信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・11

 

 

壁を越え、忍び込んだ徳成府院君 奇轍の屋敷。
見つけた。
青い衣を纏い、奇轍と並んで歩くあの姿。
上機嫌で、何かしら騒ぐその声。

それを追い、木陰に身を隠しながら進む。

 

何なのよ、この喰えない男。
せっかく天界仕込の爆弾酒を教えても、デートの作法を教えても、ちっとも乗って来ない。
飲み過ぎてこっちの方がふらふらよ。
早く約束させなきゃいけない。
あの人、チェ・ヨンさんには手を出さないと、しっかりと約束させなきゃ落ち着けない。

心なんて目に見えないもの、あげると約束したって確かめようはない。
この男相手にあげると嘘をついたって、良心なんてちっとも痛まない。

でもあの人は死んだら、この世からいなくなる。
見えなくなるのは困るから。 帰れなくなるのは困るから。
そうなったら心が痛むから。だからとっとと約束させなきゃ。
このおじさん、いえ、キチョルに。

酔った足でふらつきながら進む。キチョルは後ろにお連れを従え、ぶらぶら歩く。
だけどこんなに邪魔者がいたら、肝心な話が出来やしないじゃない。

どうにかそのお連れを撒いて、キチョルが何か興味を引きそうな話のネタをさがす。
強気を見せた後は、親近感を高めないと。
どうすればうまくディールに持ち込めるの。早くしないと、あの人がどんどん危なくなりそうで。

落ち着こうと辺りを見回して、 次の瞬間、腰を上げる。

 

眩しい程のあの黄色い野菊が風の中、群れ咲いて揺れている。

 

あの声、あの姿を追って進んだ俺の足許に。

奇轍と二人、池向うの東屋に落ち着いた医仙を、池のこちらの木陰からじっと見つめる。
元気そうだ。少なくとも体に、傷ついた様子はない。
それだけで今は我慢だ。この場で此処から連れ出すわけには行かぬ。

 

キチョルが黄色い花を摘み、香りを確かめる。
別にいいのよ、好き好きだから。
でもね、私がそうして欲しかったのはキチョルさん、あんたじゃないのよ。

そこにやって来た別の男とキチョルが話し始め、こちらから注意が逸れた。
隙を見て、私は足音を忍ばせるとその場から駆けだした。

 

突然駆けだした池向うの姿を見、そのまま更に後を追う。
あのように覚束ぬ足取りで何処へ行く気だ。
広い邸内、どう動けば良いか知っているのか。

 

離れなきゃ。少しでもいいから離れて、もしできるならここから抜け出して。
どうにか王様でも誰でも会わせてもらって、あの人が無実なんだって証明しなきゃ。
あのキチョルなんて信用できない。任せてられない。

 

医仙の足は邸内、手の加わらぬ林の奥へ奥へと入り込んで行く。
分かっておらぬ、そっちへ進むな、どんどん歩きにくくなっているだろう。

その瞬間、山道の崩れた端から医仙の足が滑り落ちる。

 

一瞬で滑り落ちた足元、その道の脇は深い谷。
落ちちゃう、そう思って目を閉じた次の瞬間。
私の体は力強い腕で引き戻されて、後ろからすっぽりと大きな胸に抱き寄せられた。

見つかるとは思ってなかったの、ただ酔っ払ってただけだもの。
逃げられるかなと期待はしたけど、ここでばれて、キチョルの機嫌を損ねたらまずい。

「放してよ、た、試しに逃げてみただけよ」

 

まだ覚束ぬ足許のまま、この腕の中で医仙が、手を振り回し逃げようとする。
そんな狭い山道で暴れ、また落ちればどうとする。
此方へ来いと、その体を強く引く。

次の瞬間、腕の中で顔を確かめるよう向き直ろうとする医仙の気配を察し、手を離して身を翻す。

今、顔を見られるわけには行かん。
このまま連れ帰るわけには行かん。

このまま外へ連れ出せば、慶昌君媽媽の二の舞に成りかねん。
王命で身を寄せている奇轍邸、無理に連れ出せばその王命を逆手に、何をされるか判らん。

どうにか連れ帰る名分を立てるまでは。

 

振り返っても誰もいない。
私を抱き締めるキチョルの、いやらしい顔を想像して振り向いたのに。
何?なんで?
酔っぱらい過ぎ?ううん、絶対に違う。

握りしめられたその腕と、押し当てられたその胸の感覚は残ってる。
どこかで知ってる。
どこかで触れたことがある。触れられたことがある。

なんでこんなに懐かしいんだろう。
いつかの夢の中で見た、愛しすぎる面影みたいに。
いつだっけ?あれは誰だった?

何度も、さっき確かに触れたはずの感触を確かめる。
いつだっけ?あれは、誰だった?

