2014-15 リクエスト | 香雪蘭・8

 

 

「そんなことが」

ハナ殿の掻い摘んだ話に顔が赤らむ。
「この話をお耳に入れた事、姫様には内緒にして下さいますか」
「勿論です」
即座に頷き返す。とても言えることではない。複雑な思いに眉根が寄った。

俺にとって四年前の出来事は、記憶の端にすら残らん単なる擦れ違いだった。
大護軍にとっては、今後王様の政敵になるやも知れぬ方の娘姫様との対面だった。
だが尼になると言い募った幼い姫様には、その後四年も想い続けて下さるほどの出逢いだったのか。

目の高さが異なれば、見える景色が変わる。
此度はキョンヒ様の目線に立たねばならん。
またしても俺の得意技かと、息を吐く。

大護軍が隊長時代に散々鍛錬されてきた。
無口な寝太郎の隊長の補佐のため、どうにか読まねばと、無言の肚の裡を探り探りここまでやって来た。
しかし同じ武人であり同じ男である大護軍と、俺よりはるかに若い女人であるキョンヒ様とで、同じ具合に事が進むとは思えん。

最後と決めた対面が始まる前から重い気持ちで、俺はハナ殿に従い、春の庭を再びゆっくり歩き始めた。

「副隊長!」

キョンヒ様は殿の庭先に立ち、遠くから寄るハナ殿と俺に向けて高い声で呼びかけた。

「副隊長だ!!」

小さい沓が駆けだす。 俺たちは足を速め、その姫様へと寄る。
真っ直ぐこちらへ駆け寄ろうとした絹沓が庭の玉砂利に取られ、その体ごとぐらりと揺れる。

俺は慌てて手を伸ばし、その肘をどうにかお支えする。
キョンヒ様はそこからこの顔を眩し気に見上げ、
「また助けてもらった」
そう言って頬を紅くし、心から嬉し気ににこりと笑う。

ハナ殿に言われたからなのだろう。
その瞳が何かしら、特別な想いを秘めておられると思うのは。
気付けなかった。気付かなかった。しかしハナ殿が俺に嘘を吐く理由は全くない。

であれば、取るべき道は一つだ。

「キョンヒ様」

俺は肘からそっと手を離す。そしてキョンヒ様が真っ直ぐお立ちになるのを待つ。

「何だ、チュンソク」
「此度は、本当にありがとうございました」
そう言って深く首を垂れる。
ハナ殿が俺達のどちらにともなく深く頭を下げ、殿内へと姿を消す。

「どうしたのだ、急に改まって」
ハナ殿の姿が消えたことにも気づかぬ様子で、戸惑ったようなキョンヒ様の声が掛けられる。
「これからだって、もっともっと覚えるぞ。チュンソクの役に立ちたいのだから」
「いえ」

俺はそのお声に顔を上げた。そして丸い目を見つめる。

「お会いするのは、これで最後です」
「え?」
キョンヒ様の目がなお丸くなる。
「何故だ」
「役目が終わりました故」
「役目が終わっても、逢えるだろう」
「お会いする理由がありません」
「妾が待っているのだから」
「お待ち、下さいますな」

挫けそうな心に鞭を打ち、しっかりと、はっきりとお伝えする。

「え」
「お待ち頂くのは、困ります」
「チュンソク」
「何とぞお分かりください」

キョンヒ様が首を振る。まるで初めて風に吹かれる花のように。

「忘れないと、言ったな」
「はい」
「逢いに来ると、約束したな」
「はい」
「昨日は、妾は役立ったと言ってくれた」
「はい」
「覚えるから、待っていてと頼んだろう」
「はい」
「だから、待っていて」
「いけません」
「チュンソク」

その声に俺は目を閉じ、一気に告げる。

「翁主様の姫君です。気軽に武人と会うような御身分ではない。
自分よりはるかにお若い。自分の妹よりもずっとお若いのです。
下らぬ事など覚えて、時間を無駄にされませんよう」

目を開けると、もう一度最後にそれを合わせる。

「約束通り会いに参りました。そしてこの後、お会いする理由がありません」
「姫だから」
「はい」
「若いから」
「はい」
「それでは、妾が嫌いなわけではないな?そうだな?」
「申し訳ありませんが」

伝えろ。今、伝えておかねばならん。

「共に歩む女人として、考えられません」

目の前の白い頬から、桃色の唇から、全ての色が消え失せる。
まるで土砂降りの前の空のように、全て灰色の影に覆われる。

「嫌いなわけではないな?」
縋るような瞳で繰り返すキョンヒ様の声に
「お分かりください」
俺は告げた。
「嫌いなわけではないな?」
その言葉に息を吸って肚に力を籠め、俺は最後に言い放つ。

「嫌いです」

釣り合う御身分の方と、年齢の方と、幸せになって頂きたい。
四年もお気持ちを知らずに忘れていた、愚かな俺とではなく。
もう下りられぬ木に登り、俺を待たないで下さい。
その明るい声で、俺を呼んだりなさらないで下さい。
転ばぬように、落ちぬようにくれぐれも気をつけて下さい。
駆けつける事も答える事も、受け止めることも出来ません。

