横になる患者の目に障らぬよう、今は診察室の灯りは柔らかい蝋燭が数本だけだ。
典医寺の寝台にて解毒中の、隊長の若い兵テマン。
意識は戻ったもののまだ朦朧とした様子で、半ば眠ったり起きたりしている。
その腹と胸に解毒の為の灸を据えながら、私は横たわる体の脇でその息遣いを確かめる。
ようやく少し落ち着いた様子だ。
良師の毒にやられたテマンを最初に診た時には、肺に長鍼を打ちながらも覚悟をしたが。
その体力でどうにか持ち堪えてくれた。
だがまだ予断を許さない。私は静かな呼吸音を聞きながら手首の脈を確かめた。
しかしそこに全ての静寂を破り、足音も高く駆け込んできたチェ尚宮殿がやおらテマンを担ぐのを見て、私は思わず声を上げた。
「まだ解毒も済んでおりません。何をされる!」
そう制する私を無視し、灸の為に脱がせていた上着をテマンの肩から乱暴に着せ掛けながら、チェ尚宮殿がテマンに訊く。
「お呼びがかかった。 行くぞ。歩けるか?背負うか?」
そこに駆け込んできたトギがチェ尚宮殿に向かい、怒りを露わにその手で語り掛ける。
どこへ連れて行く気だ、先程まで半死半生の体。呼吸すら止まりかけた、今動かせば悪化する、と。
分からぬチェ尚宮殿はテマンを連れ去ろうとする。
トギが憤然とした様子でその行く手を塞ごうと立つ。
これ以上トギが怒れば、正面対決になりかねぬ。
「私が付き添う」
そうトギを宥めると、私は尚宮殿の逆側からテマンの肩を支えた。
連れて来られたのは予想に反し、王妃媽媽の居所、坤成殿であった。
まさか私室に呼び出しが掛かるとは。
「チェ・ヨンと共に居ったのか」
既に御休みの支度を整えられた王妃媽媽は、目前の床に座ったテマンを真直ぐに見て問われた。
「そそ、その通りです」
「奇轍はすぐに、チェ・ヨンに医仙を渡したか」
「は、はい、しかし・・・」
「チェ・ヨンと医仙は奇轍の命令で、共に江華島へ行ったのか」
「ははい、ですが・・・」
言い淀むテマンに、王妃媽媽より矢継ぎ早の問いが飛ぶ。
「何故じゃ」
「・・・え?」
「チェ・ヨンは、奇轍の手の者か」
「ち、ちち、がいます」
テマンが必死で否定するのも聞かず、王妃媽媽の叱責の声は激しさを増した。
「ではなぜチェ・ヨンは、奇轍の命に従った!」
「そ、それは・・・それは」
テマンには分かっている。その時の様子を横で見ていたはずだ。たとえ一部とはいえ。
しかしこの口の重い若い男が病床より叩き起こされ、天上人にも等しい王妃媽媽の前に据えられて、うまく説明できようもない。
助け船を出そうにも、私にも未だ 事の仔細は分からない。何を言っても齟齬が生じそうだ。
後々作り話と発覚すれば、 事態はより悪化するかもしれない。そのもどかしさに思わず頭を掻く。
「もう良い、下がれ」
王妃媽媽はそう言って、振り返りもせず私室の奥、薄物の影へと戻られた。
テマンはどうして良いか分からぬのだろう。
自身が事を厄介にした自覚だけがある様子で、王妃媽媽の姿が消えると同時に立ちあがる。
そして私とチェ尚宮殿を振り返りながら、下がって控えた。
チェ尚宮殿も仕える主の忿懣遣る方なき様子に、私を前へ立たせ、その目でしきりに取り成せとせっつく。
仕方がない。
私は一歩前へと進み、薄物の影の王妃媽媽へと少し声を張った。
「事情があるかと。 医仙を巡り府院君が脅したとも考えられます」
その声に、横に控えたチェ尚宮殿が呼応する。
「私もそう思います。”慶昌君媽媽を治療できねば医仙を処刑する。医仙を助けたくば病を治せ”などと・・・」
「どうでも良い・・・」
薄物の向こうより、王妃媽媽の冷たい声が返る。
「・・・聞きとうもない」
「媽媽、チェ・ヨンも仕方なく・・・」
チェ尚宮殿の声を断ち切るように、僅かに大きくなった王妃媽媽の声が響く。
「チェ・ヨンの立場など知らぬ。不利な者の肩を持つより、責める方がさぞ 容易く面白かろう」
その気持ちの篭らぬ淡々とした声に、私もチェ尚宮殿も動きを停めた。
そうだ。妾は己の発した言葉に、改めて心で頷いた。
皆こうして皇宮を見捨てていくのだ。
寂しい方を一人残し、より寂しがらせながら。
傷つく方を一人立たせ、より傷つけながら。
無言のまま忠誠を誓い、炎のような体でも守りについていたはずのチェ・ヨンでさえ。
信頼できると、思っておったのに。
それでもあの方は、妾の助けなど期待しておらぬ。妾が何をしようと意になど介さぬ。
この身命を賭し何をしようと、どう動こうと、目の前の蝋燭に蟲が飛び込むほどの驚きもなかろう。
