俺達が迂達赤兵舎への道を歩いていると、兵舎の門前に細長い影が待ち構えているのが目に入る。
丈高い兵の揃う迂達赤とはいえ、あれほど高いのは誰か、これ程離れていてもすぐ気付く。
あんな処で暢気に何をしている。
俺が大護軍へ目をやると大護軍も逆光の中の影を見詰め、眉を顰めて頷く。
大護軍の背に従うテマンに至っては、
「あいつ」
そう呟いて、不機嫌な表情を隠そうともせん。
近寄る俺たちの姿に気付いた奴が、顔を上げる。そして
「大護軍!!!」
叫びながら矢のように真直ぐこちらへ向かい駆け寄った。
「隊長、テマナ!!」
「何をしている」
大護軍の声に破顔したトクマンが
「皆を待ってました!」
そう言う声に、
「立って待てる程暇だったのか、王様は如何だ」
皆を代表し俺は尋ねる。
「勿論ご無事です。お変わりありません。こっちは全く問題はありませんでした。戦況は」
「大護軍の圧勝。今回は全滅だ」
「良かった。早馬の報せで聞いてはいたものの大護軍にしてはお帰りが遅いので、心配していました」
嬉しそうに言ったトクマンが思い出したよう一旦言葉を止めて、こちらの顔を順に見た。
「ところで・・・妙な噂を聞きましたが」
「噂」
唐突なトクマンのその声に俺は首を捻る。トクマンは頷いて、
「神が陣に降りたというのは、本当ですか」
「・・・何だと」
その言葉に、俺は大護軍と顔を見合わせた。それに気付かぬのか、トクマンは真剣な顔で言い募る。
「大護軍と此度の戦は、神に守られていたと専らの噂です。ご存じないですか」
それを聞いた瞬間、俺は大護軍に頭を下げ、脱兎の如く来た道を駆け出した。
*****
「で、部外者が出入りしたという噂は本当か」
「いえ」
重臣の詰問に、鷹揚隊副長が首を振る。
皇宮に戻って早々、俺達は宣任殿へ呼び出しを受けた。
王様が玉座におわすその殿内で中央の通路を挟み、向こう側には官服姿の重臣たちが居並んでいる。
此度出陣した俺を筆頭に、チュンソク、アン・ジェ、迂達赤の各組長と副組長。
そして鷹揚隊の副長、各部隊長、警備責任者が、鎧の正装で此方側からその姿を見つめる。
「しかし、そうした噂を聞いた」
「それでしたらどの兵に聞いて頂いても結構です。誰でも適当な兵を選んで呼び立て、御下問下さい」
鷹揚隊副長が、重臣たちに真直ぐ目を当て言い放った。
「そのうち一人でも部外者がおったと証言するならば、その時には自分がその責、全て負います」
「そなたでは話にならぬ」
副長の声に、重臣が首を振る。
「では自分が負いましょう」
アン・ジェが静かにそう言った。
「此度の出陣の兵はほぼ鷹揚隊からのもの。隊長の自分が全責任を負います。どうぞ呼び立て御下問を」
「迂達赤よりの兵もおります。その際には自分も責任を負います」
チュンソクが続いて明言した。
こいつら一体何を言っている。
その信じられぬ光景に目の前の重臣に動揺を悟られぬよう、横に居並ぶ馬鹿者どもに順に目を当てる。
この眸でどれだけ黙れと言っても奴らはその視線を黙殺し、目の前の重臣たちをじっと睨んだままだ。
「分かった。その言葉偽りはないな」
「御座いません」
アン・ジェが告げる。
「王様の御前での言葉だ、覆せんぞ」
「致しませぬ」
チュンソクが首を振った。
思わず玉座の王様をふり仰ぐと、王様も僅かに眉を顰め、座った俺をご覧になる。
「鷹揚隊と迂達赤より、適当に兵を連れて来い」
重臣の一人が重々しく、下座に控えた下士官へと告げた。
やがて連れられて来た兵たちが宣任殿の入り口へと並び、その床に平伏した。
見知った顔も、見慣れぬ顔もある。
「今よりお前たちに下問致す。王様の御前にて嘘を申せば不敬罪にて重罪。判っておるな」
重臣の声に居並ぶ兵は一様に不安そうな顔をして頷いた。
何故呼び出されたかも、王様の御前に並ばされたかも、全く判らぬと言った風情だ。
「此度の陣の中に部外者がいたというのは嘘かまことか」
「嘘です」
何も判らぬ様子の兵らは即座に、一斉に首を振った。
こいつら、何を言っている。
浮きそうになる腰を堪え、椅子の肘掛けを固く握りしめ、入口に平伏する奴らを真直ぐ見詰める。
悔しいが重臣の言う通りだ、王様の御前で虚偽は許されぬ。
もうやめろ、口を閉じろと叫び出す寸前の俺を見、チュンソクが小さく首を振った。
お前ら何だ、何を企んでいる。
重臣の下問は続く。
「では陣に立ち入ったものは居らんのか」
「居られます」
「やはり居るんではないか!」
「か、神が、おられました」
一人の兵の恐る恐る発した声に、重臣の目が一斉に向く。
緊張し平伏した奴らは、その一人の言葉に深々と頷く。
「何だと」
「神は、顔を布で隠しておられました」
「お顔は、ほとんど見えませんでした」
その声に堪え切れぬとばかり、重臣が怒鳴る。
「何を言っておる!」
「神です。神が人では治せぬ隊長の傷を癒し、自分たちをも治療して下さいました」
