「決勝戦は、二勝先取と致します!」
観衆も最後だと判っている。
広場の中央に集った俺とヒド、そしてトクマンとが三つ巴で向き合った。
「三名総当たり、一番先に二勝した方が優勝です」
審判の声にトクマンが緊張した顔で頷き、ヒドは空の雲を仰ぎ見、そして俺は人垣へ眸を流す。
最後だ。あの方の周囲は今も穏やかなまま。
観衆は興奮してはいるが、先に敗退したチンドンや禁軍らも辺りを守っている。
「まずはお二人から」
審判長はそう言って、トクマンとヒドとを掌で示す。
泣いても笑っても残り二戦。
相手がヒドとトクマンならば心置きなく組み合える。
互いの顔を確かめて小さく頷くと、俺は一人広場の隅へ退いた。
審判長さんの
「三名総当たり、一番先に二勝した方が優勝です」
って宣言に、チュンソク隊長が小さく言った。
「大護軍か、ヒド殿か」
「トクマン君は?」
ハナさんの手前そう聞いてみると、チュンソク隊長は残念そうに首を振った。
「確かに迂達赤の若手の中では強いですが、お二人には敵いません。そもそも我らは医仙に無事にお帰り頂く為に出場したので。
こうなれば優勝が大護軍であれヒド殿であれ、もう心配いりません」
「チュンソク隊長」
「はい、医仙」
チュンソク隊長はそのまま律義に、声の続きを待っててくれる。
どこまで話していいんだろう、私が賞品として大会に担ぎ出された本当の理由。
だけどこのままじゃ、まるで私が何も知らず不本意に賞品にされてるみたいで。
みんながそんなに頑張ってくれてるように、王様や媽媽や叔母様も先の事を考えてのことなのに。
何しろ尊い方々が絡むお話だから、私はうんと声を小さくする。
TVの時代劇だとこういう場面での内緒話は都合よく誰の耳にも届かないけど、現実世界ではそうはいかないだろうし。
「あのね、くわしくはゆっくり話すけど、でも王様も媽媽も私を賭けに使ったわけじゃないの。
でもこうでもしないと、あの人が出場しないから」
私が広場の隅っこのベンチに1人だけ座ってるあの人に目を走らせると、チュンソク隊長は頷いた。
「確かに。医仙のお話が出るまでは、全く興味がなさそうでした」
「でしょ?今回、王様や媽媽や叔母様は、軍人以外の民間人から強い人を見つけたかったの。
そのためにはあの人やみんなが直接取組してみるのが一番早いだろうって、だから」
「そうだったのですか」
そこまで言ってチュンソク隊長は思い当たったように、横に並ぶキョンヒさまを見る。
「まさか、医仙」
「そうなのよー」
見透かされた浅知恵に、私は上衣の袖をいじくりながら頷いた。
「キョンヒさまやハナさんも来て下されば、みんなもっとやる気が起きるかなって」
「・・・乗せられました」
私の言い訳にチュンソク隊長は何とも言えない苦笑いを浮かべる。
「悪気はなかったのよ、でも」
「判っています。医仙は意地の悪い方ではないですから」
「チュンソク」
ご自分を見るチュンソク隊長をキョンヒさまが呼んだ。
「ウンスが意地悪なわけがない。チュンソクも知っているだろう」
「勿論です」
「じゃあ喧嘩はしないで。ウンスが誘って下さらなければ、私から事情を伺いに行こうと思っていたんだ。ウンスは悪くない」
「はい」
チュンソク隊長はキョンヒさまに優しく頷き返す。その時、冷たい強い風が勢いよく広場を吹き抜けた。
これ以上天気はもちそうもない。
雨を運ぶ強風に、俺はヒド殿と目を合わせた。
互いに小さく頭を下げると待っていたかのように
「始め!」
と審判が声を掛けた。
掛け声と同時に、ヒド殿に向けて腕を伸ばす。ヒド殿も何の力みもない態勢から、俺へ腕を伸ばした。
その身の丈は大護軍とほぼ互角。手足は長いが、それでも俺の方が背も手足もほんの少しだけ長い。
それで同時に腕を伸ばせば、俺が先にヒド殿の黒衣の襟を掴めるはずだった。
けれど伸ばされたヒド殿の腕は、目にも止まらぬ速さでこの襟元を掴んだ。
気付いた時には懐に飛び込んでいたヒド殿と俺の目が合った。
何が起きたか判らずに目を剥いた俺の足が地面から離れる。
あ、と思った瞬間にはもう既にヒド殿の肩に担がれていた。
そのままきれいに肩の上で一回転し、俺は背中から地面へ落ちる。
決まり、という審判の声が遠くから聞こえたけれど、いまだに一体どう攻められたのかが判らない。
これが本気を出したヒド殿の技。ハナ殿の前での負けが悔しいと思う暇すらもなかった。
大護軍に死なない程度に鍛えられて数年、俺も迂達赤も相当に強くなった気でいた。
いや。事実、迂達赤は二衛六軍の中でもずば抜けて強い。
禁軍や官軍、国境衛の精鋭が相手でも負けない自信はある。
それがこんな、赤子の手を捻るように、手も足も出ず負けるなんて。
「大丈夫か」
ヒド殿がいつまでも地面に寝転ぶ俺に、そう尋ね手を差し伸べる。
「あ・・・はい」
どれくらい横になっていたのだろう。その手を借りて地面から立ち上がると、ようやく周囲の観客の歓声が遅れて聞こえてきた。
これが元赤月隊の技。けれどヒド殿が何か特別な技を使った記憶はない。
はるか昔一度だけ大護軍が見せてくれた、あの手から発する仄青い電のような、ああいう内功を使う事はなかった。
内功を使わなくとも、こんなに強いのか。
俺はそのまま長椅子に腰を下ろしたままの大護軍を振り返る。
もしかしたらヒド殿は俺の大護軍より強いのだろうか。それとも。
俺の視線に大護軍が、表情を変えないままゆっくり腰を上げた。
それとも俺達に鍛錬を付け続けた十年余り、大護軍は一度も本気を出した事がないのだろうか。
「では次は、ヒド殿とチェ・ヨン殿が」
「いえ」
審判の声に首を振り、俺はその前に進み出た。
「一戦分休んでいる。このまま俺にやらせてください」
もうあまり猶予はない。ぐずぐずしていれば降り始めるだろう。
空読みの勘はテマンほど鋭くないが、そんな俺にも判る雨の気配。
その申し出に観客の大歓声が一層熱を帯びた。

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ヒドさん相手にトクマンさん?本気出しても勝てないかもね…でもこのときの彼の気持ちは好いた女人に…ではなく明らかに純粋な真剣勝負の気持ちと取り組みになっていたね(^^)少しヒドさんの実力に興味沸いた感じだね。ヒドさんの実力は…大護軍の実力は…って憧れと目標と尊敬からくる二人に興味が沸いた感じ(^^)流れが若干変わった感じかな?
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ウンスから ネタばらし~
男トクマン 意地の見せ所~
がんばれ~
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トクマン君。
負けても清々しい気持ちですよね(^^)
さぁー俺の大護軍との
真剣勝負!
悔いなく闘ってね!