2016 再開祭 | 気魂合競・卌伍

 

 

「バカみたい!!」
強い口調とは裏腹に、熱を持った足首に優しい指先が当たる。
「・・・い、ムジャ」
「ほんっとに」

東屋の屋根を烈しい音で叩き続ける雨よりも派手な雫を跳ね上げ、足首に当たる濡れた布。
汲み上げた冷たい井戸水をたっぷり含ませた布で足首を冷やされ、その声を聴くしかない。

「何であんな真剣に取組みしたりするの?どっちが大ケガしてもおかしくなかったでしょ!!」
「それは」
「しばらくこのまま、動かないで!骨折も捻挫もしてない。腫れはしばらくすれば収まるわ。充分冷えたら、湿布するから」

取り付く島もないとはこの事だ。
次々に息つく間もない勢いで浴びせられる鋭い声。
東屋の椅子に腰を降ろし、足を延ばしたままの格好で俺は頷いた。
「・・・はい」

この方の為に負けたくなかった。しかし勝って責められるとは。
そこまでしても、兄を相手にしてでも取り返したかったのに。
心配をかけたのは重々承知。
それでも負ける訳に行かなかった、此方の立場も判って欲しい。

それ程大切に想うこの方は、次に物凄い形相で、雨を避けようと東屋の軒下の石段に腰を降ろすヒドの前へと駆け寄った。
足許で絹沓を汚そうと撥ね返る泥を気にも掛けず、あなたの指先が奴の衣の襟へと掛かる。
「脱いで下さい」
「御免だ」
「脱いで下さいっ!」
「ふざ」

不愛想なヒドが怒鳴り声を上げる隙さえ与えず、問答無用の指先が墨染衣を引き剥がしにかかる。
奴が眉間に深い皺を刻み、身を捩ってその指を避けると
「言うこと聞いてもらえないなら、このまま上着を切りますよ」

真剣な眼差しで、あなたは手許の桃色の包の中から冷たく光る、如何にも切れ味の良さそうな小刀を示した。
これ以上拒めば本気でそうするかも知れぬ。気迫の籠った瞳で睨まれ
「・・・ヨンア」

本気が伝わったか、それ以上邪険にも出来ず、奴は珍しく狼狽えたよう俺へ振り返る。
しかし助けを求めるような視線は、高い声に一喝される。
「あの人には関係ないの。ヒドさんにも治療は受けてもらいます。何でもなければそれでいいし、あの人だって安心するから。
弟が大切なら、弟のためだと思って下さい」

さすがに衣を切り刻まれるより、己で脱いだ方がましと思ったか。
ヒドはうんざりとした表情で諸肌を脱ぐと、先刻俺が蹴った肩を晒した。

赤く腫れ上がる肩を目にして、あの方は息を詰める。
しかし何でもない風を装うと傷に手を当て、腕を上下させ廻させ確かめた後で、その顔が安堵に緩んだ。
「うん。骨や筋肉には、異常はないです。でもやっぱり打撲がひどいので、冷やしてから湿布します。
あの人の足首よりちょっと時間がかかります。無理すると悪化するから出来るだけ動かさず、7日間は冷やして下さいね」
「・・・・・・ヨ」
「下さいね、ヒドさん?!」
「・・・・・・・・・ああ」
「約束ですよ」

厭々頷いたヒドの声を聴いて気が抜けたか、大きな息を吐くとあなたは桃色の包を抱え、石段から立ち上がる。
そして俺の横へ戻って来ると卓上で再びそれを開き、中から軟膏の入ったらしき瓶を取り上げ、乾いた布に厚く塗りつけつつ
「・・・何でもなくて、よかった」
言葉尻が震えているのに気づいて横顔を確かめると、瞬きを忘れた瞳にいっぱいの涙が溜まっていた。

泣き出しそうな自分に腹を立てたよう、軟膏を掬う箆を投げると、あなたは両手で団扇のように目許を扇ぐ。
「2人とも鍛えてくれててよかった。大ケガじゃなくてよかった。ほんとバカみたい、1人で心配して・・・」
涙が落ちる寸前に、その顔を天上に向けて呟いた。

泣かせたくなくて此処まで来たのに。
負け姿を晒したくないと戦ったのに。
誰にも渡すまいと勝ち進んで、最後がこれでは格好がつかん。
「イムジャ」
「なによ」
「泣かず」
「湿布のミントがしみたのよ!」
「・・・・・・怒らず」

それでも機嫌を取って甘やかすのは違う気がする。
そもそも俺達が大会に参加したのは、この方が原因だ。
この方が賞品に名乗りを上げねばこうはならなかった。

大会が終わっても、片付けるべきことは多い。
そして確かめるべき最大の用件が残っている。

「マンボ」
「何だい」
ヒドが優勝を逃したせいで賞金も米俵も手に入れ損ねたマンボは、不機嫌な声でぶっきら棒に答えた。
「筆と紙をくれ」

横のこの方とマンボは俺の頼みに不思議そうな視線を交わしたが、今は斟酌している暇はない。
開京外廓の荒れ家。
逃げる様子はない。
見張りを置いていると言われても、己で確かめねば気が済まん。
少なくとも託された俺が出向き直接話をするのが、命を懸けて書簡を運んだ戦士らへの礼節だ。

托克托の戦士であったなら、漢文は読めれば良いが。
そう思いながらマンボの運んだ紙に、墨を含ませた筆先を落とす。
思いがけぬ拾い物の一つ目を、確実に拾い上げる為に。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    「やった~ ヨンすごいわ~」って
    大喜びするタイプじゃないわね
    ウンスの場合…
    自分のためにそこまでしなくても~
    怪我される方が 困る。
    しかも兄弟で…
    さすがに ヒドも
    弟嫁の気迫には敵わなかったのねー
    (衣が大事)

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    ヨンもヒドも、ウンスの気迫のこもった注意を
    聞かざるを得ませんね。
    ウンスね…
    心配で心配で心配で…
    怒るんだから。
    酷い怪我じゃなくて良かった…って
    心から安心しているんだから。
    闘うことになった理由はとりあえず置いといて、二人とも鍛えていた体だったから、そのくらいで
    すんだのよね。
    よ~く治療してね。

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    ウンスは二人の勝負を目前に決着がどうのではなくなっていて(^_^;)互いの体の怪我が心配で医仙としても家族としてもの気持ちが若干ゴチャマゼで二人に処置をしていきヨンアは大事な人を奪還( ̄ー ̄)一つの課題をクリア(^_^;)次の課題に着手(((((((・・;)ヨンア的に着手順が自然と成立していたのかしら…彼らはどうなる?どうする?ヒドさん大事な衣切り刻まれなくて良かったね(^_^;)

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