信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・4

 

 

江華島から開京まで牽き立てられ、そのまま獄に繋がれた。

高天井の明り取りの窓、其処から今は日差しが降り注ぐ。

この光で目の利くうちに、周囲の状況を確認しておかねばならん。
何しろ入れることはあっても、入れられる事などなかったからな。

こうして見ると、景色が違うものだ。
壁は石造り、そこに篝火が一つ。それ以上見るものなどない。

俺は床に腰を下ろした。小さい鼠が一匹見える。
獄の上へ眸を上げる。天上も遥かに高い。

その更に上、空に居られるかもしれぬ、慶昌君媽媽の最後のお声が蘇る。

─── 徳成府院君が、教えてくれたのだ、どうすれば、お前を助けられるのか。
─── 奇轍が来ていたのですか。あの者のせいでこのような事になったのですか。

「あの者は それすら知らず、ヨンに飲ませよと、言った。愚かだな、下らぬ、浅知恵だ」

熱く焼け爛れた体で、最後の苦しい息を吐きながら。
この腕の中で仰った、あの小さな先王。
「それで慶昌君媽媽が、代わりに毒を」

どれほどの苦しみか。この俺の代わりに。

「苦しい・・・ヨンア・・・もう、耐えられぬ」

小刀に右手を回して抜く、鞘を擦る音。
この左手で抱き締めた、慶昌君媽媽の幼い肩。
胸に抱いた御体を刺し貫く、刀の感触。

そして媽媽の最後の息、その魂が抜けるまでじっと目を閉じ過ごした、永遠なる、短い瞬間。

─── まさか、あなたが?

「触らないで!」
飛び退って離れたあの方。
その目に浮かぶ、怯えと軽蔑の色。

「その汚れた手をどけて」
そう言われ俺はまた一人になった。

あの時も俺には血の匂いが、拭っても洗っても取れぬ匂いが、濃く、強く、漂っていただろうか。

俺は着物の袖からあの天界の薬瓶を取り出した。
髪に挿された黄色い野菊。
これだけは、この手の中に残っている。

─── 凭れていいわ。

「私が守るから、少し休んで」

守るから。死なないで。
そうだ、この薬瓶を渡し、俺の手を握り、足を剥き出しにしたあの方は、迂達赤兵舎で言っていた。

行くなと願うものは皆この手を離し、この指をすり抜け消えていく。
何一つ、誰一人として、大切なものをこの手の中、守る事が出来ぬ。

優しく髪に、挿された野菊。
あれほどあの方を笑わせた、血の匂いを和らげる黄色い花。

髪から落ち、目が離せぬままそっと取り上げ、閉じ込めた黄色い花。

取り出し、見つめ、もう一度閉じ込める。
閉じ込めてしまえば此処にある。

考えるのは面倒だ。 眠る時間はたっぷりあるだろう。
今のところは未だ。

俺はそのまま、獄の床にごろりと身を投げ出した。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    待ってました。
    本編ドラマ見て 泣いた(T_T)
    慶昌君さまのことは もちろん
    取り方は 人それぞれだけど
    ヨンのせつない顔が
    ウンスを 泣かせてしまった・・・
    って 顔に見えます。 笑った顔が見たいのに
    真逆のことをしてしまった・・・
    後悔しても・・・なんとも・・・
    ヨンが気の毒でした。
    (゚ーÅ)
     

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    何一つ、誰一人として、大切なものを この手の中、守る事が出来ぬ。 ヨンの心がまた凍りついてしまいそう、支えるのは、ウンスが渡した小菊。薬瓶の中に、自分の想いをしのばせて、今は、眠るだけ。台詞もないヨンの心情描写、いいです。UPが多いといちいちコメントしてたら、返事が大変ですよね。こちらも考えてしますね。

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    小菊に託したヨンの心。とても切ないです。
    何度も大切なものをとりこぼし、護り切れなかった自分の手。その後悔とむなしさに引き裂かれる気持ちのヨンですね。
    今唯一手元から離れることなく残ったのが、大切な小菊。ビンに閉じ込めてしまえばここにあるなんて言い方がとても寂しいです。
    ヨンの悲しみと孤独が溢れてきます。

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    牢屋の中、ウンスちゃんが渡した瓶の中に、髪から払い落とした黄菊が入っているのを見た時、涙が止まりませんでした。
    キョンチャングンさまにトドメを。そしてウンスちゃんに拒絶され。
    鎖に繋がれたまま、床に無造作に寝ころがって。(T_T)

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    どえらい速度でUP継続中、申し訳ありませぬ。
    実はこの後の企画が目白押しの為、
    かなりハイペースになっております。
    私はこの回に関しては、泣くよりはああ、転換期が来たと
    いろいろ思った記憶があります。
    王様&媽媽、ヨン&ウンス、そしてヨン&王様。
    そこをサポートする迂達赤やチャン先生。
    何よりもヨンの目覚め。
    最初はあのDrem worldに目が白黒でしたが
    そうかーと、思った記憶が鮮明にあります・・・

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いえいえ、コメは大好きなので嬉しいです。
    却ってお心づかい頂き、申し訳ございませんm(_ _ )m
    只今は、このハイペースな更新が
    チェヨンさまや皆さまの負担にならぬことを祈るばかり。
    皆さま話をご存じと言う前提で、さらん解釈が
    伝われば嬉しいなと思いながら書いております。
    ここで書く筋を基本に、我が家の信義が出来上がっているので・・・

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    この辺りはヨン、慶昌君媽媽の御声を思いだし
    ウンスも守る事ができず、迂達赤からも引き離され
    ひたすら孤独、絶望の涯かと想像しました。
    ただそこまで行ったからこそ、あの夢が、そして再生が
    起こったのかな、とも。
    さらん解釈なので、何ともですが(;´▽`A“

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    あの花は、いろいろなものの象徴だなあと、
    このお話を書いて、心から思いました。
    本当なら、それだけで短篇が一つ書けるくらい。
    そのうち、と考えてしまいます。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    牢の中、目に飛び込んで来た鼠。
    後に、ヨンの策の小道具になる。
    様々な回想…媽媽への後悔と、ウンスへの思慕と未練。
    ですが、牢の床で寝太郎を決め込んだ時、何かを吹っ切り眠りに入った様に、私は感じていました。
    決して、昔の様に投げ遣りでは無かったのだと…。
    だって、すでに、ウンスに出逢ってしまいましたから(*^_^*)
    さらん様、私も韓国語が理解出来たらと、本当に心から思います。
    草薙剛さん、尊敬します!

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    チョナンカン氏!
    すごいですね、彼も努力の方だと思います。
    本当に尊敬します。
    昨日たまたま全く別件で、YouTube検索中に
    ミノ氏始めF4(!)が、チョナンカン氏の
    番組に出ていた超荒い動画を見つけ、
    ミノ氏の幼い顔に、は~~❤とw
    最近のYouTube❤宝の宝庫で怖すぎて、
    迂闊に近寄ることも検索することも出来ませぬ。
    一度やったが最後、気づいたら3~4時間経過。
    悪魔のサイトです、あそこは(((゜д゜;)))

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