2014-15 リクエスト | 龍の咆哮・4

 

 

「大護軍、どうしますか」
典医寺から駆けつける康安殿への道すがら。
回廊で斜め後ろにつくチュンソクが問いかける。
「どうもこうもあるか。
王様がご存じないことを先に知ったとお伝えする訳にはいかん」
足を止めず振り向かず、ただ声のみで返す。

「分かりました・・しかし医仙も無茶な事を」
「今に始まったことではない」
「大護軍にも、何もお話はなかったのですか」
「全くな」
回廊を歩きながら溜息を吐くと、チュンソクが
「・・・はあ」
と、何とも間の抜けた返答をする。

「何だ」
「いえ・・・医仙のことなので、大護軍にはご相談があったかと」
「あの方は秘密と決めれば、まず俺に隠す。
王様へ筒抜けになるのが判っているからな」
「成程。しかし此度は何も起きなかったから良いものの」
「ああ」

チュンソクの言う通りだ。典医寺で聞いた時は肝が冷えた。
前回のようなことが起これば、ご懐妊をあの方しか知らなかったと露呈すれば、どんな責を負うか全く判っていない。
其処から改めてお伝えせねばならんのか。そう案じ息を吐く。

康安殿、王様の御部屋の扉前。斜め後ろにチュンソクを従えたまま
「王様、迂達赤大護軍チェ・ヨン、迂達赤隊長ぺ・チュンソク参りました」
中へ向けて僅かに声を張る。
「入りなさい」
その声と共に、扉は内から開かれる。
御部屋へと踏み込むとだいぶ顔色の良くなられた王様が、執務机から腰を上げられるところだった。

「御加減は」
尋ねるこちらに微笑んで頷くと
「問題ない、心配かけたな」
御声に頷いて、俺は頭を下げた。
チュンソクは俺の横を回り王様の横、窓側で警備姿勢を取って控える。
「しかし来て早々済まぬが、大護軍」
「は」
「今より、坤成殿へと向かう故」
その嬉し気なお声に、やはりかと頷く。
「は」
「火急の用向きでなくば、日を改めてもらえぬか」
「畏まりました」

王様は執務机の前から階を降り此方に寄りながら、小さな声で囁いた。
「寡人が気づいておらぬと、思っておるか」
「・・・・・・王様」
「そなたにも判ろう」

この方は本当に御人が悪い。俺は頭を下げたまま息を吐いた。
全く今日は、溜息しか出ぬ日だ。
そんな様子に斟酌するでもなく、王様は静かに御声を続ける。

「横にいる大切な方の体のことだ。触れればすぐに判る。ましてや共に過ごせばな」
そして少し声を戻され
「何故黙っていたかも分かる」
そうおっしゃり、少しだけ悲し気に笑まれる。
「先の寒症は、神仏の加護やもしれぬ。おかげで問わずに済んだ」
そうおっしゃり、僅かに唇を歪めた王様は
「逢えなくば問いようもない。王妃がまだ言いたくない事を」
独り言のよう呟くと、そのまま扉へと御足を進める。

その横にチュンソクが従う。
己も歩を進め、御部屋を出る王様の背へ付いた。
御部屋を出る最後、王様は肩越しに此方へ振り向き
「さて、では参る。どのような話になるかのう」

目の前の扉へと顔を戻され、控える内官がそれを開くのを静かに見ながら
「判っておっても、伏されるのは寂しいものだ」
と、後姿でおっしゃった。
その御声に俺は無言で、背後から頭を下げた。

王妃媽媽の御気持ちは判る。しかし王様の御心も痛い程。
時間を経て再び巡った慶事、国の一大事。
盤石の礎を築くためには、一つの置石のずれも許されん。
だが動くのは人間だ。心がある。それこそが一番大切だ。

開いた扉よりお出になる王様の背を守りながら願う。
慶事を前に、まずは御二人の心が一つになるように。
二百と十日の、最初の一歩として。

 

******

 

坤成殿へと渡ると王妃の居室の前、控えたチェ尚宮が深く首を垂れる。
「王様、御加減は如何ですか」
「もう良い。王妃の具合は如何か」
「お健やかであらせられます」
「・・・そうか」

チェ尚宮は、寡人を穏やかに見遣ると
「王様、少々お窶れになられました。きちんと召し上がっていらっしゃいましたか」
そう尋ね、また静かに目線を下げる。
「・・・ああ、いや、寒症が治まるまではなかなか」
「水刺房より報告が届いておりました。御膳がお進みにならぬと。すぐに茶菓床を用意致します」
「いやチェ尚宮、それは後で良い。暫し人払いをせよ」

チェ尚宮はゆっくり姿勢を正すと、作法通り目は合わせずに下を向けたまま
「それゆえ先にご用意致します。その後御二人きりで心行くまでお話頂ければと、王様。
今は媽媽にも王様にも、お召し上がり頂きたく」
それだけ申して、また深く頭を垂れた。
そうか、と息をつき
「では急ぎ届けさせよ」
王様の告げる御声に、チェ尚宮は控える武閣氏に微かに頷く。
指図を受けた武閣氏が走り去るや、静かに戸に手をかけ
「媽媽、王様がお越しです」
そう告げて、そっと開いた。

