信義【三乃巻】~壱~ 迫られた選択・10

 

 

大層立派な豪邸だ。

一時の遷都で首都となった江華島。公卿貴族の豪華な屋敷が多いとは聞き及んでいたが。
これほどの屋敷を私邸として持っているならば、必ず表沙汰にはできぬ金が動いている。

いずれ調べる必要もあるかもしれん。

江華郡守の屋敷に踏み入り、先導に従って回廊を進みながら、周辺の景色をさりげなく見渡す。

退路を確保しろ。

しか俺達が踏み入ると同時に固く閉ざされるそれぞれの門を見る限り、その確保も易くはなさそうだ。

回廊の突き当たり、一旦庭へ降りる。
同時に屋敷の奥より壮年の男が一人、足早に慶昌君媽媽へと向かってくる。

「媽媽。アン・ソンオが拝謁いたします」
「ああ、アン・ソンオ、久しぶりだ」

江華郡守は、媽媽への拝謁を終え 深く頭を下げる。
次に顔を上げると、 慶昌君媽媽の肩を支えている媽媽の横の医仙に向かい声を掛ける。

「もしや、医仙さまでいらっしゃいますか」

 

突然掛けられた目の前の、明らかに自分より年上の男性の声に
「ええ、まあ・・・初めまして」
そうとしか言えないわ、頭まで深々と下げられて。

そのおじさんが、次にチェ・ヨンさんに向かい
「ではこちらが迂達赤の」
そう言ったところで私は話に飛び込んだ。

「あの、すいませんけど」

慶昌君媽媽は移動のせいで疲れ切っている。肩を支えてあげないと、今にも倒れそう。
顔色も優れず、唇の血色も悪い。

「先に慶昌君媽媽を、休ませてください。ご挨拶はあとで改めて」

私がそう言うと、そのおじさんは
「さあ」
そう言って、庭を挟んで先に延びる廊下を腕で示した。

私は慶昌君媽媽の肩を支え、ゆっくりと示された方角へまた歩き出す。

案内の末やっと通された部屋で媽媽を寝かせ、私はその横に 一緒に寝ころんだ。「どうですか?」
昼光の下で見る顔色は、良いとはいえないまでも、さっきよりは多少ましになっている。

「さっきほどは痛くない。医仙の薬はよく効きますね。
あれも、天界の物なのでしょう?」
媽媽は横になったままで言う。
「そうです、あ、そう言えば廊下の途中で、ハーブが植えられてるのを見つけました。
ハッカがあったら、鎮痛剤を作ってみます。ひんやりした湿布が作れるかも」

私が体を起こして、顔を覗き込んで 言うと
「あの呪文も効果がある」
「呪文?」
「あんた、何てぇ者?私を痛めつけて何様だい?」
そんな風に言って、最後に私を見て笑う。

慶昌君様、辛いでしょう。 痛いですよね。
きっとこんな小さい体で 、本当なら我慢できないくらい。

医者だから、診てしまえばそのステージも、痛みも想像がつくから。
たとえMRIやCTや、 血液検査の結果がなくても。
そんな数値の話じゃなく。

それでも笑う幼い慶昌君様の笑顔があるから、私も笑います。
そして、出来る限り、たくさん笑わせてあげます。

 

******

 

「罠と」

江華郡守と共に屋敷の庭を歩きながら、俺は簡潔に言いたいことのみ伝えた。

「ええ」
「王様は信じて下さると思っておるのか」
「ええ」
信じるも信じぬも。真実だ。
「ゆえに王命が下るまで待つと」
「その通りです」
「その話、確かか」

肚の探り合いだ。性には合わんが仕方ない。

「御信じ下さい。疑うならば郡守さまも最初からこんな危険は冒しますまい」
「その通り。廃位、幽閉された先王の 擁立を企む迂達赤隊長と共に歩いているのだ。 危険極まりない」
「そのうえ匿って下さる」
「そうだな」

