信義【三乃巻】~弐~ 篝火花・12

 

 

徳成府院君奇轍の、あの鼻につく弟が慌てた顔で部下と共に、迂達赤兵舎へ駆け込んでくる。

兵舎内を泳ぎ回るその目は、隊長を探しているはずだ。

その突然の相変わらず無礼な訪問を、俺達は兵舎の吹抜けで迎え入れる。
整列して背筋を伸ばし、腕を後ろに組んで。

お前になど分かるはずがない。
俺達の隊長を、見縊らぬ方が良い。

探し物の隊長が見つからぬまま憎々しげにこちらを凝視するその目を、俺は正面より冷静に見つめ返す。

お前如きが俺達の隊長の、泥に汚れた軍沓の爪先にすら及ぶ事など出来ん。

 

******

 

息を吸い込まぬよう顔を大きな布で包み込み、鼻を口を隠して、私は医官と共に回廊を進む。
私の医の知識は本来、患者を救うためのもの。人を傷つける為に用いるのは赦されない。

しかし此度に限っては、痛快さゆえに引き受けた。

「洋金花に草烏に乳香、秘法故作り方は言えぬ」

風に乗り、香炉の中より流れるその香煙が回廊を満たして流れていく。

警戒に立つ歩哨の奇轍の手下の兵たちが、その煙を吸い次々に昏倒していく。

前より斬り掛かろうとする兵は香煙の届く間合いへ踏み込んだ途端、振るい掛けた刀ごと崩れ落ち動かなくなった。

「効果は、一目瞭然」

これもひとつの反撃の狼煙か。
私はその体を眺め、意識をない事を認めてから再び前に向き直った。

この後の流れを計じつつ、昏倒する兵の山を足許に、私と医官は回廊を進んで行く。

 

******

 

外套の頭巾を深くして顔を隠す。
見慣れぬ兵たちが昏倒する回廊を、テマンを従え速足で駆け抜ける。

急げ、時間がない。

康安殿の王の私室の裏扉。
扉外の気配を読み、内側より扉が開く。

「隊長」
チュソクが一言俺を呼ぶ。
その目を真直ぐに見返す。

「外を見張れ」
「はい、隊長」

王の足元まで進み、俺は呼ぶ。
「王様」

 

その聞き覚えのある声に顔を上げ、目前の黒い頭巾姿の男を見遣る。

男は寡人の前で頭巾に手をかけ、それを取り払って面を露わにした。
迂達赤隊長チェ・ヨンの、先程獄の中で会うた顔が、頭巾の下より現れた。

「迂達赤チェ・ヨン、参上致しました」

真直ぐな瞳で寡人を見つめ、ただ一言だけ告げ、頭を下げる。
その穏やかな声を聞きながら、己の顔に浮かんだのは笑いだった。

どうすれば助けられる、そう問うた。
医仙の様子を確かめてくれ、そう命じた。

その直後に外ならぬ皇宮の奥、康安殿へと何事もなき様子で、姿を現すこの迂達赤隊長。

「・・・いやはや何とも驚いた。謀反の大罪人の男が、出入自由とはな」

そう言って席を立ち、階へと回る寡人に
「失礼とは思いましたが、一つ伺い、一つ御返答するため伺いました」
チェ・ヨンは言葉を返す。

 

私室の中、卓を挟み王と面する。
「一つ伺います」
俺の声に、目の前の王は真直ぐ俺を見つめる。
「王様はご存じだと仰いましたが、未だ解せませぬ。
王様は、何の為に闘われるのですか」

その問いに暫し目を泳がせ、王は答える。
「王となる為だ」
「わざわざならずとも、既に王です」

その俺の言葉の、真意が分かるのだろう。
敢えて周囲の者に無駄な血を流させ、わざわざ王にならずとも、もうあなたは王と呼ばれているのだ。
何故にそれ以上の犠牲を払い、王になろうなど。

