信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・13

 

 

謀られた怒りのまま、俺は康安殿への道を進む。
役に立たぬまま、回廊に倒れる兵たちを踏み越えて。

迂達赤兵舎の様子を見にいった弟より、兵の様子は平静だと言われた瞬間、胸の怒りに火が灯った。

謀られた。全て計算ずくだった。
あの小賢しい新王、そして絶対に手に入らぬ あの稀有な男。
迂達赤チェ・ヨンが、忌々しくも徳成府院君である俺を謀り、弄んだ。

チェ・ヨンが獄を抜け、迂達赤兵舎に向かうとそう見せかけておきながら。
別の場所へ向かうとすれば、それはただ一か所。
あの生意気な新王のところ、それしかない。

ユチョンと良師を連れ、怒りに任せ康安殿へと乗り込む。
回廊にくたばったこの邪魔な奴らなどは、この後そのまま息を吹き返さねばいい。

ユチョンが大笒を振り回しながら人払いをし作る道を、良師を連れ足早に抜ける。
あの忌々しい新王、待っていろ。
康安殿の私室の入り口で室内への呼び出しを待たず、そのまま扉を開け、無言で宣任殿の中へ踏み込んだ。

逃げられてはつまらん。
現場を抑え、言い逃れのできぬよう証拠を固めてやる。
脱獄した謀反の大罪人、そしてその大罪人と密かに通じた王として、最大の辱めと極刑を与える。

それがこの徳成府院君を謀った罪の代償。

しかし立ち入ったその室内は、見事に蛻の殻だった。

ただ机に向かい書き物をする新王が、突然踏み入った俺に机の前から目を当てるばかり。
そんなはずはない。

「待っておった。府院君が禁軍を殿内に配置したと聞いたが、それはまことか。
余が力量を試したら、あのざまだ。
あれで本当に余を守れるのか。交代させよ」

何を、平然と生意気な口を。
誰に向かい物を言っている。
本来ならば即座に氷功でその息の根を止めてやりたいところだが、まだ知りたいことが残っておる。

「…承知、いたしました。
ところで 兵をあのざまにしたのは、チェ・ヨンですか」
その問いかけに、新王は目を開く。
「チェ・ヨンだと。何を申しておる、獄にいるあの者の事か。
確かそなたの弟が、 逃げられぬよう番をしておるだろう」

そう言った新王が、こちらを挑発する。
「まさか、不手際があったか」

不手際があったのは事実。故にその無礼、今は許そう。
そして受けたこの屈辱、近々万倍にし返してやる。

地下の獄への道を抜け、いる筈のないチェ・ヨンを探す。
獄にいないこと即ち脱獄だ、それだけでも認めさせねば。
その為だけに地下の獄へと辿りつき、そこに居らぬ筈のチェ・ヨンがまたしても特別性の鎖に繋がれている姿を見。

何が起きたのかを、一瞬判じ損ねる。
成程、この奇轍が来る、其処まで計算づくか。
やはり一筋縄ではいかぬ男よ。

「迂達赤チェ・ヨン」
その呼びかけに、獄中のチェ・ヨンが面を上げる。
「徳成府院君様」
「いらぬことをしおって。罠だと気付いていたろう。
全ては見込んだそなたを、手に入れるためにした事」

そうだ、そう言う事にしておこう。こ奴がここにいるならまだ手に入れることも可能なのかもしれん。

「いらぬこととは」
俺のその声に、チェ・ヨンが応じる。
「某を逆賊に仕立て、部下の武器を奪い監禁し、慶昌君媽媽に毒を渡したことでしょうか」

静かなその声の奥の目、ああ、怒っておるのう。
全く頭の固い男はこれだから困る。

「うーむ、実はどちらの王をそなたがより好いておるか、 それを知りたくてな。
おお、もう一つ良いか。そなたが、慶昌君媽媽に 毒を飲ませたのか」

そうだ、あの時郡守の屋敷で確かめたあの先王の寝間着の下、確かに火苦毒の験は現れていた。
しかしそれで死んだなら、血に塗れたあの寝間着はどうにも説明がつかないではないか。

「明日にでも汚名を雪ぎ、禁軍を任せるつもりだった。
あの女人と慶昌君媽媽を連れ脱走したおかげで、計画が台無しになってしまったぞ。
頭痛が続きそうだ。全くややこしくなった」

