2016 再開祭 |三角草・後篇 〈 壱 〉

 

 

「心の臓が」

チャンヒを奥に寝かせた後に1人で戻って来たお母さんは、私の説明に逆に驚いたような表情を浮かべた。
本人に直接聞かせるには、まだ患者は若過ぎる。どんなに賢くても、自分の病状を正確に受け止めるには幼過ぎる。
そして成長の過程で本人が覚えていないような病状でも、保護者なら知ってるかもしれない。
それを確認したくて、訪問をしたんだけど。

その反応を見てすぐ分かる。チャンヒはお母さんに隠しているんだ。
でも家族である以上、まずは知っておいてもらわなきゃいけない。
万一ひどい発作が起きた時にも、お母さんが知らなければ対処だってできない。

私はお母さんに頷いて説明を続けた。
「はい。今までにも発作はあったはずです。本人も言ってましたが、1か月に1度くらい、もしくはもっと頻繁に。
今まで苦しそうだったり、気になる様子はなかったですか?」
「全く気が付きませんでした」

お母さんは、自分の方が心臓が痛そうな顔で首を振る。
「小さい時から言わないんです。痛いとか苦しいとか。麻疹で熱にうなされても、心配かけてごめんねって言うような子で」
「そうなんですね」
「悪いんでしょうか」
「すぐに命に関わったりはしません。ただ自然に治るのは難しいですし、発作が起きれば本人はつらいです。だから」

だから、治療を?カテーテル手術はムリと分かってるから、せめて投薬を?
出来るかどうかも分からない治療、あるかどうかも分からない薬を約束するなんて、医者として無責任すぎる。

でも患者の家族に弱音は吐けない。そんなことをすれば、家族まで希望を失うかもしれない。
「だから、セカ・・・ええと、私以外の医者にもいったん相談を。任せてもらえませんか?」

私の申し出にお母さんはキッパリ首を振る。
「とんでもない。身に余るお話ですが、大護軍様と奥方様にご迷惑をかけるなんて出来ません。何の所縁もない私らが」
「違います、お母さん。私がそうしたいんです」

分かってる。でも待ってる暇があるなら、自分で出来ることを考えないと。
考えても出来ることがないなら一刻も早く他の先生に相談して、みんなで方法を探さないと。

そうしないと慶昌君媽媽の時みたいに、後悔することになる。
あの時何かできなかったのか、ずっと考え続けてしまう。
知らなかったならまだしも、こうやって知ってしまったのに。

チャンヒのお母さんの小さなお店の中で、向かい合った私はどうにか笑って見せる。
「これでも、優秀な医者なんです。大船に乗ったつもりでちょっとだけ、任せてもらえませんか?
泥船だと思ったら、降りて頂いて構いませんから」
「チャンヒの母さん、それは本当だよ。旦那は不愛想だけど、こっちの奥方は信じていい。あたしが保証する。
困った時はお互い様だろ」

どこまで本気か分からないマンボ姐さんの声に、お母さんは笑うべきか遠慮すべきか分からない顔で悩んでる。
悩んでる暇はないんですよ、患者は苦しいんです。そう言いたい、だけど言えない。
医者を選ぶ権利は患者側にある。もし断られても、私には今言えることを伝えるしかない。

「まだ決められないようなら、お願いがあります。
チャンヒが次に苦しそうにしたら、息こらえ・・・えーっと、息を止めて胸とお腹に力を入れる。
ムリしない程度にして下さいね。それから、冷たいお水を飲むのも有効です。近くに井戸はありますか?」
「はい、裏に」
「じゃあ、新しいお水は手に入りやすいですね」
「はい、奥方様」
「発作が起きたら、もちろん教えて欲しいです。でも比較的短い時間で回復しているようなので、着いた時には診察くらいしか出来ないかもしれませんが。
ただ発作の頻度や回数は大切な情報なので、お母さんに覚えていて欲しいんです。もしも今後私じゃなく、他の先生に診てもらうとしても」

そう説明しながら、心のどこかで無理かもしれないとも思う。
チャンヒが隠しているなら、今日みたいに倒れたりしない以上、他の症状のない頻拍を確認するのは難しい。
心電図が取れない現代で、理想は1か月くらい付きっきりで一緒にいることなんだけど・・・さすがにこの人は許してくれないだろうし。
私は横のあなたをチラッと見る。

視線に気づいて小さく、でもキッパリ振られてしまったその顔を見て、唇を噛む。
分かってる。分かってるけど、でもね?
もしあなたがとってもえらい大護軍じゃなければ、お母さんも恐縮しないで私に任せてくれるかもしれないのよ?

あなたのせいじゃないって分かってるのに、危うくそんな八つ当たりみたいなことまで口走りそうになって。

 

*****

 

「チャンヒ、だったね」

典医寺での相談から2日後。
私との約束通り早々にチャンヒの家まで来てくれたキム先生は四診を終えると、向かい合うチャンヒに笑いかけた。

あの後は特に症状が出ていないのか、知らせは来なかった。
自宅スペースらしい小間物屋の奥の小さな部屋で、向かい合ったチャンヒは私とキム先生を順番に見て、緊張した顔で頷いた。
「はい」

あの日は笑ってくれたけど、今日はその笑顔も見えない。
そりゃそうよね。この3日で今まで見も知らなかった大人が2人も自分のところに来れば、こんな小さい子なら当然。
キム先生はそれでも穏やかな顔のまま
「ずっと我慢していたんだね」
優しい声で、それだけ言った。チャンヒはその声に目を丸くして、キム先生をもう一度見た。

「苦しい時が、たくさんあったろう。脈を読むと判るのだよ。人は嘘をつくけれど、脈は嘘をつけないんだ」
「がまんは、してないです」

キム先生の視線から隠れるみたいに俯いて、小さな声でチャンヒが言った。
「がまんしたんじゃなくて・・・」
チャンヒはそこまで言うともう一度顔を上げて、私たちを見る。

「私、もういやなんです」
「厭なのか。何が厭なのかな」

キム先生の質問には答えず、チャンヒは私たちの前で黙り込んでしまった。

 

 

 

 

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