「しかし、人は誰も立ち入っておりません」
「お前たち、気は確かか!」
「お信じ頂かなくても結構です。自分たちは神を見ました。
神でなければあの深手を負った隊長を、助けられるわけがありません」
「我らには、神がついていてくださいました」
「戦場に立つのも全く怖くありませんでした」
「どんな怪我も神が治してくださいますから」
兵たちは真顔で、重臣たちに口々にそう言った。
「・・・もう良い」
静かに兵たちの言葉を制し、玉座の王様が御手を上げた。
「王様!しかし」
重臣からそんな声が上がる。王様は其処へ御目を投げかけ頷かれた。
「良いか、その場にいた兵が神だと言う。神でなくば治せぬ、鷹揚隊隊長の傷を治したと。
ならば神だ、そこに居ったのは。人ではない、そうだな」
兵たちが、一斉にその場に深く伏した。
「畏れながらご賢察の通りです、王様」
鷹揚隊の副長が頭を下げたまま、王様へとお伝えする。
「皆の者、聞いたろう。これで終いだ。神がおられたのだ。
神に守られるとは何とも幸先の良いことよ、のう」
そうおっしゃりながら王様は静かに俺たちをご覧になった。
「せっかくの戦勝の報告に水を差した。迂達赤大護軍、そして皆には誠に御苦労だった。
ゆるりと休め。良いな」
「は!」
俺を除く居並んだ全兵が、王様のお声に深く頭を垂れる。
「そしてこの件について今後一切不問と致す。判ったな」
「・・・畏まりました」
王様の御声には重臣たちも頭を下げるしかない。
「では兵は各自兵舎へ戻れ。今すぐ」
「は!」
そう言って兵らが立ち上がり、康安殿を抜けて行く。
「皆の者もわざわざ集まり、陣への部外者の立ち入りに心を砕いてもらって、礼を言う。
そなたらの愛国の忠義の篤さ、戦の状況を慮る心を嬉しく思う」
「恐れ入ります、王様」
「今後も宜しく頼むぞ」
「畏まりました」
そう頭を下げる重臣を尻目に、王様が此方をご覧になる。
「迂達赤大護軍」
「は」
「此度の戦の状況を詳しく知りたい。後ほど康安殿へ」
「は」
そうお答えすると王様は今やはっきりと判る微笑みを浮かべ、ゆっくりと頷かれた。
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きっと王様も重臣も気付いていますよね?
でも、兵たちにとっては、本当に「神」なんだから仕方ないですよね(≧∇≦)
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神医!
この物語の題名の起こりのお話でしたか。
そうですよね。
今までウンスちゃんは、天の医員とか医仙とか呼ばれてますが、誰も神医とは呼んでいません。
さらんさんのお話には、いつも納得してしまいます。
テホグンの憂いは、ひとまずおさまりましたか。前線で戦う兵士たちの結束は強いですね。
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兵たち、みんなでウンスの事をかばってくれるんですね~。そうですよね。もう、神のような存在ですもん。(女神かな?)(笑)
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さらんさん、今夜もお話を更新いただき、ありがとうございます❤
なるほど。
人でなくて、神…。神医とは(#^.^#)。
アン・ジェの言葉はここに繋がるのですね!
もしや、ヨンは自分一人が咎を受けるべく、覚悟を決めていたのでは…?
それを、自分以外の全ての仲間たちが庇い、護ってくれたのですから、冥利に尽きるというものでしょう。
しかも、誰もが「嘘」を言っているわけではないのですからねえ。
さらんさん、嬉しい展開に感謝・感謝です。
さて、テーマのタイトル「蓮華」、さらんさんはどのような意味を込めて付けたのだろうか…と考えています。
もしかしたら…という候補をいくつか思い描きつつ、続編を楽しみにさせて頂きますね。
さらんさん、コメ返はとてもとても楽しみで、頂けるとそれはそれは嬉しく、励みにも力にもなるのですが、さらんさんの睡眠時間を削らせてしまっているのでは…?と心配です。
どうぞご無理をされませんように❤
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みんな素晴らしい男の子達だよ♪
勝手な妄想で申し訳ありませんが、戦場ではウンスは聖母マリア様?的な感じをイメージしました。マリア様には皆メロメロですよね♪無事に済みますように。あっでも王様からの耳痛コメントは免れないかな!
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神医ですから
神ですから~…
まったく うるさい爺様どもね
黙ってなさい。
ぽっぽもアンジェも かっこいい~
みなさんナイスフォロ~で…
トクマン大丈夫かな?
