あなたはいつでも怖がってる。けれど私たちは乗り越えるしかないって分かってる。
あなたの脈を読み終えても、その手を離せずに握ってた。あなたも終わったと知ってても、そのまま握り返してくれる。
そして遊びまわって潮風でメチャクチャに乱れた私の髪を、少し笑うと丁寧に優しく直してくれた。
海風に揺れる温かい焚火にあたりながら、並んで眺める秋の海。
初めて見たわけでもないのに、少し寒くなり始めた海岸から見る海があまりにキレイで。
ソウルから見るのは海っていうより漢江だったし、学生時代から夏は海に行くよりも塾に行ってた。
そんな思い出しかない私だから、こうして一緒に海を見られればそれだけでとっても嬉しい。
他には何もいらないの。いつだってこんな風に一緒にいたいだけ。そして手を握って笑い合いたい。
「ヨンア」
「はい」
「海がきれい。絵ハガキみたい」
まるで初めて見た時みたいに、そんな風に伝えたい。だってあなたと一緒に見たのは本当に初めてだもの。
「はい」
私の心を知らないあなたは嬉しそうに頷いた。
この海も、そしてこれから降る雪も。
太陽も、月も、星も、あなたと見るたび伝えたい。
だってこの世界に、約束できることは少ないから。
いつも手をつないで伝えたい。ここにいるわ。あなたの横にずっといる。どこにも行かない。
それはね、私があなたを愛しているから。
あなたはいつでも怖がってる。心配してる理由は、今は言われなくても分かってる。
私が離れるのが嫌なんだろう。メヒさんのお墓の事があったから。
傷つかなかったって言えば、それは嘘になる。
それでも責める?今回のことはこの人は関係ないって分かってる。
もちろんお父様のせいでもないし、そうおっしゃった気持ちも分かる。
21世紀よりもずっと簡単に訪れる死。そしてそんな世界で武士として生きてる、愛するあなた。
お父様にしてみれば、誰より愛する息子。
そしてその頃はもう武閣氏としてお勤めをしてた叔母様は大切な妹だし、その中でご自分が出来る精一杯の思いで決断したはず。
それを責められる?私ならどうする?そう考えれば答えなんて簡単に出る。
伝わっても伝わらなくても、私はあの妹さんに言いたかった。
この人のせいじゃない。そして誰のせいでもない。
私はこの人を置いて行く道は絶対に選ばない。ただそれだけ。
だって心が痛いもの。私は勝手だから自分が苦しいのはイヤ。この人が苦しいって考えるだけで、自分の心が痛いんだもの。
この人が悲しむって考えるだけで、自分はもっと悲しいもの。この人がいなくなったら、私が絶対生きていけないんだもの。
私の愛はそんな風に自分勝手なの。でもそんな私を選んだのは自分だから、仕方ないわよね?
「ね、ヨンア?」
「・・・はい」
「私って、めんどくさい?」
突然ぶつけた直球の質問に、あなたは黒い瞳をぱちくりさせた。
しばらく黙って私をじいっと見てから、なんて言っていいか迷うみたいに、その唇がゆっくり薄く開く。
何か言うかな?って待ってるのに、言葉はないまま。
向かい合ったあなたの黒い前髪を、潮風がゆっくりと揺らした。
少ない声を確かめるよりおしゃべりな瞳が隠れるのは困る。私は自分の指を伸ばして邪魔な髪を整える。
「・・・面倒です」
私の指に微笑みながら、あなたは小さく言った。
「え」
「面倒で、それに」
あなたの声に思わず動きを止めた指を、追いかけてきたあなたのしっかりした指がそうっと握る。
まるでとても大切な、壊れそうな何かをこわごわ守るみたいに。
それはもしかしたら、愛にあんまり慣れてないあなたと私の心。
もしかしたら、二人で歩き始めたばっかりの私たちの結婚生活。
「それに、大切で」
そう言ってお互いの指を絡めて、あなたは手をつなぎ直す。
「大切で、愛おし過ぎて」
「・・・うん」
最後に諦めたみたいにふうっと頼りない息を吐くと、覚悟を決めたみたいに私の目を見て、困り果てた顔であなたが笑う。
「いなくなったら、生きて行けぬ」
同じなんだ。男も女もない。高麗も21世紀もない。
とっても原始的で、本能的で、そして変わらない。
初めて愛した人ではないかもしれない。でも誰より愛する人。
そしてこれからも永遠に変わらない気持ちを伝え続けたい人。
「ヨンア」
「・・・はい」
どう言えば正しく伝わるかも分からない、まだよちよち歩きの私の愛。
口に出すのは恥ずかし過ぎて、夕焼けが始まった海から視線を外して、後ろを振り返って。
「ヨンア」
もう一度呼ぶとあなたは不思議そうに私の視線の先を振り返る。
ああ、でもきっとその意味までは伝わらない。
目の前には大きな海、そして背中側には海岸に迫る山。
その山の重なり合う稜線に偶然浮かんでた夕焼け雲が光を受けて、ハートの形に光っている。
「ヨンア、あれ・・・」
そうだ、ハートがそもそもこの形になったのっていつ頃?