言っているうち、 真実、そう計画していたような気になる。

「医仙から頼まれてな、そなたを出す様にと。
だからこれ以上、事をややこしくするな」

そう伝えた以上、絶対にこの男をこの獄より表に出すことはなくなった。
稀有な男だったが仕方ない。諦めよう。

俺は地下牢を出ようと、踵を返した。

 

徳成府院君の突然の訪問は予想がついていた。
慶昌君媽媽と医仙の一件で、嫌と言うほど教えられた。

この男の執念、偏執具合。
王に対する嫉妬、権力欲、そして思い通りにならぬものへの征服欲。
目の前で、あれこれ並び立てるその戯言は良い。
しかし最後にこの男が放った一言。

「医仙から頼まれてな」

俺は眸を上げた。
慶昌君媽媽と同じ轍を踏ませるわけには行かん。
もう二度と一歩が足りず、後悔したりはしない。
あの医仙の、無事な姿を確かめたのだ。
誰を守るかは俺が決める。これからは。

獄を抜けようと牢の格子の前で踵を返す徳成府院君奇轍の背に、俺は声を掛けた。

「徳成府院君様」

こちらを振り向いた奇轍へと獄内を進む。
そして最後にその目を見たまま、俺は格子越し、奴の目前に立った。

「人は言います、私は生きていくと。
それは事実でしょうか。
某は死んでいくのです。 一日、また一日と。
そして死ぬその日まで、出来るだけ穏やかに何にも抗わず、死に行こうと思っておりました。
しかし徳成府院君様は、従順に従っていた某を何度も揺り動かしたのです。
目を覚ませ、
立ちあがれ、

生きてみろ、と」

そうだ。 徳成府院君奇轍。
お前は俺を刺し続けた。
従順に運命に従おうとしていた俺を。
ただ死に行くため、生きていた俺を。

痛みを思い出させ、生きる事を思い出させた。
その邪悪な手から、誰かを守る、その意味を。

俺は二度と忘れない。
氷の世界から、色の戻ったこの世で見つけた。
刺され続け、ようやく思い出したその意味を。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    キッチョルに、宣戦布告!
    寝た子を起こした。
    それもチェヨンくんの、もっとも痛い所を突いて。
    思わず声高になるチェヨンくん。
    うー。思わず力が、入っちゃいます!

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    キチョルは寝ている虎を思いきり起こしたようですね。
    ヨンからの宣戦布告。
    この時キチョルはシマッタと思ったのでしょうか。
    手に入れる事が出来れば最強の味方。しかしその逆は脅威でしかありませんよね。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    待ちに待った、格子越しの対決‼︎
    やっぱり良いです❤︎
    さらん様の解釈……私は疑ってもいなかったので、
    「ヘェ~そういう方向性も有りかぁ」
    と、感心しました。
    かつて赤月隊の最年少の部隊長。
    腕が立つだけでなく、才にも長ける。
    確かに自分の配下にしたかったはず。
    そう思っていたので、キチョルが、
    「余計な事を。禁軍をまかせるつもりで居たものを…。」
    そう言ったのは、本心で、ヨンを手に入れられず、苦々しい思いでいたのだとばかり…。
    それが、
    「口に出すうち、本当に計画した事の様に思えてくる。」
    この心の内を目にして、ヘェ~と、軽い雷攻に当たった気分でした。
    さらん様の解釈。最高です♪( ´▽`)

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨン、本気の怒りモード。
    やる気スイッチを入れた奇轍、後悔するが良いでしょう。
    あの格子越しの美しくも鬼気迫るあの目、素晴らしすぎます・・・(*v.v)。

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    叩き起こしては見たものの、
    まだ奇轍にしてみれば、潰せる程度としか思っていないと。
    この時点では、ですが。
    目障りだとは思っているようですが、まだまだ手下
    (御史大夫)でどうにか収まると思っているあたり
    甘いぜ奇轍‼と思いますがw

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    夢夢さま、本当の本当にごめんなさい!
    完全に私の確認ミスです。
    このコメントを頂いた直後、例の企画をUPし、
    そのまま高麗のメッセージが承認待ちに残っていて・・・
    あまりに遅すぎる公開メッセージになってしまいました・°・(ノД`)・°・
    本当に馬鹿な私・・・うう、せっかくいただいたのに!
    ということで、私もヨンの雷功、頂いて参る所存ですm(_ _ )m

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