2016 再開祭 | 気魂合競・卌陸

 

 

広場で雨に打たれた濡れ鼠のまま、御前に伺う事は出来なかった。
キョンヒ様をお邸までお送りし、取って返した兵舎で身仕舞を整え、急いで伺った康安殿。

 

*****

 

「チュンソク」
桃色の頬を幾粒も、雨の雫が伝っていた。
俺を見上げるために仰向いたお顔に雨を受けているからなおさらだ。

「雨宿りをして行っておくれ」
そんなことはどうでも良いのだ。今更どれだけ濡れようと、兵舎に帰って着替えればそれで済む。
「キョンヒ様。俺は構いません、ですから」

門前で俺達の姿を見つけた門番は仰天し、傘を取ろうと慌てて門を駆け込んだ。
戻って来るのを待つよりも先にお送りした方が早いと考え、俺とトクマンはキョンヒ様とハナ殿を雨から庇いながら門へ踏み込む。

余りの激しさに敷石に白い煙が立つほどの雨の中、御庭の径を殿へと急ぐ。
その間もキョンヒ様は俺を見上げて、同じ言葉を繰り返した。
「お願いだから」
「キョンヒ様、俺は大丈夫です。それより急いでお着替え下さい」

何度そんなやり取りを交わしただろう。
最後にキョンヒ様の殿前で、半ばその背を押すように殿の軒下へと押し出すと
「姫様、ハナ!」
と小さく叫んで、殿から待ち兼ねていた乳母殿が走り出た。

「申し訳ありませんでした、自分がお連れしたのに」
頭を下げる俺を押し留めるように、乳母殿は廊下の板へ膝をつく。

「とんでもない仰せにございます、迂達赤隊長さま。それよりも隊長さまもお連れ様も、お体をお拭き下さい。その間にお召し物を」
「いえ、自分はこの後にも役目が。お暇前に儀賓大監にお会い出来ますか」

雨の中に立たせておくのも宜しくないと思って下さったか、それ以上何も言わずに乳母殿は頷き、転げるように渡り廊下を本殿へ駆けていった。
その間にハナ殿も
「一旦失礼いたします、チュンソク様、トクマン様」

それだけ残すとキョンヒ様の手をはっしと握り、有無を逸言わせず殿内へとお連れ下さる。
ハナ殿に連れられながら、キョンヒ様が幾度も俺を振り返る。
「チュンソク」
「チュンソク」

その呼び声が閉じた扉の内に消えて、残されて並んで佇む軒下で、初めてトクマンが首を振る。
「隊長」
「余計な事は言うな、トクマニ」
「いや・・・」

頭の先からずぶ濡れで嬉しそうに笑うと
「知ってるつもりでいましたが、姫様は本当に隊長がお好きなんですね。二日間ご一緒してよく判りました」
「・・・他の奴らの前では言うなよ」
俺の口止めに、トクマンは大きく頷いた。

 

*****

 

康安殿への回廊を急ぐ俺に、両脇に立つ迂達赤らが不思議そうな目を送る。
一体何だと内心首を傾げるが、足を止める暇はない。

殿の扉前に立った時、そこを守るチョモが
「・・・隊長」
と小声で呼んだ。
「王様にお会いしたい」
「はい。大護軍とご一緒ではなかったのですね」

何を言っているのかが判らずに思わず眉根を寄せた時、同じく俺の姿を確かめた内官が
「王様、迂達赤隊長がおいでです」
上品な声で、室内へと声を掛けた。

 

「迂達赤隊長。来たか」
引かれた扉内、玉座の王様はいつものように、穏やかなお顔で出迎えて下さった。
しかしいつもの様子だったのはそこまでで、大卓から振り返る他の方々の視線に驚いて、目のやり場をなくす。

いや、どなたもここにおられて不思議という方々ではない。
寧ろ俺以上に、ここにおられて当然ではある。
王妃媽媽、そしてチェ尚宮殿、最後につい先刻、雨の広場で別れた大護軍。
部屋に入った途端に御三方の視線を受け、思わず狼狽えてしまう。

「ご苦労であったな。大会は」
「・・・恙なく終了致しました」
「優勝はチェ・ヨンだそうだな」
「はい、王様」
俺が頷くと大護軍は明らかに厭そうな表情で、余計な事は喋るなと鋭い視線で釘を刺す。
「まずは隊長も座るが良い。チェ・ヨンはそれ以上、何も教えようとせぬのでな」

王様のお言葉に、俺は大護軍の隣の椅子へ腰を降ろす。
何故だ。あの時断固として診察をすると言い張る医仙に根負けし、大護軍とヒド殿は酒楼へ戻った。
俺とトクマンはキョンヒ様とハナ殿をお邸までお連れし、雨に濡らしてしまった事を儀賓大監と銀主公主にお詫びし、雨宿を勧めて下さる有難いお申し出を辞退し早々にお暇した。

大護軍は医仙の手当を受けられたはずだ。横に腰掛ければ、薄荷の涼やかな香りがする。
恐らくヒド殿との取組で負った打撲に貼った、湿布軟膏の香りだろう。

よく見ればその髪は湿っているが、手当てを受け濡れた衣服を整え、俺より先に御前に参上されたとは。
相変わらずの神出鬼没ぶりに首を傾げつつ、俺は姿勢を正した。

「して、大護軍」
王様は集まった俺達を見渡すと、大護軍へ玉体を向け直す。
「望み通り、王妃とチェ尚宮にも同席を頼んだ。一体」

大護軍はその場で目礼し、懐から一通の書簡を取り出すと、大卓の玉座の御前へ滑らせた。
「王妃媽媽のご意見も賜りたく」

御前に差し出された書簡は、昨日俺が腕を捻り上げたあの元の男のものではないだろうか。
王様は怪訝なお顔でお手に取った書簡へ目を通され、しばらくの無言の後にお目を上げると、硬い表情で御手中の文を王妃媽媽の御前へ滑らせた。

王妃媽媽はまさか、ご自身が渡されるとは思っておられなかったのだろう。
その御真意を確かめるよう、戸惑われたように王様をご覧になられる。
「王様」
「構わぬ。お読みなさい」
王様は今ご自身のお読みになった書簡の内容が真実なのかどうか、半信半疑のご様子で王妃媽媽におっしゃった。

昨日のテマンが間に立った、あの男と大護軍とのやり取り。
男が大護軍の前で懐に手を差し入れた時、俺はてっきり奴が懐から刃物でも取り出すのかと警戒して飛びついた。
代わりに文が出て来た時は、わざわざ元からそんな物を運んで来たのかと拍子抜けしたが。

獅子だ巨人だと意味の判らぬ言葉を交わした後に、大護軍は男へとおっしゃった。
托克托殿は、どうしている。
男は何も答えずに、テマンを介したその問いにただ咽び泣いた。

大護軍が托克托殿と呼ばれるからには、相手は尊敬に値する方。
王様が王妃媽媽に手渡された書簡。元の言葉を話す男。
この速さで手当を受け、医仙を一人置いて康安殿へ蜻蛉返りし、王妃媽媽とチェ尚宮殿までをお呼びになった。

そして先刻の一言。

王妃媽媽のご意見も賜りたく。

読まずとも文の中身が、そして大護軍が王様と王妃媽媽にこれから何をお話になるのかが判ったような気がして、俺は思わず大護軍の横顔を盗み見た。

 

 

 

 

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