2014-15 リクエスト | 龍の咆哮・8

 

 

「これは提案ではないです、王様。医者は患者の生存に対して、最も有効な術式を取る義務があります。
私が必要と判断しました。全責任は私が負います」

部屋の中に静かに響く低い声。
王様は固く御目を閉じ、そして大きく開き、目前のあなたを正面から見据えておっしゃった。

「医仙、信じよう。必ず助けてくれ」

王様の横、正面のあなたを見据え心を決める。
心配するな、この後何があろうと、俺が護る。

 

部屋に戻り、媽媽の浅い呼吸を聞きながらキム先生を見る。キム先生が頷き返す。
「天竺にて経験があります。信じて下さい」

信じる、全てを信じて、メスを握る。
この手を、この技術を、今出来る全てを、側にいる全ての人を。

 

******

 

「医仙!!!」
テマンがそう叫んで飛び込んでくる。
「チェ尚宮様が来いと!!!」
私は無言で立ち上がる。棚に用意していた荷物を掴み
「あの人に知らせて」

駆けだしながらテマンに告げる。テマンは頷くと部屋から飛び出す。
護産の薬員、医員たちが横に付いてくる。
振り向く余裕も、言葉を交わす時間もない。

助産婦たちは先週から、坤成殿の媽媽のお部屋に24時間、三交代で詰めている。
皆で行ったカンファレンスは十分だった、そう信じる。
走る皇庭の上、空には大きな丸い月が浮かんでる。
見上げるゆとりはないけど、おかげで足元は明るい。

始まった。妊娠39週3日。

「医仙、媽媽が」
坤成殿へと駆けつけると青い顔をした叔母様が、油灯の燈る回廊、媽媽のお部屋の前に立ってうろうろと落ち着きなく歩きまわっていた。
駆け寄る私たちに目を止め、走って近寄ると私の腕を握る。
「大丈夫ですよ、任せて下さい」
私は無理に笑うと、頷いてその腕をポンポンと静かに叩く。
叔母様は頷くと私の腕を離し
「媽媽、失礼いたします」
お部屋の中へそう声を掛ける。返事は返らない。叔母様は黙って戸を開く。

助産師に囲まれた寝台で、媽媽は横になって浅い息をしている。
「いつ頃から?」
「医仙に教えて頂いた間隔になって、半刻程です」
本格的な陣痛が始まって1時間。ここから12時間以内に出産を終えて頂く。
私は助産師の皆に頷いた。そして
「媽媽」
声を掛けると、媽媽がうっすら目を開く。
「・・・・・・医仙」

私は媽媽が伸ばす手を握った。
「あらら、苦しいですよ、そんなに早く息をしたら。一緒に練習した通り、大きく吸ってみて下さい」
呼吸法のガイドに、媽媽は思い出したように従う。
「吐いて~そう、上手ですよ」
吐く息を確認しながら、医員へ目を投げる。
「三陰交と合谷に鍼を」

医員が頷き、鍼を取り出す。次に周囲の薬員を見渡す。
「私の道具は」
「典医寺にて煮沸したものを準備済みです」
「わかった。お湯は?」
「既に煮始めています」
「麻佛散、抗生物質、クスノキ、キナ、蛇木、麦角」
「準備済みです」

一度媽媽の手を強く握り、そして放して。
胸元から髪紐を取り出しながら後ろ手に髪をまとめて縛る。
ぎゅっと縛って、息を吐いて頷いて。

「時間を計って」
「はい」
頷く薬員の声を聞き、緊張でがちがちに固まった肩を回して首をグルンと回して。
最後にもう一度、部屋中の皆の顔をゆっくり見回して。
「大丈夫、私たちならできる」

皆がこっちを見て頷く。信じる。だから信じて。

 

脈を取る。早さも大丈夫。しっかり打って、締まってる。
浮いてる感じも、沈んでもいない。

始まって9時間。
月の下を駆けてきたけど、もう窓の外は白くなってきている。
陣痛の間隔も狭まってきている。
助産師が媽媽の御布団の下で内診をする。そして私に向け、指で開口幅を伝える。
そろそろ極期なのに3cmから開かない。
「柔らかさは?」
その声に、助産師が首を振る。

「媽媽」
陣痛の間にそっと声を掛ける。媽媽は一生懸命呼吸をしながら、その声に目を開ける。
「・・・はい」
「王様にもお部屋に入って頂きましょうか。王様が手を握ったら、もっと安心できますか?」