軽く笑う江華郡守、 ここらで斬り込んでおくべきだ。

「実は某も、ご厚意を訝しく思います」
「訝しいとな」
「某の為とは考え難く。まさか本当に、慶昌君媽媽を擁立するおつもりか」

正面突破のその問いに、目の前の江華郡守はただ笑うだけだ。
狸めが。

「そうなのですか」
「そなた、チェ・ヨンと申したか」
「そうです」
「私は国の禄を食んでいる。それを子子孫孫に受け継ぐには、何が大切か」

豪邸に住みつく狸の質問返し。

「さあ、子孫の事など考えたこともなく」
こちらを向き直り笑う江華郡守の姿の向こう。
庭を歩く医仙の姿が目に入る。

紅い髪、白い着物で、緑の繁る庭を弾むように。

俺の視線に気付いた郡守も振り返る。
医仙の姿を、 いや、もしや医仙を見る俺の視線を認めたか。

「いつか機会があれば教えよう。 そなたが納得ゆくまで」

そう言って、郡守はゆったりと笑った。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    タヌキおやじ~!
    この人も結局欲の塊。
    デスノートメンバー。 クスッ
    ちょっと思うのですが
    恭愍王も危うくヨンのデスノート入りしてたかも?
    なんて想像しました。
    こんなピリピリした雰囲気のなかでも
    ウンスの姿を追ってしまうのね~( ´艸`)
    恋しちゃったんだ。
    さらんさん ごめんなさい 
    昼間 限定記事が読めなくて
    アメンバー申請してくださいになってまして
    確認したら 承認済みだし・・・
    携帯からは 見れて PCからは見れない
    不思議な状態でした。
    で、あわてて メセージ入れちゃいましたが・・・
    先ほど PCでも読めるようになりました。
    不思議?
    さわいでメセージ入れてごめんなさい
    忙しいのに m(_ _ )m
    申し訳ございませんでした。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    あの、悲惨な舞台へ近づいてしまいました。
    出来る事なら、傷つくヨンを媽媽をそしてウンスを見たくは有りません。
    ですが、この時の絶望が有ったからこそ、ヨンとウンスのその後を決定づけたとも言えると思います。
    信義の中で避けては通る訳には行きませんから。
    覚悟を決めて次話を待ちます(。-_-。)

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    キョンチャングン様の病状は、かなり悪いのですね。ウンスは医者だけど、出来ることは限られている。せめて湿布でも。ウンス、自分達がどれほどマズイ立場かわかっていません。どこかでチェヨンがいれば大丈夫と、思っているのかな。
    チェヨンくん、皇宮でもタヌキ達に関わらないように暮らしてきたのに。めんどくさいと言ってられない状況です。チェヨンもやすやす腹のなかは読ませないが、この郡守もわからない。
    しばらくはここにいるしかないか。
    チェヨンくん、思案のしどころ。
    ウンスちゃんとキョンチャングン様のこと、守ってね。 アジャp(^_^)q

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    良かった良かったです。
    なんか、不調なのかな?最近アメブロの
    システムがちょこちょこ壊れ(画像乱れとか)
    いろいろ考えているところです。
    読んで下さる皆様に迷惑かけるのは困ります・・・
    週末は、この【三乃巻】と一服処を並行しようと思うので
    読めるようになって良かった❤
    本編は好きですが、本編の気付きを活かして
    現代の二人も、少しずつUP出来たらなーと❤
    (いえ、ヨンに呼ばれただけとも・・・)
    また読んで頂ければ嬉しいです(〃∇〃)

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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなんです。辛いけれど、書かねば
    あの「行くな」が書けぬわけで。
    書かねばこの後の二人も変わる、その可能性があるわけで・・・
    Everything happen for reasonなのですね・・・(_ _。)

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    かなり進行している、というのは
    ウンスが最初に媽媽を見た時にちらっと言った
    その一言しかないのですが・・・
    チェ・ヨン、既に策士の片鱗あり。
    副隊長がいれば丸投げですが、いないですからねσ(^_^;)
    こんな時は、チュンソクのありがたみを感じてほしいものです。

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    ヨンの頭の中はふたりを護る事、その策を巡らしながら狸オヤジの心理を覗く。そんなフル稼働のヨンの一服はウンスの姿何ですね。傍にいれば自然と見ずにはいられない。
    ヨンは慶昌君を心から心配しているけれど、実のところ、一番心を痛めているのはウンスなのかなと思えます。
    「医者だから、診てしまえば そのステージも、痛みも想像がつくから。」
    分かるからこそ、心が痛い。頑張っているから、自分が落ち込むわけにいかない。そんな風に医者である自分を律っして奮い立たせるウンスの気持ちは、誰にも理解される事はない。切ないですね。

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    これをわかってくれるのは、チャン先生だけですね。
    思い返す度に、あの時亡くなったことで
    本当にウンスは大きな存在を亡くしたと・・・
    しかし、その最後の姿、この納得のできなさ、
    その時にはこれでもか、と晴らして見せる所存にて。
    まずはこの回の終了後、弐の前の今週末に、
    華やかなるそして騒々しき一服処、参ります。

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