信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・14(終)

 

 

事を動かす。

準備を整えながら、胸内でそう呟く。

たった一人の臣を迎え、事を動かす。
己一人では、決して成せぬ事を。
どうなっていくかは、誰にも分からぬ。
それでも、挑まねばならぬ。

己一人では成せぬ。
この声の届く、心を通わせるものが必要だ。
これから余が進んで行くその道を、共に歩んでくれる者が。

勅書に玉璽の赤い印を力強く押しながら、進んで行くその道を頭に描く。
そして余が共に進む、横のその人の顔を。

 

「王様がお越しです」
チェ尚宮の声に鏡の前で顔を上げる。
既に上げ髪を解き、簪も笄も抜き、寝支度が整うほどの刻だと申すに。

このような遅い時間に、何ゆえに。
何が起こったと申すか、あの方に。

私室の入り口までお迎えに出る。
王様は内官と共にゆっくりと室内に入っていらっしゃるところだった。

このような寝着姿でお迎えするのは失礼と先に気づくべきであるのに。
思わぬ処でお顔を拝見できた、思うたよりお元気そうなご様子の嬉しさに、無遠慮に視線を上げたままだった。
目が合うてより気付き、慌てて下げる。

目が合った瞬間、慌てて目を下げる王妃。
無遠慮だったかもしれぬ。
もう既に髪を下ろし寝支度を整えている。
このような姿を見られるのは厭わしかろう。

それでも下ろし髪のその姿に、心のどこかが柔らかくなるようで。

「夜更けに済まぬ」
そう、遅い時間の訪問への詫びを告げる。

「頼みがある」

そうかかった、信じられぬ王様のその御声。
妾はゆっくりと目を上げる。

「寡人は、意地を見せたいと思う。
欲しい者を手に入れる為に、意地を見せたいと思う。
それには王妃、そなたの支えが必要だ。
助けてくれるか」

そう穏やかに掛けられる御声が今日は全て、真っ直ぐに届く。
真っ直ぐに、心に入って来る。

妾が断ると、思っていらっしゃるのだろうか。
その妾の無遠慮な視線を避けるよう、王様が目を下げられる。
そうではないのに。

そう思うた時目の前の視線はもう一度上がり、この目を見つめ返した。

「王妃には寡人が憎く、情けない姿と笑おうが。
寡人もこれより、正面突破を試みる決意だ。
力になってくれるか」

否とも応ともお答えできず、ただその目を見つめる。
妾には、何ができるであろう。
この孤独な、傷ついた方が求めるその何に、この力を求められておられるのか。

王様はその目線を、横の内官が捧げ持つ塗箱へと移される。
脇に控えたチェ尚宮が、箱の中を確認する。

中から出て来たのは、鮮やかな色合いの装束。
翡翠の色の上着と、赤い裳のようだ。
わざわざ夜に、高麗の装束をお持ちになる頼み。
そう慮り、塗箱の中の装束にもう一度ゆっくりと目を当てた瞬間。

王様の求める意味に気付き、軽く息を呑む。
王様は無言のまま、こちらを見ていらっしゃる。

この刺繍を施した正装束の意味。
この装束を妾と共に、王様が召される。
それこそが、王様の正面突破。
そこに入っていた衣裳には高麗王妃の印。
絢爛たる銀糸の龍の姿が縫取られている。

魯国大長公主、元の父上の娘である妾がこの高麗王室、王妃の印を身に纏うこと。
王様が、妾に求めていらっしゃること。

時を変える。
それこそが、王様が妾に求める願い。
事を動かす。
それこそが、王様が求める正面突破。

 

大層な大事のようだ。
急な呼び出しとは、相変わらず生意気な新王。
殿上し、宣任殿の中を入り口より睨む。

しかし少なくとも手に入れた物を披露目することだけは、忘れてはならん。

横に立つ医仙を連れ、重臣が居並ぶ宣任殿の中を、設えられた席まで進む。

見るが良い、あの新王との賭けに勝ちようやく手に入れた、この新しい宝。
重臣たちの囁き声、医仙を手に入れた己の功績を認め讃えるそのざわめき。
暫くは、飽きずに遊べそうではないか。

