2014-15 リクエスト | 邂逅・3

 

 

赤い竜巻の通り過ぎた街道を、先生と共に馬二頭で駆ける。
一方向へ倒れた草も木も、竜巻が何処へ向かっているかを示す。
その方向に、ひたすらに全速で駆ける。

馬で行けるところまで上がり切れば、天門は目と鼻の先だ。
俺は先生を半ば引き摺るように、そこへ走った。
迷うことすらない。倒れた草木の示す先へ、先へと。

そして石垣の角を曲がり俺は見た。

石垣の向う、石造りの祭壇の奥が蒼白く光り、渦を巻き、俺達を呼ぶ。

その渦に向けて吸い込まれていく。竜巻から逃れた葉も、折れた枝も。
周囲に吹きつける赤い風が呼んでいる。ここをくぐって入って来いと。

「これが天門ですか」
俺の囁き声に、先生が頷く。
天門と言うからには門かと思っていた。
これをウンスがくぐったというのか。
そしてここをくぐれば逢えるんだな。
この赤い風、白い光の先にいるんだな。

「どうすれば良い」
「ただ入るだけだ、ソンジン。信じて入れば良い」
俺を見て言う先生の声は、何処までも深く穏やかだ。
俺は頷き、もう一度お前のあの声を思い描く。

─── 私のことだけ考えて、門をくぐってくれる?

約束した。だからウンス、お前のことだけ考え、俺は門をくぐる。

その瞬間、目の前の光が大きく歪み、揺れた。
俺は先生の前に立ちはだかり、この背に庇う。

次の瞬間。

光の奥から鎧姿の男が一人、風に髪を乱しながら飛び出して来た。

 

******

 

侍医が止血の点穴へ打った鍼に、雷功を放つ。
侍医が矢の刺さったままの傷口を確かめ、微かに息を吐く。
「出血は抑えました。すぐに運びます」

そう言って周囲の兵に目を巡らせる。
薬員が素早く用意した担架に、周囲の兵と共に持ち上げた毛布ごと小さな体を乗せる。
担架は兵たちの手で担ぎ上げられた。
「助かるな?」
その担架の上だけを見つめながら、横の侍医へ確かめる。
「手を尽くします」
こんな時でも馬鹿正直なこの男は、真実しか口にせん。

 

******

 

「大護軍」
国境隊の兵舎に用意した病室で奴が俺に静かに告げる。
「あなたが腹の傷を負った時、医仙に伺った通りの同じ薬を用いて治療しました。猪蹄湯で傷を洗い、抗生物質とやらを投与もした」

この眸は、ただ寝台の上の小さな体を見ている。
小さく上下する胸は、お前がまだ此処に居る証。
ひと声も発さぬ唇も何も映さぬ閉じた瞳も、それでもまだ此処にある。
お前の命は此処にある。
「大護軍」

何処にも行くな、俺は此処にいる。
お前を護る腕は此処でお前を待っている。
何処にも行くな、俺が此処にいるのに。
「大護軍」

侍医の声音が、辛そうなものに変わる。
「お伝えせねばならない事が」
「聞かん」
俺は寝台の上を見たまま首を振る。
「大護軍」
「黙れ」
囁くように告げ、静かに椅子を立つ。
そのまま病室の扉を抜け、外に控えた兵達の最前列に立つトクマンとテマンの姿を見る。
「大護軍」
「大護軍」
二人が部屋を出た俺を見つめ返す。

「天門に至急見張りを立たせろ。あの門をくぐって出るのはどのようなお姿であれ華侘。
必ず此処へ安全にお連れしろ」
其処まで伝え、俺は首を振る。
「いや良い。俺が行く。直接行って確かめる」

動かずにいられない。
そうでなければ正気ではいられない。
一旦病室へと戻る。
入口に侍医が用意した桶の中の消毒薬で手を漱ぎ、紙で拭い床の塵箱へ捨てる。
息を大きく吐き、寝台脇に立つ侍医へ歩み寄る。
寝台の上だけを眸で追いながら。

