信義【三乃巻】~壱~ 迫られた選択・14

 

 

毒の入った瓶を見せると、力が抜けたよう倒れ込む 慶昌君を支えながら、言葉を重ねる。

「ご心配なく。チェ・ヨンさえ死ねば、あとは何事もなかったように納めます」
倒れたりするな。 面倒な上に、楽しみもなくなる。

「さもなくば、慶昌君媽媽がお命を落とします。生き地獄のような極刑です」
「そなたは、ヨンを手に入れたいのだろう。なのに、なぜ殺すのだ」
「慶昌君媽媽のせいです。人の本心を暴き、 教えて差し上げたいのです。
どのみちチェ・ヨンは、死ぬ定めにあります。死なせて差し上げなさい」

迂達赤チェ・ヨンが俺の事を嫌いならば、その心にある先王のあなたを、そして現王を殺して差し上げましょう。

何方にしても、俺には楽しい。
チェ・ヨンが毒を飲もうと飲むまいと、これだけ先王が苦しんでいれば。
そしてチェ・ヨンが極刑になろうと先王がなろうと、あの王にとっての痛手になれば。

先王の手の中に今、あの毒の瓶が握られる。
チェ・ヨンでも先王でも、何方が飲んでも良い。
その結末が、早いところ知りたいだけだ。

「ヨンを、ヨンを助ける手立てはないのか」
「慶昌君媽媽が、身代わりになりますか。死なば擁立も何も、謀反も起こせませぬ故」

自分が可愛いだろう、どんな生まれであろうと。金の座布団に生れ落ちようと、それは変わらん。
できぬのなら、黙っていれば良いものを。
のう、若き先王よ。

俺はその肩を幾度も叩いてやった。
その敗北感が、身裡にしっかりとしみこむように。

 

******

 

「ねえ、ちょっと待って」
それでも速足で歩き続けるチェ・ヨンさんの前に回り込んで、やっとどうにかその足を止めた。

「話は後ほど」
頼む、飯をあれだけ食って、刻を無駄にすれば十分だろう。
俺を行かせろ、邪魔立てするな。

「私と慶昌君媽媽を、天門へ連れてって。あの病状なら私の世界で手術できる。
抗ガン治療も受けられるわ」
「天門は開いていますか」
「ここにいてどうにかなる?あなたは逆賊だって、疑われてるのよ。
時代劇じゃ逆賊は処刑されるのが定番よ。私だって疑われるかも」

そんな風にならないでよ、と思うけど。
でもさっきの話を聞いてる限り、この人も慶昌君媽媽も私もどうなるか分からない。
疑惑の渦中のこの人、重篤患者の慶昌君媽媽、そしてこの世界で足止めを食ってる私。
つまり3人とも行き詰ってるわけよね。
だったらもう、天門から出るしかないじゃない。

何も答えない目の前のチェ・ヨンさんに、不安と苛立ちがどんどん募る。

「黙ってないで、何とか言いなさいよ」
「天門までの道のりは」
「それは途中で人に道を聞いて・・・」
「官軍を振り切れますか」
「それは・・・」

そんな事、考えもしなかった。あなたが守ってくれると思ってたもの。
一緒に来ては、くれないって事?
言葉に詰まった私をその場に置き去りにするように、この人が私の脇をすり抜けて足を進める。
私は彼の離れていく背中に声を掛けた。

「一緒に行こう」

離れていく彼の、その足が停まった。

「あなたが誰も殺さずに済むところへ。天界へ一緒に行こう、私と」

その細胞までしみついたみたいな 濃い血の匂いを、もうさせなくて良いところ。
私の世界に、一緒に行かない?もうこんなところ捨てて逃げよう、私と一緒に。

 

医仙の声を背で聞き、俺は振り向かず、慶昌君媽媽の御部屋へ歩を進めた。

俺が、人を殺さず済む世。
敵味方に分かれず済む世。
血の匂いを花で誤魔化さずに済む世。

そんな物は夢だ。
今あるのは 慶昌君媽媽のお命、医仙を無事に帰す約束、 その二つのみ。
それ以外にはない。
叶うかどうか分からぬ夢に、思い悩む暇などない。

目の前の問題から逃げ、この命惜しんで何になる。
死なぬと決めたのは、医仙を帰す約束の為。俺自身の為ではない。
約束を果たせばその後逆賊と謗られようが、知ったことではない。
正面突破。それ以外の道は、俺には見えぬ。

 