この形が人体の心臓を、そして愛してる気持ちを意味するようになったのっていつ頃なの?
少なくとも高麗では知られていないみたい。
愛する物知りの旦那様はハート形の空の雲を見て、もう一度私を見てから不思議そうに首をひねってるもの。
「はい」
「あれ・・・あれって」
「雲ですか」
「うん、天界であれはすっごく特別な形なのよ」
「特別な」
私たちはこうして毎日初めてに出会うだろう。そのたびに私はあなたに、そしてあなたは私に伝えるだろう。
愛してる。愛してる。
今日初めてこの景色を、あなたと一緒に見る幸運に感謝する。
愛してる。愛してる。
絵よりも写真よりもずっとキレイな一瞬の景色を積み重ねて。
あなたを死ぬまで愛してる。あなたなしじゃ生きて行けない。
「ねえ、ヨンア」
「はい」
でも今日は教えてあげない。だって面倒だって言われたもの。
冷たくなり始めた潮風の中、手をつないだままで立ち上がる。
鉄原は寒いって言われたし、ハネムーンで旦那様に風邪をひかせちゃったら医者として恥ずかしいわ。
あなたはまだ焚火の前に座ったまんまで、いきなり立ち上がった私を見上げた。
「今日はどこに泊まろうか?」
私は笑いながら、片手じゃ起こせそうもないあなたの大きな手を両手で握り直して、思いっきり引っ張った。
ピンクのグラデーションの夕焼け空を、カモメより一回り小さい影が飛んでいく。
「あの鳥、なあに?」
あなたは黒い目を空に向けて確かめるとすぐ頷いて
「海秋沙です」
って教えてくれた。
「海秋沙?」
「この辺りでは冬告鳥です」
ほらね?何でも知ってるのに、ハートの意味は知らないあなた。
だけど今日は教えてあげない。あなたが優しく聞いてくれるまで。
スキップするみたいに草原で待ってる馬たちに向かって歩く私の横で、あなたが私の顔をじっと見る。
「イムジャ」
「なぁに?」
「あの雲は」
浮かぶハート形の雲を指差して、あなたがやっと聞いてくれた。
賢い人は好奇心が原動力なのね。そうやって知りたがるのはとてもいいことだけど。
「教えてあげなーい」
だって面倒だって言われたもの。
体だけじゃなく声まで弾ませた私の意地悪に、あなたはそれでも困ったみたいに笑ってる。
あなたのその笑顔が、私を優しくする。そしてもっと意地悪に。
こんな風にお互いの表情が、まるで映し鏡みたいにお互いを笑顔にするから。
だから私は笑う。いつだってあなたの笑顔が見たいから。
私が泣けば、泣けないあなたはもっとずっと悲しいから。
一緒にいよう。どこまでも行こう。
能天気な私の気楽さを、いつもあなたに分けてあげたい。
まずはあそこで待ちくたびれてる馬たちのところまで。
大きな手を握って急に砂浜を全力ダッシュした私に引っ張られて、あなたは逆に私を支えるみたいに砂を蹴って走り出した。
【 2016 再開祭 | 海秋沙 ~ Fin ~ 】

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ウンスは
面倒見がいがあるでしょ
面倒だなんて 言っちゃう人には
責任取ってもらいましょ
ず~っと 一緒に
そばにいてもらいましょ♥
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ヨンとウンスのハネムーン、幸せいっぱいな様子に、ウルウル…。
「雪割草」で、テマンが言ってくれました。
山と、虎
川と、魚
大護軍と、医仙
って。
どれだけ季節が巡っても、変わらないもの…でしたよね。
生きていくのに、必要なもの…でしたよね。
幸せいっぱい、お裾分けしてもらいました。
ヨン、ウンス、幸せのお薬ありがとうございます。