全て胸に閉じ込めて、最後に深く頭を下げ、踵を返した。
同時に屋敷の殿の中から、姫様に駆けよるハナ殿の姿が視界の隅にちらりと過った。

「チュンソク!!!」
あの小さな絹の沓で、こちらへ駆けてこようとしている。
その下で踏みしめる玉砂利が、騒々しい音を立てている。

「チュンソク!!!」
その高い声が、息遣いが、背中で遠くなっていく。

ハナ殿がおられる。キョンヒ様は大丈夫だ。
この足を止めず、来た庭の道を辿る。
立派なその庭の白と黒の景色を見るともなく眺めつつ、入って来た屋敷の正門へ重い足を引き摺っていく。

 

 

 

 

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18 件のコメント

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    あ~あ…
    まぁねぇ、立場上仕方ないとは言え…
    キョンヒ姫様。 ショック☆
    じゃのう。
    ここまで、ハッキリ言う!?
    さぁ、どうなって行くんでしょうね?
    ここから先が
    楽しみな展開になってきましたね?←淀川先生風に(笑)
    サイナラ、サイナラ~♪

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    さらん 様
    こんにちは。
    やっぱり、お気楽恋愛模様だけでは終わらないさらんワールドo(^▽^)o
    短めにお話を纏めるのかな・・・
    と、思っていたので、まだまだ続きそうな展開に心の中でガッツポーズ(^_^)v
    そう。
    我らがチュンソクがそんなに簡単に恋に落ちたりしませんよね。
    まして、王様を御護りする迂達赤隊長。
    キョンヒ姫と縁を結ぶことは、あり得ないこと・・・
    の筆頭になるのかしらヽ(*'0'*)ツ
    ある意味チェ・ヨンとウンスの二人よりも、障害も妨害も多そうです。
    どうぞ、更新はゆっくりで構いませんから、さらん様のお身体を先ずは第一に(^-^)/

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    こんにちは
    いつも楽しませていただいています。
    なぜかチュンソクがせつなくて
    涙ぽろり
    どうしてなのか 私だけかな?
    やっぱり なみだぽろり です。

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    チュンソクが逢いに来てくれたと嬉しく思ったのに,これが最後と言われ・・・
    普段のチュンソクなら言いそうもない「嫌いです」という言葉。
    諦めて欲しいから・・・優しさですよね。
    姫様は自分を遠ざける為の言葉と思ったのではないかな。
    自分の身分がその原因だと。
    この後,ウンスが登場するんですね。相談するのかしら。
    どう対処して行くのか楽しみです♪

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    キョンヒ様の初恋。 ですね
    甘酸っぱい 切ない 恋ですね
    キュン としちゃいました。
    キョンヒ様の 恋は どうなるのかな?
    たのしみです。

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    さらん様
    週末ムチャクチャ忙しくて、ゆっくり読めず今日一気読みしてしまいました!
    だんだん切なくなってきて、、キョンヒ姫、がんばれ!チュンソク、、心を開いてくださ~い!
    ハッピーエンドとはわかっているのに、さらん様の文章にはいつもドキドキハラハラさせられます。心をつかまれる感じで。ぎゅ~っと。
    話は変わりますが、すみません!さらんさん宛にメッセージを送ってしまいました。コメント欄に残すつもりが私がこのサイトのシステムを理解していなかったのが災いして、メッセージを送った形になっています。ご確認いただければうれしいです。
    続き楽しみに待ってます

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    相手を思うからこそ、これは言わざるを得なかったようです。
    顔で笑って心で泣いて?あれ、違う?σ(^_^;)

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    これは、どっちが辛いかなと思います。
    言われた方と言った方と。
    よく振る方と振られる方、どっちが辛いか、
    みたいなことを言ったりしますが・・・
    うーん、です(ノ_-。)

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    >パイナップルセージさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    これは、チュンソクは本当に、断らなければならんと思ったのでしょうね・・・
    何故かハナがフォローしたりしますがw
    この二人もある意味ツーカーというか、
    良いコンビになりそうな気がします( ´艸`)

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    >victoryさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    あははは、確かに。
    でももう、副隊長でも隊長でも良いから、まずは素直になってー!と
    思わず応援してしまう書き手なのでした・・・σ(^_^;)
    頑固にもほどがありますよ副隊長、あ、隊長!

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    >mamachanさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    最初はヨンが説教垂れるか、とも思ったのですが、
    どうやら静観の構えらしく、動きゃしません(爆
    少しは働け‼と思ったりもしますが(-"-;A
    もう少し続きそうです。何しろオンニが余計な事ばかりします、今回は(も?)

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    >さだはるさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いえいえ、私も書いていてチュンソク・・・と
    何だかポロリときます。
    まあ、ああいう漢なので仕方ないのですが。
    もう暫しお付き合い頂けると嬉しいです(*v.v)。

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    >すんすんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いやあ、今回後半は、オンニ大活躍、かもしれませんw
    何しろ肝心のヨンが、どーにもこーにも私の中で
    動いてくれないという、非常事態発生中なのでw
    任せたぞウンス!な感じです(T▽T;)

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    >usausamiruruさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    恋も大切ですが、ハンガーストライキは・・・
    やりすぎですよ、キョンヒ様( ̄_ ̄ i)
    まあ反抗心とかではなく、余りの衝撃の大きさゆえなのでしょうが・・・
    そんな感じで今暫し、お付き合い頂けると嬉しいです❤

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    >せーらさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    それがですね、メッセージが届いていないのですよ、せーらさま・・・
    どこかでに迷子になってしまったとか?(え)
    届いたら確認させて頂きますね❤
    そしてお話はここから後半戦、どうなりますか( ´艸`)
    暫しお付き合い頂ければ嬉しいです❤

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