おかしい。
建物に辿り着いた瞬間に、先程と逆の異変に気付く。
あれほどいた兵の姿が全てきれいに消えている。

それ即ち、あれは媽媽の警護などではなかったという事。

建物に駆け込み媽媽の御部屋前、静かにその戸を引く。

媽媽は布団に横臥しておられた。
最悪の状況ではなかったと、俺の顔に微かな笑みが浮かぶ。

「よく眠られましたか」
そう伺い近づいて枕元に膝をつき、その手に触れて異変に気付く。

まだ痛むのか、媽媽は汗をかき震えておられる。
「痛みますか」
媽媽がお答えにならぬのを見て
「医仙、慶昌君媽媽を」
部屋の外にそう声をかけ、もう一度 媽媽に目を移す。

おかしい。何だ。
先程の黒い雲は今はっきりと重みを持ち、この胸を押し潰し始める。
頭の何処かでしきりに警笛の音が響く。

「・・・ヨンア」

慶昌君媽媽が体を震わせながら、俺の名を、小さく呼んだ。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    卑劣なキッチョルの言い分。火苦毒の瓶を握らせ肩をだく男を、振り切る力も残っていないキョンチャングン様。
    じんわり涙が出てきます。
    キョンチャングン様の元へ早く戻りたいチェヨンくんに、ウンスちゃんが一緒に天門へと誘いました。
    チェヨンくん、瞼を閉じかけてそのまま歩きだしました。
    そうか、死なぬと決めたのは、生きると決めたこととは、違うんですね。
    チェヨンくんの悪い予感が的中してしまいます。キョンチャングン様、容態悪し。

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    状況がわからないウンスですが、ヨンと慶昌君媽媽の事を想い、どうすればいいのか考えていた。でもその夢物語のような話に、ヨンが頷けるわけがなく…。ああ、この後はもう、辛すぎます。

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    ひっかかりポイント
    「一緒に行こう」 心がグラグラする言葉。
    もう ウンス ヨンのこと
    ほっとけなくなった?
    ヨンの
    心のうちを 見抜いてるし・・・
    誰も殺さずに済むところ
    そんなところが あるなんて!
    返答しなかったわけ?
    いつも捨て身で 誰かを守ってばかりで
    自分も助かるために 逃げるみたいなこと
    したことないものね
    ヨンの頭の中は 正面突破
    難しいな・・・
    ダメだ おバカには・・・ 
    煙が出てくる プシュー (^▽^;)=3

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    まずは今晩、壱が終わります。
    悲しすぎて、うーんですが。
    まずは気分転換を、そしてまたぼちぼちと
    この後の流れ、参乃巻謎解きをば。
    今は、書きたい話が多すぎて、ちょっとばかり
    どうしよう、でございます(;^_^A

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    本当は、この後の最終話
    2つに切ろうかと思いました。
    ものすごく長いです・・・またしても(゚ー゚;
    ただ、一連の動きは絶対繋がっていると思い、
    読み手様のご迷惑も省みず、一気UPです。
    本当に、申し訳なく忝く・・・
    そして明日から気分を変えて。
    一旦謎解き三乃巻と同時進行になるか
    もしくは、気分を変えてみるか、考え中でございます❤

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    本来は、こういう設定ではないかもしれないんです。
    でも、こうしていかないと、ウンスのあまりに矛盾した行動が多すぎる。
    その行動に「実はもうこの頃からヨンの事、好きでした」と
    一言添えたら、全ての行動に納得出来るんです。
    突然涙する、見つめ合う、チェ・ヨンを助けろと
    奇轍にディールを持ちかける。
    以前も書きましたが、単なる旅の道連れなら
    ヨンより金も権力もある奇轍の方が楽だと
    ウンスなら計算しそう。
    んー、な感じです

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    さらん様、こんばんは❤︎
    心の動き、焦り、動揺…。
    さらん様の筆が加わって、消化不良も改善されて行きますね(*^_^*)
    同時に、描写がリアルになればなるほど、この先の悲劇に遭遇するヨンへのパンチも、半端無い予感。
    ウンスが、火女の手の内に居なければ、あんなにやすやすと捕えられたりしなかったのでは?
    ウンスに背を向けられなかったら……
    などと、妄想は尽きません(u_u)

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    >夢夢さん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    ヨンはとにかく火女をやたらと警戒していました。
    本編で、膝に乗られたからか∑(-x-;)
    ちがいますねすみません
    ただ、全てのシーンが、そして一つずつのセリフが
    ラストに向けて流れていくのだなあと・・・
    自分のお話は当分終わらなそうなので
    こちらで、蹴りの付け方を学びつつ。
    一服処もお楽しみ頂けたら嬉しいです(*v.v)。

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