2016 再開祭 | 気魂合競・玖

 

 

叔母様の低い声に、私は思い切って昨夜の推測をぶつけてみる。

「景品だって言ったのは、あの人を大会に出すためですか?」
「ええ。しかしそれは目的の半分。此度の大会の真意は、優れた市井の人材を探し出す事です。
二軍六衛でいちいち募集をかけ、あの厳しい大護軍の入隊試技を受けさせてはきりがありません。
真剣勝負を挑み力を認めれば、入隊も考慮するでしょう」
「だけどもう軍人はいっぱいいるんじゃ・・・」

皇宮だけでも1000単位の軍人がいる。それに各地域の軍隊も合わせれば何万単位のはず。
この時代の事情に詳しくない私だって、今はそれくらいのことは知ってる。
私の声に静かに首を振ると、叔母様は媽媽に頭を下げた。

「医仙」
叔母様の視線を受けて、媽媽は私に呼びかける。
「はい」
「今は問題ないでしょう。けれど我らはこの先を考えております」
「この、先・・・」
「北からの紅巾族。南の倭寇。倭寇には今、元の流民がかなりの数で流れ込んでおります。
国交を絶った今、逆にその内情が妾にも正確に届き難くなりました。
王様の御代をお守りする為に、平時のうちに守りを固めておきたいのです」

この先。元。紅巾族。倭寇。知ってるキーワードだらけなのに。
開京が占拠されるのはいつ?王様はどこまで避難したんだった?
そしてチェ・ヨン将軍がイ・ソンゲと一緒に開京を奪還するのは?
水軍を率いて、チェジュの倭寇を退治したのはいつだったっけ?

水軍。火薬。大砲。切れ切れの単語を右から左に聞いて思ったはず。
高校時代の国史の授業中に。
この時代にはもう火薬があったんだ、水に濡れてもOKなんだ。
高麗時代にもう先進的な造船や火薬技術があったんだって、確かに考えたはずなのに。

この先と言われて精いっぱい、頭の中の引き出しを整理してみる。
でも思い出せない。覚えてるのはただそれが起きるって史実だけ。

知ってるだけで具体的なことは何も覚えてない私。
あの人の力にもなれず、王様や媽媽や叔母様の役にも立たないダメ天人。

「医仙」
テーブルの向こうからゆっくり伸ばされた優しいお手が、知らずに握りしめていた私の手を包み込んだ。
「良いのです。医仙。お話したのは、先の世がどうなっているのか知りたいからではありません」
「媽媽」
「ただ」

テーブルの上の拳を包むお手に緩やかに力を込めて、媽媽は大きな澄んだ目で私を正面から見て下さった。
「ただ、一緒に乗り越えて頂きたいのです。妾のお姉さまとして、心から大切な友として。ですからお話しました。
どうか変わらず、大護軍の傍に。妾も力の及ぶ限り、王様をお守りします」

ああ、そうか。だから私は怒らなかったんだ。
あの時賞品だと言われても、モノ扱いされてるとは思わなかった。
こうして毎日顔を合わせて、一緒におしゃべりする媽媽と叔母様のお気持ちが分かってるから。

何も言っても薄っぺらになってしまう気がして、媽媽のお手を握り返して頷く。
職務に忠実な叔母様は私たちの様子に困った顔をした後に
「とにかく全員が本気でなくば困ります。挑む側も、受ける側も。
どちらかが手を抜いていれば、正しい見分けが出来なくなります」

その後に私たちの握り合う手を見て首を小さく振りながら、視線で手をお外しなさい、としきりにおっしゃる。
あの人のおしゃべりな黒い瞳は、叔母様譲りなのね。
それに気が付かないフリで、もう少しだけ媽媽の手を握る。
そして叔母様はそれ以上のお小言を言わず、ただ釘をさすのだけは忘れなかった。

「内情が伝わっては大護軍が心変わりするやもしれません。何しろ医仙もご存知の通り、頭の固い男ですから。
この話は此処だけに。宜しいですね、医仙」
「はい!」

坤成殿中に響くくらいの元気な返事に、媽媽と叔母様は安心した笑顔を浮かべた。

 

*****

 

普段でも人出の多い開京大路は、今日は文字通り人で溢れていた。
その人波の中を歩きながら、男達は左右を見廻し口々に呟く。
「どえらい数ですね」
「こ、ここれ、全員角力大会に出るんですか」
「大護軍」
「・・・ああ」

人波の流れの向こう、俺達を見つけたマンボが喜色満面で手を上げ、しきりに合図を送って来る。
雨乞いの祭事というのは全くの口実だったのだろう。
神官を呼ぶでもなければ、祭壇が祀られるでもない。

溢れる人々の頭上には、すっかり夏の色に変わった朝空が大きく広がる。
刷いたような薄雲に強い陽射しを遮る力はなく、地には無数の濃い影が絵を描いていた。

人の多さが熱気を生み、暑さを倍増させている。
人波に揉まれ立っているだけでも、額に汗が浮かびそうだ。

救いは風が涼しく吹いている事。
人波を掻き分け、大きく門を開いた手裏房の酒楼まで進む。

これではマンボの笑いが止まらぬのも尤もと得心する。
この暑さに加えての人出、売れて売れて仕方がなかろう。
そして市井に店を構える手裏房はマンボだけではない。
どの店もそれなりに人が集まり、繁盛しているはずだ。

いつもなら半分閉じている酒楼の門は今、これ見よがしに開いている。
門の手前に酒や軽食を用意した出店を構え、奥には席も用意しているらしい。
門内からも表の喧騒に負けぬほど華やかな人の気配が漏れて来る。

どれだけ離れても判る明るい声を耳にし門内を透かし見ても、姿まで眸にする事は出来なかった。
それだけで今日の夏空に負けぬ程、心の裡が晴れ渡る。

雨乞いは口実としても、こうして市井が活気付くのは悪い事ではないだろう。
大切な方が一先ずは安全な場所に居ると判る限り。
それだけで今は充分だ。これで心置きなく戦える。
門内に隠れる気配に安堵の息を吐き、俺はマンボへ向き直った。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    王妃様も叔母さまも素敵(*^^*)
    そして、その二人の言葉を
    素直に受けたウンスも素敵です!
    運命の?闘いが始まりますね。
    ヨン頑張らないとねf(^_^)

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