2014 再開祭 | 木香薔薇・拾肆

 

 

「・・・御、医」
余りに意外な来訪者に、迂達赤兵舎の大門前で俺は声に詰まった。

篝火を焚くにもまだ早い、西空がやっと少しだけ金赤を帯びる刻。
もう少し経てば役目も上がり、昼の疲れを鍛錬の砂埃と共に水で流し、それぞれ大切な者の許へ戻る刻。
夜の歩哨に当たらなければ真直ぐ宅へ戻るも良し、酒を呑みに出掛けるも良し。
何方にしても気分が浮き立つような、暖かく和やかな春の夕刻。

そんな役目終わりに突然鍛錬場に走って来た今日の門衛の迂達赤が、視線でぐるりと鍛錬場を見渡してから
「隊長、大護軍に御客人が」
手近にいた俺を見つけ、駆け寄ると頭を下げた。

「大護軍はご拝謁に出ている」
手縛の鍛錬の手を止めて、俺はその新入りの門衛兵に首を振る。
「急ぎの御客人か」
「ええ、すぐにお会いしたいと」
「どなただ」
「それが・・・」

新入り故にまだ顔の見分けがつかないか、兵は戸惑うように声を詰まらせる。
「良い。俺が大護軍の名代でお会いしよう」

大護軍への御客人を、不在を理由に追い返すわけにはいかん。
何れにしろ新入りが見分けがつかぬなら、そうせざるを得ん。
まだ充分に明るい鍛錬場を振り返り
「すぐ戻る。手を抜くなよ!」

飛ばした声に鍛錬場の奴らは、全身土に塗れた姿で
「はい!」
と一斉に頷いた。

 

*****

 

「このような格好で、失礼します」

大護軍の御客人であれば、通常は階上の卓へご案内する。
しかし名代とはいえ、大護軍の許しなく使って良い場所ではない。
俺達の大護軍も、そして大護軍が命より大切にされる医仙もお世話になっている事は知っているが、面と向かうとどうしてもチャン御医の面影が先走る。

まだこの新しい御医には慣れない。
兵舎の中、階下の生木段に隣り合って腰を下ろし、俺はキム御医に頭を下げた。

鍛錬途中の平鎧。
一日中土の上を転がり回ったせいで、その下に着けた鍛錬着は袖も襟も履いたパジからも、叩けば埃が上がるほど薄汚れている。
それだけでも御客人を迎えるには無礼というのに、互いに碌に気心の知れぬ同士が向き合っているから、居心地の悪さは尚更だ。

しかしキム御医は特に気にする事もなく、逆に俺の気まずい顔にゆっくり微笑んで頭を下げる。
「とんでもない。此方こそ突然お邪魔しました」
「いえ。しかし大護軍は、王様へのご拝謁でお留守ですが」

俺の声にああ、と小さく得心したように呟いたキム御医は、
「いつ頃お戻りでしょうか」
と改めて問い掛ける。
「各衛の鍛錬予定のご報告なので、すぐにお戻りかと」
「では、お帰りを待たせて頂いて宜しいですか」

この夕刻に皇宮を出るでもなく、待つとおっしゃる御医に少し驚き、俺は誤解されぬよう頷いた後に丁重に尋ねた。
「それは無論構いませんが、何かお急ぎですか」
「急ぎというか・・・」

何だろう。チャン御医も確かに穏やかな男ではあったが、もっと判りやすかった気がする。
このキム御医は肚が読めん。穏やかな笑みの下で、何を考えているのかが判らん。
今まで何の為に大護軍に教えを受けて来たのか。
こんな調子では蹴りの一発二発は免れないと猛省しつつ、キム御医の顔をじっと見る。
そしてキム御医は俺の視線を気付いているだろうに、表情を変えるでもなく、穏やかな笑みをその面に張り付けている。

ああ、そうだ。チャン御医は穏やかだったが、楽しくない時は笑わなかった。
そこがこのキム御医との最も大きな違いだと、こうして向き合い改めて思う。
キム御医はいつも微笑んでいる。だからこそ、肚裡が読めん。
「・・・隊長」
「はい」
「出来るだけ早く、チェ・ヨン殿にお伝えせねばならぬようです。ウンス殿の件で」

口の利き方にも慣れない。俺達の大護軍を、そしてその大切な方である医仙を名で呼ぶところ。
思わず眉間に寄せた皺を見つかってしまったのか、キム御医は苦く笑うと、頭を下げて見せる。

「申し訳ありません。迂達赤の皆さんには失礼かも知れませんが、ウンス殿から名を呼ばれたいと言われているので」
悪い男ではないのは判る。ただ慣れないだけだ。
まして俺達は共に戦場へ出た事もない。男同士、戦場で共に死線をくぐってしか判り合えない事もある。

だが、どうしてだろう。この御医には、なぜこうも人を揶揄うような気配や雰囲気が纏わりついているのだろう。
態度がぞんざいな訳でも、礼を失している訳でもないのに。
しかし今はそれどころではない。キム御医の最後の一言に俺は背伸ばす。そうでなくば大護軍の名代など端から勤まらん。
「医仙に、何かあったのですか」

一気に張り詰めた俺の表情に、キム御医は相変わらず底の読めぬ笑み顔で首を振る。
そして決して聞き捨てならぬ事を、低く呟いた。まるでこちらを焦らすように、この緊迫した空気を愉しむように。

兵らは鍛錬の最中だ。鍛錬場以外の兵は、全員歩哨に立っている。
吹抜けの中、俺達以外には誰もいないというのに。
ああそうだ。だから俺は端からこの男が気に喰わんのだろう。そんな何処か芝居じみた振舞いが。

「若い男が、どうやら医仙を見初めたようなので」

その御医の一言に、俺は勢い良く生木段から腰を上げた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    キム侍医。
    なにか楽しんでません?(笑)
    チュンソクも慌てるよね!
    ウンスが絡んだら
    ヨンがどうなるか
    良く分かってるから…f(^_^;

  • SECRET: 0
    PASS:
    そりゃもう
    えらいこっちゃ えらいこっちゃ ですわ
    確かに 大護軍にすぐに知らせなきゃ
    迂達赤ならば みな知っている
    医仙に懸想などしたら どうなるか…
    高麗の平和にも関わることかもかも!

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