重臣が揃って深々と頭を垂れる中、医仙を席へと座らせ己が次に席へつく。

「王様のお成りです」

その声に、宣任殿の全員が立ちあがり、龍袍を纏った王を迎える。

宣任殿に踏み入り、礼儀程度に首を下げた重臣らの間を抜け、玉座への階を上がる。
玉座を背に階上より、殿内の重臣へと向き直る。

敵ばかりだ。
余の周りを取り囲むは言葉も通じず、心も見えぬ敵ばかりだ。

しかし、果たしてそうか。 真に敵ばかりであるか。

これより一人きりの最高の臣と、そして一人きりの最大の助けがここへ参るのではないか。

必ず来る。寡人は信ずる。

何だ。
階より上がり、玉座でこちらを眺める生意気な新王の気配に、それを眇め見る。

医仙を手に入れたこちらを気にする様子もなく、ただ真直ぐ殿内を見渡す目。
新王、何を企んでおる。

「掛けよ」

かかった声に、全員が着席する。

「これより重臣らにいくつか申し伝える事がある。
目で見て、耳で聞き、管轄地に戻れば 己の管理する民に一言一句違わず伝えよ。
まず一つ」

王が言ったところで、控えた内官が王の纏う宝玉帯を解き、龍袍に手を掛けた。

殿内中の目が唖然と見詰める視線の先で、新王は龍袍を脱ぎ、黄龍袍を纏い直す。

高麗王室の印である、四本爪の金龍が縫取られたその黒絹の袞竜。
最後に翼善冠を戴く。

纏い終ると、内官が静かに
「王妃媽媽のお成りです」

続いて殿に入る、あの元の姫の纏う高麗の正装束。
銀龍の縫取られたそれに、どよめきが大きくなる。

高麗で百年よりも長く引き継がれてきた胡服辮髪の令が、今ここで廃された。

参理チョ・イルシンが喜色満面立ち上がり、大声で告げる。
「史官は記録せよ。
本日王様、そして王妃媽媽はお揃いで胡服を脱ぎ高麗の装束を御召しになった。
王様は黄龍袍を召し、翼善冠を被られた」

全く面倒な事ばかり引き起こす。
これでは皇宮の求心力が増すではないか。
私は黙って手下である御史大夫に目をやる。
お前の一言でこの生意気な餓鬼を黙らせ、とっとと胡服に戻させろ。

その目を解した御史大夫が立ちあがり
「王様、畏れながら御史大夫、チャ・ウンが・・・」
「まだ話は終わっておらぬ!」

御史大夫が話し始めた瞬間。
王より飛んだ太い声になすすべもなく 御史大夫が席に沈み込む。
使えぬ。ああ、使えぬ。
全く笑えるほどに使えぬではないか。

王はそのまま殿中を、熱く鋭い眸で見回す。
「皆の者、続けて聞け。その二。
十年の間、余が留守にしていたわが高麗の実情を密かに調査し対策を立てた。
これまでの功労者をここで讃えたい」

最後にその目を宣任殿の入り口へと真っ直ぐに向ける。

「入るが良い」

凛と張られたその声に殿の全ての視線が入口へ向く。

入り口より伸びる回廊の先より男たちの姿が現れる。

真っ直ぐ背を伸ばし一糸乱れず、一際丈の高い鎧姿の男を先頭に。

チェ・ヨン。

その男たち、迂達赤は、宣任殿の入り口で一斉に膝をついて控える。
後ろの迂達赤が全て頭を垂れる中、先頭のチェ・ヨンが顔を上げる。
そして玉座の王に目を合わせ、その列より、すっくと立ち上がった。

 

 

 

 

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