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さらん 様
こんばんは。
皇宮で危険に晒されることなく、人の足許を救う事だけに関心を寄せる日和見主義の重臣たち。
相も変わらずのやり取りに王様ではありませんが、溜め息が出そうです(-_-)
でも、でも~~(σ≧▽≦)σ
今回は思惑通りにはいきませんのよ(^w^)
アン・ジェ隊長始め、チュンソクも副長も、みーんな漢だぞっ
その台詞に姿勢に痺れるよっ
(^-^)v
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ウンスの事だって気がついて無いのかな。
典医寺からいなくなってる事も(^^;)
なるほど~
アンジェが言っていたのはこの事だったんですね。
だから,ウンスの事を敢えて「神医」と言ったんだ。
それに兵達も嘘を言ってるつもりは無く,本当にそう思っているのかも。
でも,王様にはもう分かっていますね( ´艸`)
兎に角,皆の士気も上がった訳だし,お咎め無しで良かったです!
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あぁ~~~~良いなぁ~~
本当に良いなぁ~
人の気持ちがここまで一致団結することの
気持ちよさ・・・さらんちゃん!カッコいい!
今の日本の政治家にヨンのような人がいたら
一人では無理そうだから3人いたら・・・・
きっと日本は変わる!
今回のアンジェの面白いことって
こんなため息の出るような場面だったなんて
誰かを信じ誰かを敬い誰かを守る・・・・
ヨンがいてこそのウンス
ウンスがいてこそのヨン
あぁ~~~~嬉しいなぁ~~
ヨンが「そんなに嬉しいですか?」
コクコクと頷きながら口元を
両手で覆っていましたが
ああいう心境の私です( ´艸`)
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>まろんさん
こんにちは❤コメありがとうございます
重臣たちは、気付いているのかなー。
王様は確実に気付いていますがww
あの方の場合、やはり肚は見せませぬ故・・・( ´艸`)
久々に王様のあの苦笑いを書き、嬉しさUPでした❤
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>ポチッとなさん
こんにちは❤コメありがとうございます
そうなのですよね。まあタイトル係争など泥沼もあったので
こちらはあくまで【信義】ですが(;^_^A
【神医】であれば、医療ドラマになったのだろうか…
でもヨンの良さを堪能するには【信義】で良かった気もします❤
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>かよさん
こんにちは❤コメありがとうございます
庇っているというより、この兵たちの場合、
アン・ジェの、そして副長の言葉を、そしてウンスの技術を
全く疑っていないのかもしれません( ´艸`)
さすがオンニ、やるな~!とw
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>muuさん
こんにちは❤コメありがとうございます
もう、お花が登場した時点で皆様に推理をお願いするのが
我が家のパターンと化していますw
ただ難しいのが、まず必ず和名があり、出来れば
当時の高麗周辺で見掛けた(可能性でも)ある、
なおかつ花言葉がぴったり、というこの三つの要素。
探すとどこかの要素が欠け、断念することもアリです(ノ_-。)
今回の蓮華のタネは最終話で明かし、muuさまにもご確認いただいておりますが
今後もこのパターンは続くので、そのあたりも
お楽しみ頂ければと思います❤
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>75576535さん
こんにちは❤コメありがとうございます
マリア様とは・・・!!
そして、はい、王様からの耳イタ、というより
前向きな大岡裁きを頂き(笑)
この後も、このパラレルワールドではそう言う方向に
世界が進んで行くのかもしれません・・・❤
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>くるくるしなもんさん
こんにちは❤コメありがとうございます
トクマンに関しても、王様がこの件不問とおっしゃる限り
ヨンとしては何もする気はなく・・・
自己権限の及ぶ範囲で、どうにかしているようです(爆
此度のリク話、一番おいしかったのは
どうやらアン・ジェ隊長のようですね~~(;^_^A
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>mamachanさん
こんにちは❤コメありがとうございます
この官僚体質というのは、国が変わろうと時代が移ろうと
どうやら変わらないようです・・・爆
あるあるですね、きっと( ̄_ ̄ i)
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>すんすんさん
こんにちは❤コメありがとうございます
うーん、トクマンくんは、チュンソク隊長がいない間は
迂達赤の役目に忙殺されるので、それほどウンスを
構っている暇はないのでしょうね@さらん設定
ヨンが命を出して、戦地へ赴けば別ですがσ(^_^;)
汚い手でも嘘でも自陣の兵のためには使うのが上官。
まして汚い手でも嘘でもなければ、これは心理戦w
アン・ジェ、結構遣り手です(;^_^A
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>victoryさん
こんにちは❤コメありがとうございます
ありましたねー、買い物に行きましょうシーンw
おお、そう言えば我が家ではまだ買い物にも行かせておりません・・・
本編二次で、何れと思いつつw
しかしそれにしても、こういう同僚、欲しいですw
いや、いたら振り回されるのか・・・(;^_^A
なるほどそうきました~(^_^)。
大団円かな?