2016 再開祭 | 気魂合競・卌捌

 

 

「どうするつもりだ」
共に御前を辞した叔母上は、並び歩く暗い回廊で短く尋ねる。
互いに足音を消すのは得意だが、今宵の忍び歩きは必要ない。
どれ程大きな足音を立てようと辺りに響く雨音には敵わない。

歩哨の奴らに見送られ康安殿を出た頃には、表は雨で冷え切って、外回廊の紅柱も石床もじっとり露を帯びていた。
「・・・さぁな」

本当に判らぬから、そう答える以外にない。
元が終わる。
元を徹頭徹尾敵視しておられる王様にあらせられても、それは衝撃だったのだろう。
まして王妃媽媽には、生国であらせられる。
亡国の予感の複雑な御心中は、察して余りある。

 

─── チェ・ヨン。

俺を見詰め呼ばれた折の、王様の御目が蘇る。
元が終わると呟かれ、どれ程の刻が過ぎた後だったか。

「寡人は」
「は」
その御目に今はまだ迷いが見える。
攻めるべきかと尋ねられているのか。それとも他のお気持ちがおありか。
御心の裡が読み切れぬから、此方から下手な口出しは出来ぬ。

「・・・遣いの者らは、あの文通りであったか」
王様も核心に触れるのを避けたのか、差し障りのない話題に移る。
文の中で托克托は言っていた。

元の戦士を送る。この文を届ける者は送る戦士中の最高位、巨人。
そなたになら預けられる。この戦士らは絶対にそなたを裏切らぬ。
何故ならそなたを信じるのではなく、送る私の意志を汲んでいるからだ。

この後私がどうなろうとも、この戦士らは必ずそなたの役に立つ。
草原を共に駆けた礼、最後まで共に出来なかった詫びの代わりに受け取るが良い。

私の戦士は裏切らぬ。それが真の戦士ならば。
そなたの兵が絶対にそなたを裏切らぬように。

あの手蹟と文面を思い出しながら頷く。
確かに最高位に相応しい強さであった。
此度の角力は俺の執念が勝っていたから、勝ちを収めただけで。

そして酒楼で書いた文を持たせチホとシウルを走らせたにも拘らず、逃げも隠れもせず訪いを待っていた。
托克托絡みの一件で、最悪の場合俺が剣を抜く事も充分承知の上で、堂々と俺を迎え入れた。
だからこそ托克托の毒殺の一件も、これほど早く情報が手に入った。

もしも奴らが掌を返し気を変えて逃げていたなら、未だに真相は判らなかっただろう。
迂達赤が、手裏房が、そして国境隊や禁軍や官軍の奴らが誰一人俺を裏切らぬように、あの戦士らは絶対に托克托を裏切らぬ。
その生死は問題ではない。まして死の間際にあんな文を託されれば裏切れようはずもない。
俺が隊長の最期の声から逃げられなかったように。

托克托は計算していた。
戦士らを元に留めれば己の後、若しくは己よりも先に戦士らも命はないと。
故に俺を口実に、奴らを元から出した。
逃げろと言って逃げる男らではなかろう。だからこそあんな文を持たせて。

「以前申しておったな。元は放っておけば、自然に倒れると」
「・・・は」
内偵を通じ、紅巾族の動きは既に把握していた。
奇皇后があの方をしつこく付け狙う故に、動きは逐一確かめていた。
それらの情報を集めれば、こんな日が来る事は判り切っていた。
高麗から派兵を受けておきながら、高麗軍の目前で自国の将軍を退かせるなど。

元は皇帝から民に至るまで、面子を何より重んじると聞いていた。
他国軍の目前でそんな事をすれば托克托だけでない、皇帝の面子も宮廷の面子も丸潰れの筈だ。
派兵が自国へ戻れば、内部の荒れようと混乱があっという間に知れ渡る。
そんな恥を晒してまで托克托を退かせた。

其処から導き出される答は一つ。

元と云う大木は腐りきり、朽ち果てていた。
新たな枝を伸ばし、若葉を育てる力など残っておらぬ。
己の保身に東奔西走する者ばかりで、誰一人国の行く末など慮っておらぬのだ。
まともな考えを持つ者が居れば、紅巾族が暴れ回るあの国で、軍を率いる托克托を亡き者にするわけがない。

「そなたの申す通りであった。この一件は日を改めよう」
「は」
托克托の手蹟と落款を確かめる為、王妃媽媽の御同席を願い出たのは失敗だったのかも知れぬ。
王様は目前の王妃媽媽を案じるようなご様子で仰ると、玉座を立たれる。

「もう遅い。そなたも帰宅せよ。チェ尚宮も今宵は良い」
王様の最後の御声に、王妃媽媽の堅かった表情が僅かに和らいだ。
「医仙によしなに、大護軍」
「は」
その御声に頭を下げ、俺と叔母上は退出した。

俺は宅へ、叔母上は武閣氏の兵舎へ。
皇宮内なら隅の隅まで誰より知っているとはいえ、雨夜に女人の一人歩きは心許ない。
さぁなと答えた後には特に話す事もなく、無言で横を歩き続ける俺を胡散臭げに睨むと
「ヨンア」
雨音でも消せない鋭い声で、叔母上がもう一度呼ぶ。
「何だ」
「何故私に付いて来る。大門はあちらだぞ」
「・・・ああ」

元が終わる。
托克托とは元にとって、それほどの意味のある男だった。
皇帝トゴン・テムルの矛と盾。
その一方を喪った、否、自ら投げ捨てたトゴン・テムルと奇皇后。

唯の笛吹ではなかった。そして俺も唯の漁師にはなれぬ。
誰の為に戦おうと、最後は己の生死すら自由にならぬ。
滅びてしまえば良い。
擦り切れるまで戦わせ、最後にその存在を、命を自由に出来るなどと思い上がる者の治める国は、滅びれば良い。

「叔母上」
「・・・何だ」
互いに足を止めぬ雨夜の回廊。

「何の為に戦っている」
「死なぬ為に決まっておる」
相変わらず、何の迷いもない。

「だからお主はとっとと帰れ」

だからの意味が判らずに、頭ひとつ小さい叔母上の横顔を伺うと
「お主が戦う理由の許へ、とっとと帰れと言っているのだ。この大馬鹿者が」

それでも俺の頭に手は伸ばさずに、叔母上は足早に回廊を進む。
不出来な甥の下手な気遣いの一端は伝わっているらしいと、俺は口答えの声を飲み込んで、そのまま横を歩き続ける。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

3 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    生まれ育った所がなくなる…辛いことの一つだね…王様と王妃にとって(((((((・・;)今は互いに安心出来る所に行かなきゃ(^_^;)あの方がソワソワしながら待ってますよ…ヨンア(^_^;)

  • SECRET: 0
    PASS:
    王様も王妃様も、チェ尚宮様も…
    それぞれの思いは複雑ですね。
    ヨンは…
    托克托と草原を駆け抜け、策を練りあい…
    共に戦った戦友…
    ヨンとタルタルが、
    二人並んで馬を駆って走り抜ける姿が浮かんできて、痺れます!
    他国どうしながら、心をわけあった武士二人。
    ヨンの心中も複雑…でしょうね。
    どしゃ降りの雨の皇宮を歩く、
    ヨンとチェ尚宮様…
    チェ尚宮様は、さすがヨンの叔母様。
    ヨンの心中がよく分かっていらっしゃる。
    ウンスのために、ヨンは 生きる…
    でも、今は…
    甥 ヨン の、気遣いがうれしい…かな。
    ヨン、惚れ直しちゃいます♪

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です