額の汗を手拭いで拭きながら訊くと、媽媽は小さく、でもしっかりと首を振る。
「分かりました。少しお水を飲みましょうか」
「いえ」
そう言って、私の手をぎゅっと握る。
「横向きの方が楽じゃないですか?」
黙って頷く媽媽に、周囲の助産師たちへと目を向けて
「態勢を変えましょ、横向きに」
皆が一斉に頷き、介助に入る。
「媽媽、体は自由に動かしていいんですよ。ずっと上向きだと押されるみたいで苦しいでしょう」

その声に目を閉じた媽媽は頷いて深く息を吸い、そして吐く。
「背骨と腰、三陰交のマッサージを続けてね」
私の声に、助産師、医員と薬員の皆が頷く。
「媽媽、少しだけ王様とお話してきていいですか?」
頷くと、媽媽は目を開けた。
「・・・医仙」
「はい」
「王様に、妾は無事と。必ず、御子を守ると」
「お伝えしますね。すぐ戻ります」
そう言ってそっと手を離して、私はお部屋を出た。

私が部屋を出た途端、目の前の王様ががたんと音を立てて椅子から立ち上がる。
その横に立つあなたが、私に目を当てる。
そしてチュンソク隊長を挟んで逆側に立つキム先生が、私に向かって目で問いかける。
「外へお願いできますか」
私が王様へ頭を下げると、王様は頷いて真っ先に扉へ向かった。
その後にあなたとチュンソク隊長、そしてキム先生と私が続く。

 

「腹を」
私の言葉に、あなたが呆然とした声で繰り返す。
「腹を」
繰り返すあなたじゃなく、私は王様に向かって頷いた。

「汗の出方、痛む場所からすると、本来なら今の三倍ほど開いていないといけない御子様の出口がまだ開きません。
このままでは媽媽のお体が心配です。もしも必要であれば、お腹を切って御子様を娩出・・・取り出します。
許して頂けますか、王様」

王様が、目を見開いて私を眺める。
「王妃の、腹を」
「はい」
私はその目を見返して、はっきり頷く。
「それは・・・それは、安全なのですか、医仙」
「安全とは、言い切れません」

私の一言に空気が凍る。でもそうとしか言えない。
「チャン先生が残してくれた抗生物質があります。感染症はそれで防げるかと思います。
麻酔・・・麻佛散も用意があります。止血剤、痛み止め、気付け薬も全て準備はあります。
今お話しなければいけないのは、まず今後この手術が原因で媽媽が次の御子様を産みにくくなるかもしれない事。
そして手術時の大量出血です」

そう、輸血はできない。たとえ止血剤があっても、どの程度の出血になるか予想はできない。
そして状況によっては縦切開になる。その時は次回の妊娠時、子宮破裂を起こさないとも限らない。
リスクを説明せず、帝王切開をするわけには行かない。
でも子宮口が開かず、もう10時間近い。
本格的な陣痛が始まってから12時間程度で出産するのが初産婦の理想だけど、今はもうそれが叶う状況じゃない。
これ以上は媽媽の体力も、御子様の体力も落ちて行く一方。
一刻も早い決断が必要だと、ご相談に踏み切った。
媽媽も御子様もどちらも絶対、亡くすわけには行かない。

「ウンス殿」
キム先生の声に、私は目を上げる。
「なに?」
「いったん替わります。王様とお話しください」
「・・・分かった、よろしくね。開口部の広さの確認、それから媽媽の痛みのある場所の確認と、脈診をお願いします」
キム先生は頷いて王様へ頭を下げ、静かに室内に戻った。
その背を見詰める王様に、私は説得を続ける。

「王様、今はまだ考えられます。ただ、お願いです。時間が経つほど、媽媽と御子様の体力が」
私の声に王様は視点の合わない目で首を振る。
「次、の、次の子など今考えられぬ、それでも、王妃が」
そう言って、お顔を上げる。
「王妃に僅かでも危険の及ぶ医術を、施す訳にはゆかぬ」
「王様」
「医仙、他の方法を、考えてほしい」

そう言って首を振り続ける王様に、私は溜息をつき頷いた。
「分かりました。まずは他の方法で、手を尽くします」

 

 

 

 

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