2016再開祭 | Advent Calendar・14

 

 

「テウさん」
「はい」
「おまんじゅう・・・」

GS25の前を通り過ぎながら、クォン・ユジが店内を覗き込む。
確かにレジ近く、円筒形のガラスケースにチンパンが並んでいるのが見えた。

ガラス越しの店中、若い学生たちがカウンターで笑い合いつつカップラーメンやら菓子袋やらを広げている。
ガラスのせいで声は聞こえないが、店内はさぞ騒がしそうだ。

冗談だろう?本部への登庁のせいで、俺も彼女も雪には相応しくないスーツ姿。
この格好であの中に一緒に交じり、カウンター並んで饅頭を齧るなんて想像もできない。

「おまんじゅう売ってますね。ほら。見て下さい?」
「それは間食でしょう。しっかり昼飯を食べないと」

そんなに饅頭が好きなんだろうか。
背中に遠ざかっていく店を未練たらしく振り返ったままの彼女の頭を軽く押さえ、ひとまず前を向いてもらう。
「危ないですから、前を向いて歩いて。転びます」
「・・・おまんじゅうなら、テウさんにごちそうできるのに」
「判りました。また次の機会で。今日は俺が御馳走しますから、饅頭ではなくてきちんとした食事を」

そう言うと途端にクォン・ユジの表情が曇る。
女性に金を払わせる趣味はない。たとえガード対象者でも。
だいたい俺と一緒にいながら、自分が御馳走するなんて言うのは100年早い。

・・・いや、別に100年後も一緒にいたいという意味じゃないが。

「何が食べたいですか」
気分を変えようと問い掛けると、即答が聞こえる。
「おまんじゅう!」
「以外で、お願いします」

どれだけ好きなんだよと、呆れた白い溜息が雪の中へ立ち上る。
「でも・・・あの・・・」
「これでも上級公務員です。遠慮せず」
「そうじゃないんです。そうじゃなくて・・・」

クォン・ユジも不思議そうに首を傾げて白い息を吐いた。

「私も普段は、こんなにおまんじゅう食べたくなる事はないです。
冬の間に、1回か2回くらいしか食べないんですけど・・・テウさんと一緒にいるようになって、昨日からすごく食べたくて。
雪だから?寒いからですかね?」

ぐるぐる巻いた白いマフラーにすっぽりと顎を埋めて、こちらを見上げる瞳。
その長い睫毛にひらりと落ちた、ひとかけらの雪。
ですかね?と聞かれても答える術はない。俺は彼女の事をまだ何も知らない。

・・・いや、知りたい訳でも、知る程長く一緒にいる気もないが。

そう思いながら、睫毛の上で雫になった雪から目を逸らす。

ヒョナとの時には、仕事が根本にあった。
初めての相棒と呼べる対等なパートナーシップと、誰に遠慮をする事もなく互いを守り、守られる関係。
もちろん大好きだったし、心から頼って欲しいと思った。
だからこそ俺の行き過ぎた捜査であいつを失った時、もう二度と誰かとそんな関係は築けないと思った。

ウンスの時には、憑かれたように守らなければと思った。
誘拐事件の被害者として、記憶を失ったと信じていた。
けれど今考えてみれば、俺の存在は彼女を居るべき世界に戻すステッピング・ストーンだった気がする。

俺が連れて行かなかったら彼女は二度と奉恩寺に足を踏み入れる事はなかっただろう。
俺との会話がなければ、高麗時代の記憶は無理に封印された歪みとして残っただろう。
二度と崔 瑩の事など調べる事もなく、彼は死んだと思い込んで。

Everything happens for a reason.

起きるべくして起こる。全ては見えない手で決められている。
人はその手に身を委ね、まるでチェス・ボードの上の駒のように何かの力に動かされ、次に動く場所を決めていく。
ただ勘違いしているだけだ。自分の意志と力で動いていると。

そして今、目の前に現れたクォン・ユジ。
単なる事件の目撃者、ガード対象者として守り切れば良い。
互いの人生に大きな影響を及ぼす気配があるとは思えない。

ゴールは見えている。
このまま行けば大統領は韓国の弾劾制度が導入された1987年以来初、罷免を受ける元大統領となる。
正にそこがゴールだ。
それさえ終わればクォン・ユジがどんな情報を握っていようと、この国にとって無用の記憶になる。

その日までのカウントダウン。
大統領直属機関に所属する立場で口が裂けても言えないが、X-デイは遠くはない。
現在の状況は、それをより早く確実に起こす為の証拠固めの時期だ。
それこそX-デイまでのアドヴェント・カレンダーを捲るように。
だから内部からの証言は重く、口を開かせたくない奴もいる。

その期間さえ逃げ切る事が出来れば、後はもう安心して良い。
その期間さえ守り切れれば、何もなかったように別れられる。

だから今日もまた1つ、アドヴェント・カレンダーの窓を抜く。
そこに菓子かおもちゃの代わりに何かが入っているのかも判らないままに。

今日窓から出て来たのは、クォン・ユジは饅頭が好きだという、愚にもつかない情報だった。
明日こそ菓子くらい楽しめるような何かが入っていて欲しい。

心から願いながら、俺達は雪の中を並んで歩いた。
饅頭ではなく、雪で冷えているだろうクォン・ユジを温められる昼食を取れる店に向かって。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    されど饅頭…
    あれじゃなきゃ ヤダ! 言われるよりは
    「饅頭がいい」って言う感じのほうが
    いいと思うけど(笑)
    そこが 魅力ね
    ユジさん ふつうのお嬢さんなのよね
    とんだことに 巻き込まれちゃっただけ 

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