「天門へ行く」
「大護軍」
普段は冷徹な程何にも動じぬ侍医が、驚いたように目を瞠る。
「ご自身が行くのですか」
「俺の馬が誰より早い」
「良くありません。矢が思ったより深く入り、腸を傷つけています」
「そうか」
「医仙のように腹を開く手術を試みようと思いますが、何しろ私だけでは手の施しようがない。
私も大護軍の腹を開く手術を、医仙と共に二度しただけです。薬員には立会いの経験すらありません。
どなたか助けて下さる方がないと、却って」
「侍医」

そこまで聞いて初めて寝台から眸を離し、真直ぐ奴を見る。
「だから行く、華侘をお迎えに」
この声に、奴は黙って頷いた。
「天が導くはずだ、この方が高麗に・・・」
其処まで言って息を吸う。違う。
この方を、真に必要とするのは。
「俺に必要だから、必ず華侘を寄越して下さる。だから頼む、華侘を」

断腸の思いで言葉を継ぐ。何処にも行きたくなどない。
お前を見ていたい。
見ているだけで戻るならその後俺の眸など生涯要らぬ。
戻れと叫んで戻るならその後は俺の声など生涯要らぬ。
離れたくない。手を握り神仏に祈れば戻って来るなら。
それでも行かねばならぬ。お前を助ける方をお迎えに。

待っていろ、すぐに戻る。

「お連れするまで、侍医」
眉を顰め、ようやくそこまで言った俺の肩に、奴の手が乗る。
首を振り、続けようとした言葉を遮る。
「護ります、この命と医術の全てを懸けて。あなたも一刻も早く戻って下さい」

その声に頷き、寝台の脇、踵を返す。
病室を抜け扉を出た歩みは止めぬまま、脇に従くトクマンとテマンへ声をかける。
「生け捕った刺客はどうした」
「今は、国境隊が尋問中です」
「何処の手の者だ」
「やはり元でした。高麗語を話せません」
「国境隊から皇宮へ、報告の早馬を飛ばせ」
「はい!」
「アン・ジェに迎えに来させろ。王様の御前で親鞠する。
良いか、絶対に死なせるな。毒を隠しているかもしれん。
轡を噛ませ裸に剥いて牢へ転がしておけ。絶対に目を離すな」
「はい」
「口の中は調べたか」
「はい」
「異物はなかったか」
「いえ」
「舌を噛ませるな。轡は絶対に外すな。隙間から水は必ず飲ませろ。兵の立会いの下で。飢え死に乾き死に自害、どれも赦すな」
「分かりました」

其処まで言って兵舎外へ出ると、国境隊長が立っていた。
「大護軍」
普段は豪放磊落な男の痛ましげな声の響きに俺は頷き、奴の脇を無言で過ぎる。
門前に牽かれた愛馬に跨ると、最後に馬上から下の三人を見た。
「隊長」
「はい」
「テマナ」
「はい」
「トクマニ」
「はい」
俺は息を吸い込み、静かに告げる。
「侍医を助けろ。あの方を・・・」
三人が俺を見つめて頷く。
俺はそのまま愛馬の首を返し、その脇腹を蹴った。

天門へ。

 

 

 

 

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15 件のコメント

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    先生とソンジンを迎えたのはヨンなのですね。
    頼りは先生だけです。だからとりあえずは誰?なんて無粋なやり取りはないはずです。
    まずはウンスを助けることです。
    だけどヨンとソンジンが互いをどう見るのかどう感じるのか楽しみです。
    お待ちしています♪

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    一時でもウンスの傍を離れたくないヨンですが、助けるためには華陀が必要と天門に向かうヨンですね。
    望みはただ一つ、ウンスを助けてほしい。
    ウンスを傷つけた刺客はこれから命を断つことも許されることなく生き地獄を見ることになるのでしょうね。当然の報いです。