それを口にせぬ俺の目を見て、王は告げる。
穏やかな目を、避けることなく真直ぐ当てて。
「チェ・ヨン。余を認めておらぬくせに、口で言うだけでは空しい」

この肚の中まで、お判りでいる。

纏う袍や官服の色ではない。締める帯の珠ではない。
俺の心はそれでは決まらん。
守る者は己で決める。これからは。

俺は目を上げ、その目を見た。

「闘い方を尋ねられました」
王が、それに頷く。
「確かに。それで」
「御返答いたします。王は、戦ってはなりません」
「・・・その心は」

俺の信じる義を、誰に捧げるか。
誰を守るかは、俺自身が決める。
これからは。

「臣をお持ちください。王の為に闘う臣を。
数人の王となるか、または数千、数万の王となるか。
まずは、某がなります。闘いは」

俺自身が決めた。悔いはない。

「某が致します」

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    もう、ここでヨンは自由になるという選択肢を捨てたのですね。
    自分で決めた仕えるに値する王。その見極めはとても難しい。まだ、かいま見る事しかできない王の資質。それでもヨンは覚悟を決めたのですね。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    チャン侍医の進む方向で、バタバタと兵が倒れて行きました。
    彼の神秘的な雰囲気も有り、魔法のようでした。
    そして、マントのヨンが美しい。
    本編の第一話冒頭、雨の中、マント姿で俯き、馬に揺られたヨンの端正な顔立ちに釘付けになりました。
    牢を抜け出し、年若い王様をお護りすると決めたヨンに、胸が震えました。
    名場面とお気に入り場面は、尽きる事が有りません❤︎

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    さらん様 
    びっくりです!10分後の追加更新!!
    読み手としてはうれしい限りです。
    ドラマでみてるのもあって、落ち着いて読める所が、いいですね~
    私もマントヨン大好きです!
    毎日の更新本当にありがとうございます。
    仕事終わっての楽しみになってます!

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    私も、最初のマントテジャンが好きです。
    穏やかなチェヨンくんの声。いーわ!
    王様も、余を認めてないのに。と、冷静に応じて、さすが王様さま。
    チェヨンくんが、信じられる最初の臣下になった瞬間です。いーわ!

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    意志的に生きることは、ウンスから学んだのでしょうか。。
    さらんさんの解釈に心から納得します!
    この部分が添えられたことで、この場面の持つ意味がさらに深いものとなりました。
    さすがです。

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    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    捨てましたね。もう、それすら思っていないのでしょう。
    何故なら、慶昌君媽媽を殺めたからと、私は解釈しました。
    この後のお話で出てきますが・・・
    チャン御医も仰っていました。隊長が殺したのは自分の心。
    ただし生きる意味を思い出した以上、投げやりにただ
    皇宮に居続けるだけではないと、信じます・・・

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨンのマント(王様曰く頭巾w)は
    あの美貌故に許せます。
    普通の男だったら、フード外した瞬間
    「一生被ってて」と、丁寧にかぶせ直してあげますがw
    でもこの頃はまだミノ氏の顔の輪郭が
    急に細くなったりふっくらしたりして、
    うーん、撮影大変だったのだろうなあと・・・
    DVDを観て、リアルに感じてしまいます(;´▽`A“

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    >びったんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    落ち着いて読める、先を知っているというのは
    これは大きな拠り所だと思います。
    特に我が家の場合、ぴったんさまや皆さまの
    心臓に悪い話を、いろいろ書いている自覚がある故・・・(ノ_-。)
    今宵の企画イベ告知もまた、心臓に悪いやも知れませぬが、
    お付き合い頂ければ嬉しいです❤

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ううう、分かります!
    もっと王様が興奮したり激昂したりするなら、
    そしてヨンがしらーっと醒めた目でそれを見るなら
    あーこの二人、反りが合わないねやっぱ、
    な場面ですが、あの雰囲気。
    やっと恥を認めた王と、それを受けて
    今までは迂達赤として、挿げ替えられた首を守るだけだったのを
    意志を持って、この方を、と決めたヨン。
    漢です、どちらも。いーわ!(〃∇〃)w

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    >my starさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    意志を持つのは、やはり奇轍に刺され続けて
    その結果、慶昌君媽媽を失った、それも理由ではと思っています。
    ただ、ウンスでなければ、あの花がなければ、
    そして媽媽の笑顔の見られた、あの一日半の
    三人きりの時間がなければ、
    寄り掛かる肩を与えられなければ、あの意志を持ったか・・・
    そう考えると、出逢って以来、常にヨンを刺し続けたのは
    本当はウンスではないのかと。
    生きろ、思い出せ、立ちあがれ、と、
    奇轍と全く反対の方向から。
    故に私の二次の中に、
    「忘れられない、優しい傷」と言うフレーズが
    登場するのです、実はw

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