2016 再開祭 | 紙婚式・拾壱

 

 

「大護軍、医仙様」

長の庵の中に踏み込むや中に居た全員が椅子から腰を上げ、此方へ向けて深く一礼した。
その視線の中庵を横切り、最後に目前の村長へ視線を下げる。
「待たせたな、長」
「とんでもない。こうしてまたお会い出来て嬉しいばかりです」

長は深い声で言うと、続いて脇のこの方へも頭を下げた。
「医仙様、いえ、奥方様も、お元気でいらっしゃいましたか」
「はい!お久しぶりです、村長さんも領主様も!皆さんもお元気でしたか?」

明るい声と勢い良く下げた頭に、場の空気が途端に和む。
居合わせる長も、巴巽の長老らも、そして関彌領主シン・セイルもそれぞれが目許を綻ばせて頷く。

・・・良いだろう。
誰にでも好かれ、周囲の者ら全てを味方につけるこの方にはもう慣れた。
小さく吐いた息をどう読み違えたか
「申し訳ありません、お席もお勧めせず。どうぞお掛けになって下さい、お二人とも」

長は急いで椅子を示し、俺達の着座を待って続いて各々が腰を掛け直す。
この方への優しい扱いに悋気を抱いたとも言い出せず、俺は一先ず口火を切った。

「急で済まん。鍛冶は」
「鍛冶場で大護軍を待っております。この度は剣ですか大護軍、それとも弓でしょうか」
卓に向かい合う長に尋ねられ、即座に首を振る。
「いや。針だそうだ」
「鍼、とは、あの経穴に打つ」
「ああ、違うんです、村長さん」

視線でこの方を確かめると小さな頭を振って、この方は桃色の包みを解いた。
そうして手を動かしつつ
「鍛冶さんにも後で改めて見て頂きたいんですけど。私が欲しい針は鍼灸用のものじゃなくて」

言いながら包の最奥の入れ物を出し、開いて中から薄く細長い紙包を取り出す。
小指の半分よりもなお細いその包を示すと
「これがその注射針なんですけど。本当はこれよりもっと短くて小さなものが欲しいんです。点滴用に。
でもひとまず今持ってるのが、これしかなくて」

細い指が丁寧にその紙包の先端を破る。
出て来たのはこの方の小指の爪程の、半透明の漏斗のような物。
その先に取り付けられた見るからに鋭い銀の針。
確かに経穴に打つ鍼とはその形が全く違う。短過ぎる。第一
「イムジャ」
「ん?」
「何故その針は、筒になっておるのです」

俺の声に卓の全員が、もう一度興味深げにこの方が指先に摘まむ針を確かめる。
「ヨンア、目が良いのね。その通り。これは本当は、これだけじゃ使い道がないのよ」
この方は誇らしげに俺に笑って頷いた。その意味が判らぬ。

「使い道が、ない」
「そう。この針自体は体の中、主に血管に直接薬を入れる為の道具なの。
まあ体内に溜まった体液を抜いたりもするけどね。
本来はシリンジっていう筒と、プランジャーっていう可動式のバーも必要。
でも今まず何より必要なのは、輸血や水分補給に使う点滴の道具。点滴液を入れるガラス容器と針さえあれば」

そこまで言って声を切り、この方は卓の一同を見渡した。
其処に並ぶ俺以外の男らは聞き慣れぬ天界語に、茫然とこの方と指先の針とに視線を彷徨わせている。
判る。初めて目にすれば、耳にすればそんな気にもなるだろう。
何を言っているのか判らずに、この方に後光が射しているような気分になろうというものだ。

さすがの長もこの方の声が途切れてようやく我に返ったように
「・・・申し訳ありません。つい聞き入っておりました」
それだけ言って頭を下げると、改めてこの方をじっと見た。
「医仙様」
「はい、村長さん」
「これは人の命を助ける道具ですか」
「もちろんです。口から飲食できない時にも、全部吐いたり下しちゃう時にも、これを刺して必要なものを直接体に入れられる。
血液型さえ分かれば、大ケガや手術をしても輸血で助けられます」

その声に長は心底嬉し気に、優しい声で呟いた。
「・・・喜びます」
「はい?」
次は長の言葉の意味の判らぬこの方が、鳶色の瞳を見開く番だった。

それ以上は何も言わず、長は俺へと視線を移す。
この世に生きる武人なら、そして当代一の武器を鍛える鍛冶なら、一度くらいは心の中で思う。
己に向けて問うてみる。命を奪ってばかりだと。相手を殺めてばかりだと。

俺は斬り続け、そして鍛冶は斬る為の刀を打ち続けてきた。
気付いた時にはその道が目前にあり、迷う事無く進んで来た筈だ。
それなのにこんな静かな夜、一人きりでふと思う。
何故この道を選んだのかと。誰の為に進むのかと。

今の俺には敵を斬る理由がある。
護る方の行く手を阻み、その方に害為す者を斬るのに躊躇はない。
だから塞ぐなとだけ願う。
この方が、そして王様が進むべき道を塞ぐ事なくば斬らずに済む。

恐らく鍛冶も同じだろう。一日中あの工房で燃え続ける真赤な炉。
日がな一日汗を垂らし、その火を見張り、鉄と格闘する鍛冶。
そうして打ち上げた刀は、人を斬る為だけに鋭さを増していく。
如何に苦痛なく斬れるか、刃毀れなく斬れるか、殺める為により良い刀を打ち続ける。

斬るのも気分は滅入るが、斬る為の刀を打つのも大差はなかろう。
俺がこの方によって赦されたように、鍛冶もこの方の医術道具を拵える事で救われるのかも知れぬ。

だから皆がこの方に惹かれる。この方に救いを見つけるから。
長はそれ以上何も言う事無く、静かな眼差しで俺を見ている。

同じだ。俺も、長も、鍛冶も、そして高麗に生きる全ての者が。
この方の中に光を見る。唯一つ変わらずに明るい方へ導く光を。
そして俺は判っていながら、誰より眩しいあなたに惹き寄せられる全ての者に悋気を抱く。
朝の太陽も夜の月も、その光を独占出来る者などこの世に居らぬと頭では知っていながら。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    あー、なんかグッとくる
    武士や鍛治、この時代守っていくのに仕方ないから
    でも、心の片隅にはヨンや長達の感情があって…
    うまく言葉に出来ないけど人を助ける道具を作る事で少し楽になるといいなぁ
    そしてヨン、そうだね独占したいけどウンスはみんなにとって光だよね
    でも、独占したい、きゃ、羨ましい!

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    さらんさま
    「・・・喜びます」の一言がとても深いですね。
    高麗の人たちにとって、ウンスは眩しく輝く存在なのですね。
    ヨンの悋気も可愛いです
    お話、朝に晩に読ませていただけて、幸せです

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