2016 再開祭 | 気魂合競・卌弐

 

 

「ハナ殿」
トクマン君は晴れ晴れした笑顔で私たちの場所まで走って来ると、ハナさんの前で頭を下げた。
「もう降り出します。お送りしますから、帰りましょう。姫様もご一緒に」

ハナさんが何か返す前に
「駄目だ」
ってキョンヒさまの声がした。
「私は雨が降っても見る。最後まで見る」
「キョンヒ様」

トクマン君の申し出に助かったって顔をしてたチュンソク隊長は、予想外のキョンヒさまからの拒絶に困ったように眉を寄せる。
「トクマンの言う通りです。じきに降ります。今のうちにお邸へ」
「チュンソク、だって」
「王命にて、大会を見届けねばなりません。降り出す前にお帰り頂ければ、俺も安心です」
「嫌だ」
「キョンヒ様」
「みんな頑張っている。残ったお二人だけではない。チュンソクもトクマン殿も、みんな頑張った。一生懸命に鍛錬したはずだ。私は知っている」
「姫様」
「今回は運が悪かった。お二人の取組を拝見すれば、次はみんなもっと強くなれる。だから見るだけでも」

ハナさんは困り顔で、トクマン君とキョンヒさまに目を泳がせる。
私も困って広場の向こうのあなたと目を合わせると、聞こえてないはずのあなたが首を振る。

帰って頂けってことよね?
その時、黒い瞳が私から逸れると空を見る。
そして最後の試合に備えて整えてる広場の隅っこ、大きな杉の木の上から鋭い音がした。

チュンソク隊長とトクマン君、タウンさんチンドンさんが気付いてその木を見上げる。
何を見てるか分からずに、みんなを見渡す私の頭の上に一滴。

あ、と思って、遅れて空を見上げる。その大きく開いたまつげの上に一滴。

審判さんたちが数人固まってあの人とヒドさんのところへ駆け寄ると、何か素早く言葉を交わした。
あの人とヒドさんは首を振って、同時に椅子から立ち上がる。

そして審判さんは観客席へ振り返ると
「最終の取組を始めます!」
と大きな声で告げた。

 

トクマンは降り始める前の帰宅を促しているのだろう。
目当ての侍女殿は返答する様子でもなく、敬姫様が身振り手振りでチュンソクに何か語り掛けている。

しかしチュンソクの渋面を見る限り、説得がうまく行っているとは思えん。
挙句の果てにはあの方までが顔を上げ、救いを求める瞳で俺を見た。

あなたは嬉しいかも知れん。あなたの好きな雨が来る。
俺はその瞳に示すように、空を見上げてみる。
同時に気付いた樹上のテマンの指笛が広場に響く。

あなたは遅れて気付いたように、周囲を見渡す瞳を空へ上げた。

一滴。また一滴。

今まで堪えていた温かい雫が、暗い空から落ち始める。
広場の乾いた白い土の上に、小さな水玉模様を描く。
「チェ・ヨン様」

俺とヒドとが陣取る長椅子の前に駆け寄った審判の一団が、阿るように俺達に問うた。

「どういたしましょう。この後止みそうもありません。決勝戦は明日に持ち越しを」
「そんな間抜けな事が出来るか」
「幾日も割けん」

ヒドと俺は首を振り同時に長椅子を立つ。
「では」
審判長は俺達の表情を確かめると観衆へ振り返り
「最終の取組を始めます!」
と、その人垣へ声を張り上げた。

 

雨粒が徐々に重みを増して落ちて来る。
天を見上げれば先刻まで流れていた灰色の雨雲は動きを止め、暫し居座るつもりらしい。
「ヨンア」
「何だ」

東西に分かれる直前に呼ぶと、奴は足を止め肩越しに視線だけを投げて寄越した。
「本気で行く」
「望むところだ」

こんな機会はなかった。この先も奴の敵になる事など有り得ぬ。
神仏を信じるなど絶対ないが、その信じぬ神仏に誓っても良い。

もしも次に拳を交えるとすれば、二度と参加する積りのないこんな角力大会の時だけだろう。
だからこそ知りたい。お主が今、どれ程強くなったのか。

俺の中のお主はあの頃のまま。末弟として皆に手荒く可愛がられ、隊長に師事して雷功を伝授されていた。
若くて幼く、時に技の制御も儘ならず、故に日々目覚ましく伸びていた赤月隊時代。
最年少の部隊長として隊を率い海上の倭寇を蹴散らしても、済州の牧子の小競合いを平定しても、それが終われば仔犬のように俺達の間を駆け廻っていた頃のまま。