だから外出へのお怒りも、戻って来た時の挨拶も何もかも、人伝にて済ませられるのだ。
それならば、妾が心を砕くのも、無駄と言うもの。
寂しい方を、それ以上に寂しい妾が慰めるなど。
傷ついた方を、それ以上に傷ついた妾が癒すなど。
出来ようもなかったのだ、初めより。

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信頼していたヨンに裏切られたとの思い、自分の力でどうにもできない苛立ち。まではわかりましたが、最後のところで、王妃の王への思い、王と王妃の間に二人を隔てる暗い川があることをあらためて知りました。王妃の胸を切り裂くような王への思いが伝わってきました。納得いたしました。
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>my starさん
こんにちは❤コメありがとうございます
書いていて思います。
大切なのは、この最後の一言なのだと思います。
この頃は、王様にも媽媽にもヨンにもウンスにも
この最後の一言、それさえあれば全て伝わるのに、が
足りなかった気がするのです。
だから、私は書いてしまいます@さらん解釈で♡
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王様のために出来ることと、心を砕いても裏目にでてしまう王妃様。心が折れかかっています。辛いなー。周りはみんな高麗の人たち。孤立無援の気分ですよね。ただひとり頼みと慕う王様は、元の姫というだけで、こちらを向いてもくれない。そうしてまた孤独を確認して。涙もみせられない。そんな思いがこもった言葉でしたか。
チェ尚宮もチャン侍医も固まってましたね。 (u_u)
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ドラマ見ていて 思いました・・・
せっかく 王妃がしゃべろうとしてるのに
邪魔が入り 結局話せずじまい。
で、王妃はなにが言いたかったのか については 触れられず・・・ お~い!!
この時代に限らず 女の人が マシンガンのようにしゃべったり 意見を言ったり 反論したりって まずないですよね~
ウンスは そういう意味で( ̄□ ̄;)
はっきりした方で 怖いもの知らずよね~
最後まで言わせるな 意味をくみ取りなさいって
感じ? そこまで言わせるな(`Δ´)
言わなきゃわかりませんって。
王妃わがまま娘に見えたけど
この方も 立場上 心が凍ってたのよね・・・
素直に 人の話を聞けない?
難しいです 伝えるって! 現に今も。
何言ってるのか わからない コメでした。(*v.v)。
ぽっぽ~を探し回ってて・・・ 会えなかった。
会いたいな~ ( ´艸`)
ウンス先生 名医です。
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身分の高い方にとっては、いつその座を奪われるか、常に恐怖がついてまわるのでしょう。王様が高麗で生きていくには、自分よりもヨンとウンスが必要と思っていただけに、王妃様の落胆した気持ちが、テマンの話を最後まで聞かなかった。王様との隔たりがあった、王妃様の切ない気持ちが、悲しいですね。 解釈は今のところ、同じで、懐かしい場面を振り返っています。もし違う解釈があったとしても、この振り返りを踏まえて先のお話を読んでいくわけですから。さらんさんの解釈をひたすら読んでいくつもりです。なので、コメントが難しいですね。同じならば、うんうんそうだね、違うならば、そうきたか、くらいしか、おもいつかないんですよ。文才なく、脳みそも貧困なので。もしかしたら、これから先、私のコメント減るかもしれませんが、いいねとぽちで、読んでるね、振り返って楽しんでるねと判断して頂けたら、ありがたいです。そんな事言っても、先はわからないのですが、今はそう思ってる事を知って頂きたく、失礼かもしれませんが、書いてしまいました。勿論、先のお話に続く重要な振り返りなのは、わかってるので、さらんさんの解釈を読み取るように頑張ります。更新楽しみにしています。ずっと応援してますよ。あっ、もしもその時の話の感想でよければ、今日で言うと、「テマン可哀想だった」みたいな感じでも良ければ、また、お邪魔するかもしれません。何しろこういうパターンは、初めてなので、私戸惑っています。長々と書きましたが、伝わりましたでしょうか(。´・ω・)?
