨン…。
    まだ目も合わせられない、手さぐり状態の二人の距離が、これから少しずつ縮まっていくのですね。
    美味しいお酒を手に、ウンスを送り届けるヨン。
    こうしてすぐに行動に移せる男って、素敵です。
    さらんさん、今日は暖かい一日になりましたが、いかがお過ごしですか?
    ランチはしっかり召し上がれましたか?
    さらんさんのお部屋からも、春の花や緑が見えるといいなあ。

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    ドラマではじめてヨンの私室(兵舎)に入りヨンを治療するシーンを思い出しました^^
    ヨンってよくウンスを見つめていましたよね~
    そして目が合わない様に,目線を外す(〃∇〃)
    「送らせます」じゃなくて,素直に「送ります」って言えば良いのに( ´艸`)
    ヨンと二人でお酒を飲みながら夜桜を愛でる・・・良いですね~(≧▽≦)
    トクマンはこれでしごかれずに済むかな(笑)

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