馬で戻ったキチョルの母屋敷。
待ちかねたように手下が駆け寄ってきて、何かしきりにキチョルに訴えてる。

あまりに小声過ぎて、内容は聞こえない。
聞こえないけど、私だって馬鹿じゃないのよ。
何かが起きたとその慌てぶりで、それだけは分かる。

何が起きたの?

 

 

 

 

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12 件のコメント

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    実は好きです♪
    助けたのに顔も見せない、姿も消して…でもウンスは何となく気づいてる。
    とても印象に残るシーン。
    本当は描いてみたいシーンだけど画力が足りませぬ(-""-;)
    もう少し上手になったら描いてみようと思います♥いつか…
    また覗きに来まーす( ´∀`)/~~

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    酔っ払いウンスの無謀な行動に、冷や冷やしつつもさりげなく護るヨン。脱獄したのが、ばれたら大変だから、すぐに身を隠すのですが、ここのメイキングが面白くて、笑っちゃいます。 年末の企画を楽しみに大掃除、早めにしちゃいます。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    想像がついていた場面だったのに。
    誰が何をするのか、何を話すかも、嫌という程知り尽くしていたはずなのに。
    ヨンの、ウンスの心の声を聞いてしまったら、切なくて愛しくて…..(ToT)/~~~
    胸がキュンとして、苦しいです。
    あの胸に抱き止められたら、その逞しさに優しさに、並の女性はクラクラしてしまいますね(≧∇≦)
    本編では、遠くから見つめていたヨンが、イキナリ背後に現れたので、ちょっとビックリしました。
    まあ、ふたりのLoveLove場面には、必ずOSTが流れるので、来るな!と想像出来てしまうのですが….❤︎

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    すぐそこにいるのに助け出せない、そのもどかしさ。
    とっさに掴まれたその感触が、何かを訴えてくる。知っていると、懐かしいと。
    微妙な距離感と助けたいという思いがお互いに交錯しているもどかしいところですね。

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    名場面ですが・・・
    ヨンの ウンスを陰から見つめる姿が
    安否確認じゃなくて
    ス○ーカーじゃなくて
    恋する相手を 見つめてる。
    ドッジっこウンスを 助けるにしたって
    そんな助けられる 距離に居たのか!!
    ヨン 私がお助けしなくては・・・
    恋なのか 使命なのか・・・
    使命と思い込もうとしてるけど
    恋よ恋!! 
    うらやましい~

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    チェヨンくんの、ウンスちゃんを見つめる眼が、物言いたげでした。
    腕の中に転がり落ちてきたウンスちゃんを、どんなに連れ帰りたかったか。
    ウンスちゃんも、必死に作戦を練っていますが、今一つ。うーむ。続きをー。

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    >ののさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうか!
    ののさまは書き手さまと同時に、描き手さまなので
    そう言う視点が備わっていらっしゃいますね。
    描いてみたい、書いてみたい、これはもう
    本能なので、是非是非描いて下さいませ❤
    私のように、技量なしでもこうして書いております。
    ののさまならば必ず、素敵な画を書いて下さるはず❤
    いつまでもお待ちいたします(〃∇〃)
    私も伺います❤| 壁 |д・)

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    メイキング、どこかで見たと思います!
    ミノ氏が、木の陰に隠れて大笑いしてるところw
    年末の大掃除、是非お早目に!
    今宵より、深く静かに進行する予定です(〃∇〃)

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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ありますあります!
    音来ましたよー、そろそろですねー!と(爆
    実際こう考えていたのか、ここは解釈に
    とても悩むところではありました。
    でも、そうでなければ、ヨンが連れ帰らない理由
    そしてウンスが不思議そうに自分の体を確かめる理由が
    どうしても落とし前がつかず。
    書くほどに破綻や齟齬を無くしていく、
    隙間を埋めていくのは、
    楽しいですが、これまた微妙に
    解釈押し付けのような気もしつつ。
    今宵より、そんなサゲを払拭するお馬鹿企画
    開始いたします(●´ω`●)ゞ
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    まだまだ距離感はありますね~!
    ましてお互いの気持ちも全く固まらず。
    ただお互いに助けたい、それだけは確実。
    しかしヨンはともかく、現代女性のウンスも
    それに気付かないのは・・・
    天然?だから?だからなの?と
    思わず突っ込みたくなります、書いていて(;^_^A

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨンとしては、約束を果たすことのみ
    考えているような頃だと思うのですが、
    いやあ、それだけなのか?と。
    ただ、慶昌君媽媽の死、
    それを守り、防げなかった己への罪悪感、
    約束半ばで引き離された医仙への気持ち、と
    ヨンお得意の「せねばならん」状態の頃ですね・・・

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうこればかりは、名分大事な政の絡む世界、
    例の「天界での名は、ゆ・うん、す」
    まで、暫しお待ちを・・・ですね( ´艸`)
    ああ、書くのが楽しい場面が山ほど続いて、
    嬉しいやら、どきどきやらです❤❤

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