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さらん様、こんばんは❤︎
チェ・ヨンに、目をかけていたのは、好意からなどでは無く、全てチョナの為。
チョナの助けになると思えばこその、行動だった事を自らハッキリとさせた場面でした。
媽媽にとっては、王様さえ護る事が出来れば、チェ・ヨンも医仙も、どうでも良いと…。
ヨンとて同じ事。
これより、ズーッと後、国より政より、なによりも、あの方が大切だと、チョナを真っ直ぐ見て宣言したのですから。
媽媽は、一途にチョナを愛する、可愛く強い女性。
信義は、二組のカップルの、それぞれの愛の行方を追って、より一層、魅力敵なドラマになっていきました。
続きが早く読みたいです\(//∇//)\
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心にあるのは王の事だけなのに、孤独の王を慰め癒す事が出来ないと傷付き悲しみを抱く王妃の気持ちが切ないです。
皆それぞれ思う人の為、なのに上手くかみ合う事がないこの時ですね。
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>ポチッとなさん
こんばんは❤コメありがとうございます
もうこの7話は前半戦クライマックス!というくらい
あれこれ詰め込まれていて・・・
どこかだけ抜粋しようとしましたが、無理でした。1話分すべて、こつこつポチポチしております。
好き過ぎる、隊長時代のヨン・・・(*v.v)。
あ、この後またしても固まる、伝言ゲームも出て参りますw
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>くるくるしなもんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
ほんとに、だからこそみんなウンスに
何らかの魅力を感じたんだろうな、とも。
言いたいことを飲んでしまう人たちばかり
そんな時代だからこそ、そのウンスの
ある意味での空気読めなさに
ああ、こういう生き方もアリね!と。
特に私の中で、ヨンと媽媽はその気配ありですw
ぽっぽ・・・
こちらではぽっぽ、試練の時、迎えております(x_x;)
ウンス先生、名医ですね❤
ヨンには不満そうですが(爆
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>チェヨン1さん
こんばんは❤コメありがとうございます
おっしゃりたいこと、凄く判ります。
全くの二次なら、別話として切分けられても、
これは「信義ありき」のお話なので
絶対に、自分はこれあり・なしが先に立つと思うのです。
なので、今回どうしても消化不良部分だった
この後の2キャラについても、え、そんな感じだったの?と
意見がばっくり割れる事、覚悟です(;´▽`A“
ただそこがないと、この後出てきた二人が
(まあ1名は徳興君なわけですが)
しっくりこないわけで。
もう、本当に、読んで頂いて
ああ、さらんはこう言う解釈だから、
今このキャラはこう動いてるわけね、と
そこを分かって頂ければ、嬉しいなと。
同じドラマを見ていても起きる視差なので
あとはもう、難しいですねσ(^_^;)
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>夢夢さん
こんばんは❤コメありがとうございます
まさに、信義の場合イムジャカポーだけでなく
二組のカップルが、いろんな障害を乗り越えて
心を通わせたからこそ、いろいろ共感部分も
そして見応えもあったかな、と思います(*v.v)。
ただの好き好きLOVEなお話じゃなく、
どうやって超えていくんだろうなーというところを
懸命に超えたからこその、到達点はより貴重だったかと・・・
本編話を書きたかったもう一つの理由は、
この王様媽媽にもあります。
この後、基本的には史実に基づき進めるつもりなので
いつかは書かねばいけない別れもあり、
その時、ああ、こんなに乗り越えていたら
それは、こうなるよね、と。
ああ、書いてて既に悲しくなって来ました・・・(ノ_-。)
楽しみにお読み頂けたら、本当に嬉しいです。
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>ままちゃんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
まさに、言葉足らずで誤解の雪だるま。
イムジャカポーも王様媽媽も、
もう、悲しみの連鎖がしばらく続きますね・・・
しかし良いのです!
今うちの王様媽媽は夫婦漫才(!)で大護軍を陥れ
ウンスの定位置はヨンの膝の上なのですから!
それが全てです、きっと♡
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>さらんさんへ、 ごちゃごちゃ書いたのに、わかってくれてありがとう。トシとると、変化についていきにくいのよ(笑) それでもさらんさんの解釈がこうだから、先のお話でこうなるとわかるのを、楽しみに読んでいきますね。同じドラマでも、日本語字幕の違い、カットがあればノーカット版とも違いがあるし、吹き替えならヨンの声の魅力も伝わらない。小説読んでなかったら、わからないこともあるし。監督さんが遺した映像と、本当はもっとラブラブな二人を描きたかった脚本家さんの意見の違い。見る人によって意見が分かれるのは当然だと思います。そこを敢えて書くのだから、さらんさんの解釈で新発見もあると、楽しみにしてます。そう、おばちゃん変化についていきにくいけど、若い人の意見を聞いて新発見だと思える柔らかさはあります。自慢になりませんが(笑)
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>チェヨン1さん
こんにちは♡コメありがとうございます
ああ、なんかわかってきました。
たぶんこのまま書いたら、あらすじ小説になってしまう。
でも、この後の核になる部分は書きたい。
【三乃巻】多分この後は、スピンオフみたいになってくるかもです。
うーん、成長しているのか、退化してるのかw