2016再開祭 | 茉莉花・廿捌

 

 

「馬をお返しに伺った」

豪奢な瓦葺の門前で伝えると、門衛の家人が頭を下げた。
「主より承っております。ようこそおいで下さいました、大護軍様」

先触れを出していた分、下手すれば門で早々とあの少女と直接対決かと覚悟していた。
どうやらそうはならずに済みそうだ。
周囲に眸を走らせる限り、あの小生意気な声も姿もない。
チェ・ヨンは安堵の息を吐き、ウンスを横に手綱を牽いて仔馬を歩かせ門をくぐる。

二人と、牽いた仔馬とを庭へと真直ぐ案内しながら
「厩舎はこちらでございます」
先導の家人は先日娘の祝宴を催した、大きな庭の隅を指す。

其処に建つ真新しい厩舎を一瞥し、チェ・ヨンの黒い眉が寄る。
判院事のお抱え大工は一体何を考え、こんな代物を建てたのかと。
見た目は立派だ。白木の壁や瓦屋根の価値が馬に伝わればの話だが。
しかし造りは話にならない。

四方の壁の一方に扉をつけ、他の三方を白木板でびっしりと覆ってしまっているのだ。
冬の寒さには強かろうが、今時分は風が抜けねば中の馬は暑さですぐに参ってしまう。
出入り扉がこんなに小さくては、表から中の馬の様子が全く見えない。
それどころか、仔馬が育てば扉の出入すら出来なくなるかもしれない。
おまけに丁寧な事に、床にまで一面板を打っている。
馬の排泄物は藁を抜けて其処へ染み込み、木床などすぐに腐り落ちるだろう。
若しくはそうならないよう付ききりで、一日中床板を洗い続けるつもりか。

百歩譲って厩舎は寝るだけの場所とし、いつもは表に繋ぐとするなら。
表に飼葉桶と水桶が必要だ。その設えが何処にも見当たらない。
厩舎の中の飼葉桶と水桶は動かせぬよう、釘で馬房の横木に据え付けている。

そして何より肝心の物。厩舎の傍に井戸がない。
馬が飲む水、そして馬体を洗い、蹄を手入れする水を何処から持ってくるつもりだ。
馬一頭が一日どれ程の量の水を必要か、知っているとは到底思えない。
外華内貧。見た目だけは華々しく中身は全く伴っていない。
ただの虚仮威し、厩に不要な瓦を葺くのがそのいい証拠だ。
床は土のままで良い。
本当に馬を考えるなら、夏冷たく冬は藁で厚く覆える土の方が利便が良い。
馬房の馬体に雨や泥が跳ねぬよう深い軒を取る。
雪でも潰れぬように全てが厩舎裏へと落ちる片滑りの屋根が良い。
寒ければ秋からは三方の壁を板で覆ってやれば良い。
その為四方柱は充分重みに耐えられるよう太く詰まった物を選ぶ。

井戸の近くに建てるのだけは絶対だ。長く飼い、丈夫に育てたいなら尚更に。
一日二日ではない。普通に飼えば二十年、長寿では三十年生きる馬もいる。
そこまでの寿命を全うさせるには、人間の見栄でなく馬が本当に必要な物を考えなければならない。

しかし今更建った厩舎に口を挟めない。
チェ・ヨンは呆れた息を吐くと、牽いて来た仔馬の鼻面を撫でた。
お前の宿命だ。ここでどれ程長く生きられるかは判らないが、少なくとも喰うに困る事はなさそうだ。
せめて思い切り走らせてもらえれば良いが、この厩舎を建てた主だ。過ぎる期待は禁物だろう。
可愛がるだけ可愛がり、大きくなって飽きて捨てられる事だけはないように祈りながら。
「おお、ようこそ大護軍!医仙も来て下さったのか。いやいや、お待ちしておりましたぞ」

その時、今日も腹を揺らしながら満面の笑みを浮かべ、母屋の扉から転がるように判院事が飛び出して来た。
無言で頭を下げた後、顔を上げたチェ・ヨンは低く言った。
「大監」
呼び声に期待するよう目を見開き、無邪気とも思えるような顔で頷く判院事の二重顎から眸を背け、ヨンは声を重ねる。
「水を頂けますか」
「水、勿論だ。すぐ運ばせよう。これ!誰か!」

慌ただしく屋敷内へと声を掛ける判院事に、チェ・ヨンが念を押すように続けた。
「水桶一杯に」
その注文に呼びつけられ飛んで来た家人と判院事は、目を白黒させた。

 

 

 

 

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