見せてみろ。あの後に残った傷が、お主をどれ程強くしたのか。
そして生涯あの女人を護ると決めたお主の覚悟を。
「楽しみだ」

俺は最後に手甲を脱ぎ捨てながら、広場の中央へ進み出た。

 

「楽しみだ」
小さく頷いたヒドは躊躇なく黒鉄手甲を外すと、そのまま二度と振り返らずに広場中央へ歩き去る。

長い日照りに苛まれ白く埃を上げていた地は、ようやく降り始めた頼りない雨ではまだ湿り気を取り戻せない。
観衆も久方振りの喜雨に帰宅を焦るどころかその温い雫に一層歓喜したように、中央へ進み出る俺達に声を浴びせる。
「大護軍!」
「チェ・ヨン様!」
「兄さん、負けるな!」
「どっちも頑張れ!!」

そしてあの方の髪はまだ吹く風に揺れている。
あの髪が揺れているうちに勝負をつけたいが、ヒド相手にそれは無理な相談だろう。

兄であり、仲間であり、戦場で幾度も生死を共にして来た盟友。
兄弟弟子であり、誰よりも近く、奴の傷は俺の痛みでもあった。
敵対するなど有り得ない。内功や鍛錬以外で組合った事もない。
迂達赤と手裏房へと道が分かれて以来、その機会すらなかった。

奴の強さは誰より知っている。
木葉一枚から鉄鎧まで自由自在に切り裂く風功の凄まじさ。
隊長も言っていた。運気調息を覚えるだけで桁違いに強くなる。
呼吸が整えば体も整い、武技を制御できるようになる。
内功を習得するのはその次の段、そこまで到達出来る者はごく僅かだと。

その内功遣いの俺達が組み合って、一体どんな取組になるのか。
知りたい慾が湧き上がる。弟としての興味でもある。
隊長の教えを引き継いだ今やこの世に二人きりの俺達が組み合って、一体何が起きるのか。

審判長が向かい合う俺達の間に腕を差し込み左右へ分けつつ、一息大きく吸い込むとその腕を振り下ろし、最後の声を掛けた。

「始め!」

声と同時に興奮が最高潮に達した観衆から、熱の塊のような声援が押し寄せた。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    ドキドキドキ
    ここまできたら
    最終決戦見なくちゃ
    キョンヒさまの気持ちもわかる
    でもね 雨にぬれちゃうのも…
    ウンスも この時ばかりは
    雨喜べないかも~
    どちらも 怪我しないで~
    指の隙間から…ガン見!

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    ワクワクドキドキです!
    雨なんか気にしてられない。
    濡れたっていいじゃんって思いながら
    観衆の一人として、コーフンしながら
    応援してます。
    やっぱりヨンアに勝って欲しいけど、
    ヒドさんの強さが分かる勝ち方が
    いいなぁとワガママな思いです。

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    思い出しちゃいました…
    「迷迭香」のとき、
    敵から逃れようと馬を走らせていたウンスが、
    馬と共に倒れ…
    地面に投げ出される瞬間、ヒドが軽く風を送ってくれたらしく、ウンスは大怪我をしないですんだんですよね。
    それでも攻めてくる敵の鼻先で、ヒドが、馬の鞍に片足だけかけ、ウンスを掬い上げてくれて…
    山の坂道だから、別のところで闘っていた
    ヨンが、必死にウンスの傍まで馬を走らせて、
    ヒドから、ウンスを受けとりチュホンの上に乗せることができた…あの場面…
    ヨンがウンスを抱き抱えながら、鬼剣から雷を…
    ヒドからヨンへの、すっごく逞しい
    男たちの連携プレイ…
    あれでねぇ…、私はすっかりヒドに惚れましたよ。
    ヨンとヒドの試合。
    勝者は必要なのですよね・・
    試合ですものね・・
    ヒドにも、あのときみたく男らしくいてほしい。
    でもね…
    ヨンに勝って欲しい!……ナ

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    さらんさ~ん、さらんさ~ん❤
    良いところで次回へ!
    本当にドラマを見てるようです(^^)
    決着はつくのかなぁ?
    ワクワク、ドキドキ!

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    は、始まった(((((((・・;)真剣勝負決着着けなきゃダメ?両者最強でダメですかよ(T0T)私は両者最強でよかです(((((((・・;)言葉おかしくて申し訳ない(´Д`|||)土壇場でビビリ入りましただよ(T_T)

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