 

あの人は、部屋の窓を背にこちらを振り返った。
「王様」
静かに頭を下げ、ゆったりとした足取りでこちらへ歩み寄る。

十日ほど逢わなかっただけだ。それでもこれ程に懐かしく愛おしい。
幾度でも思うのだ。寡人は何と幸せな男か。そなたを娶れたその事こそが。
「王妃」
「御加減は。何処かお辛くはないでしょうか」
「ああ、いや、そなたこそ休みなさい。立ったままでは」
「王様・・・?」
静かにその声の語尾が上がる。寡人の言葉が不可思議なのだろう。

柔らかい手を握り、奥の間へと連れて行く。
設えた寝台に腰を下ろさせ、そっと肩を倒す。
「・・・王様」
寝台に横たわったまま、王妃がその目で寡人を見上げる。
問いかける視線に頷くと、王妃はその白い頬だけでなく耳も、首まで真赤に染め上げて大きく目を開く。

「申し訳ございません。ここまで長く内密にするつもりでは」
「判っておる」
「王様」
何を泣かれる。
これ程の慶事を一度ならず二度までもこの身に、この国に授けてくれたというのに。
詫びるべきは寡人であろう。言い出せぬほど辛い想いをさせて。
「王妃」
横たわる寝台のその身の横、腰を掛け腕にそっと手を掛ける。
此度こそは是が非でも、この腕に抱かせてやりたい。
だからこそ成さねばならぬ事は多い。皆を忙しく立ち働かせることになろう。

男とは全く無力なものよと、苦く息を吐く。
どれ程守ってやりたくとも、替わって腹に抱くわけには行かぬ。

「して、体は」
「何でもございませぬ。医仙もあと十と四日ほど経てば、その後は余程の何か起こらぬ限り、産み月までお育ちになろうと」
「判った、まずは体を労わることだ。他の事は何も考えず。宜しいか」

はいと頷いたあなたの手を、改めて握る。
暖かく、柔らかいその手。
「必ず、この手に抱かせてやるゆえ」
寒症を得る前に会うた時、握ったその手の熱さに驚いた。
医仙がついておる、侍医からもチェ尚宮からも大護軍からもそなたの体への異常は何も報告されぬ。
そう思うても、心が波立った。その手の熱さに覚えがあった。
だからこそ恐ろしく、言い出せなかったのかもしれぬ。ここまで来ても寡人は憶病なままだ。

あの時、あのような策に嵌った己のせいでそなたが攫われたこと、皇宮より姿を消したこと。
そして戻ってきた時の姿を思い出せば、今でも心は重くなる。
大護軍も医仙もおらなんだ、あの時には。
今、再び戻っているのだから問題はない。
そなたの体は医仙が、身の安全は武閣氏と大護軍が守る。そう思ってもその重みは去っては行かぬ。

己は何をするつもりなのだと、叱咤する声がある。
この寝台でこちらに背を向け声を殺して泣いた、その姿を忘れられぬ。
何も出来ず、後ろより震える肩を抱き締めた、その痛みは忘れられぬ。
泣かせぬために己は何ができると、問う声がする。

「王様」
寡人を見上げ、ただその大きな瞳に涙を浮かべるそなたを悲しませることなど、二度とできぬ。
無理に笑いを浮かべ、頷くことしか。
「そんなに泣いたら、体に毒であろう」
そう言って、その手を握ることしか。
「此度こそ、必ずや」
その柔らかい手が、あなたの腹に回る。
そこをそっと撫で、優しい目で眺める。
「無事に、生まれておいで」

呟くそなたの、その小さな祈りを叶えてやりたい。
そう決意することしかできぬ、この臆病な己には。

叫び出しそうな嬉しさと、胸を裂くような不安と。
その迸りそうな声を押さえつけ、大きく息を吐く。
無事に生まれ出でよ、父がそなたにこの世を見せてやる。
何れ必ずやそなたが治める、この世の全てを見せてやる。
その眼で見定め、その心で治め、その手で守るこの国を。
そして教えてやろう、そなたをどれ程に待ち望んだかを。
後を継ぐ者だからではなく、そなたの母を心より慕った。
それゆえにその想いの結晶であるそなたを待ち望んだと。

「あとどれ程で、吾子に会えるのだ」
「まだしばらくは時間が」
ようやく涙ぐみながら笑んだ、この方との子である故に。
「医仙が後ほど、暦をお渡しすると」
「暦とな」
「はい」
「それは楽しみだ。では待とう」

王様、媽媽と、扉向こうより顰めた声がする。
茶菓床が届きましたと、チェ尚宮が呼びかける。
「心配をかける訳にも行かぬ。薬だと思い、食べるが良い」
寝台の横から腰を上げた寡人を、じっと見つめるそなたの目。
そっと頷くその笑顔を守るためなら、何でもしよう。

「入れ」

そう告げた声に、扉は外から開かれた。

 

 

 

 

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