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    今朝もスリリングな展開での幕開け!
    ウンスの命を救う為、ヨンは正面突破あるのみ!
    さらんちゃんの筆力、ますます冴え渡るわね!
    今後の展開から目が離せません。

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    さらんさん、今朝も素敵なお話をありがとうございます。
    愛する人の側に居たい気持ちと、何としても助けたいという強い想い…、後ろ髪をひかれる辛さがヒシヒシと伝わります。
    さらんさん、多くのファンのために睡眠時間を削って下さっているのでは?
    お体を大切にして下さいね。
    …と言いつつ、続きが楽しみでなりません

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    ソンジンとヨン,いよいよ対峙するんですね。
    ヨンを見たら,ウンスの想い人だとソンジンはすぐに理解しそう。
    でも,兎に角まずはウンスを助けなきゃ!ですよね。
    ところで,さらんさんはソンジンをイメージするモデルはいるのですか?
    眉の傷はヨンと同じ所にあっても,顔のイメージは違いますよね。
    もしあるなら是非教えて下さい(。-人-。)
    明日から月曜日まで実家に帰省するので,さらんさんのお話が読めません(>_<)
    PCネット環境の無いアナログな実家です(;^_^A
    来週纏めて読みますね!

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    どうしよう!どうしよう!
    (゜Д゜≡゜Д゜)?
    ウンスが!ウンスが!
    \(~ ロ\)(/ロ~)/
    ヨンが必ず何とかして、助けてくれるよね(。>д<)
    ソンジンとヨンは…会ってしまったらライバルなのでは??
    ヨンは前世の自分、ソンジンと初対面?!
    どうなってしまうのかしら~♪

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    はい、来ました。ソンジン&劉先生。
    ただ、お話はちょっとばかり思わぬ方へ展開
    @パラレルワールド?です。
    この後もお楽しみ頂けると嬉しいです❤

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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    まさにおっしゃる通り、無駄話は一切せず、
    電報並に用件のみの事務的会話でしたw
    敢えて言うなら、ソンジンが若干前のめり…
    若さゆえでしょうか(;^_^A

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ああもう、刺客に関しては大変かと思います。
    正に自業自得ではありますが。
    ヨンもそうした役目を全うすることで、
    どうにか平常心を保とうと努力中の様子です・・・

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    >まあもさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いやあ、今回は何を書いてもヨンが謝りまくりの
    切なくなりまくりで、いつもの悋気すら片鱗もなく。
    逆にソンジンの方がいきり立っています・・・
    えー、な感じですが(;´Д`)ノ

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    今朝もお読み頂き、ありがとうございます❤
    睡眠時間はもう、細切れにw
    こうなると、信義廃人道も終末という感じです(爆
    ヨン此度は自分を責めまくり、切ないモード突入中です・・・
    こればかりは、運やタイミングもあると思いますが
    それが通じる漢ではないので、救おうにも少し時間がかかりそうです。゚(T^T)゚。

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    >すんすんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ソンジンは、やはりキーワード「ウンス」を聞いて
    その後、病床のウンスと再会してからでしたね、気付いたのは・・・
    ソンジンのイメージモデルは、実は意外な事に
    グンソク氏とTEAM HをやっているBig Brother氏なのです。
    あの、生意気な声がツボです(爆
    作れれば、早めにイメPicを上げたいなと思いますが
    これもなかなか・・・(;^_^A
    ご実家、楽しんで下さいね❤❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >まりあさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう初対面からバキバキですw
    もう敵対心剥き出しのソンジンに対し、
    ウンスへの罪悪感が先に立ち、今一つ覇気のないヨン。
    この後暫し、切ないモード突入の予感です・・・

  • 緊迫した雰囲気が続いています。私も息を詰めて先行きを見守っています。祈るような気持ちです。

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