2016 再開祭 | 飄蕩・結 中篇

 

 

「・・・これ、大護軍が全部釣ったんですか」
「おう」
「一人で」

それは俺が言いたいと、眸の前の砂浜に無造作に置かれた獲物に首を振る。
殆どの兎は弓でなく礫で額を割られていた。誰の手に由るか、確かめるまでもない。

互いに考えた事は同じだったらしい。
俺はこいつが手ぶらで戻る事を考え、多目に魚を釣った。
恐らくこいつは同じ理由で、多目に兎を掴まえて来た。
それにしてもこの人数に、兎十羽は多過ぎだろう。

焚火の焔が鮮やかに映える刻、西の橙から東の藍への斑染めの空。
海風に揺れる篝に照らされて並んだ兎の、硝子玉のような黒い目の列を見る。

「・・・急ぎ食いする事はない」
どれ程の飄蕩になるかは未だ判らん。
一度天候が崩れ海が荒れれば釣果は望めず、雨が降れば山には入れん。
常に最悪を想定するのは定石だ。

「魚は今宵喰う。兎は縛って木の上に上げておけ」
俺の声にそれぞれが動き出す。魚に木の枝を打つ者、それを焚火の周りに刺す者。
俄なその賑やかさの中で周囲に漏れぬよう、唇だけでテマンに問う。

「狼や熊は」
「いないと思います。糞も、足跡も」
奴も周囲に届かぬように、俺だけに向け応えた。
収穫の血の臭いに誘われて、山を下りた獣に寝込みを襲われれば終いだと思ったが。
居らぬなら杞憂に終わるだろう。今夜一晩浜で過ごせば、夜の山の気配や声で判る。

黒い影のように背後に聳える山並に、俺は無言で目を凝らす。

 

*****

 

武閣氏オンニに付き添われて慌てて宣任殿に駆け込むと、そこにはもうTVの時代劇でよく見た景色が広がっていた。

玉座に立っている王様。その横の椅子に腰かけている媽媽。
その媽媽の横に立っていたチェ尚宮の叔母様が、私に気付くと目で椅子を示した。
そして部屋の中には、そんなうるさい私の登場にも顔色一つ変えず、一斉に黙礼する赤い官服のえらい人たちの姿。
その反対側にはいつも見慣れた迂達赤のとは違う鎧の列が、ずらっと並んでいた。

座れって事よね?
そう思いながら媽媽と反対側、一段低くなっている椅子に出来るだけそぉっと腰を下ろす。
私の着席を待っていて下さったように、王様が玉座から大きな声でおっしゃった。

「順天の水軍が、沖合で船を見つけたと報せて来た。根岩に乗り上げ、座礁していたそうだ。
中に人は残っておらず、周囲の海軍が海域を探しておる」
王様のお声に、並んでいた列から宣任殿いっぱいに広がる大きな息が漏れた。
それはいい溜息なんだろうか。それとも悪い溜息?

「護軍」
王様は次に、アン・ジェ歩哨軍さんに厳しい声をかける。
「は」
「これ以上の人手が必要なら、巡軍万戸府にも触れを出す」
「王様・・・」

決意に満ちた王様と戸惑ったアン・ジェ護軍さんの顔を見比べて、それがとても大きな騒ぎなのだけは分かる。
政治の事だし、私は口を挟めないけど。

船が見つかった、あの人も迂達赤のみんなもそこにいなかった、
それは分かった。それを探すのに必要ならもっと人手を集める。
でもアン・ジェさんは、それに困ってる?

「これからは農民らの繁忙期です。万戸府を動かしたと、後になりあの大護軍が知ったら」
「長くはあるまい。長引かせぬ為に集めるのだ」
「・・・畏まりました」

一歩も譲らない王様に、アン・ジェ護軍さんが頭を下げる。
部屋の中にいる面々の中で、今のやり取りの意味が分からなかったのはどうやら私だけみたい。

チェ尚宮の叔母様は複雑な顔をしてるし、媽媽は妥協したアン・ジェさんにほっとしたみたいに王様をご覧になる。
そして王様は一刻も惜しいようなお顔で、立ったままで次に私に
「医仙」
と呼びかけた。思わず背筋を伸ばして
「は、はい!」
とお返事すると、
「この後アン・ジェ護軍と共に、急ぎ順天へ向かって頂きたい」

いつものお優しいものとは違う有無を言わせぬ強い口調。
私は思わず王様の玉座の向こうにお座りになった媽媽と叔母様へ視線を向けた。

 

*****

 

浜の砂を洗いながら、繰り返し寄せては返す波音。
其処に助けの船の舳先が力強く割りながら進んで来る音が混じるまで、これからどれ程待てば良い。

考えるまいと思っても波音と、薪の爆ぜる音しか聞こえぬ海風の中で考えてしまう。

あの方は今頃、どれ程心配しているか。
あの方に教わった御蔭で、奴らに衣を脱がせて助かった。
その礼をお伝え出来るのは、これからどれ程先になるか。

俺が逆の立場なら、誰に何と罵られようと探しに出る。
しかしあの方がそんな事をしたらと、考えるだけで肝が冷える。
一歩開京を離れれば右も左も判らぬ途を、無事順天なり麗水まで辿り着ける訳がない。

今宵あなたは眠れぬ夜を過ごしているのか。
それとも泣き疲れて俺達の寝台の上、一人きりで眠っているのか。

済まなかったと、心の中で詫びても遅い。
出来るのはこうして同じ星空の許、月を見上げ想う事だけだ。

心配するな。俺は此処にいる。必ず戻る。
その声が夜空を渡り、あなたに夢の中で届くのを祈るだけだ。

王妃媽媽がおられる。迂達赤も半数残している。叔母上も武閣氏も手裏房もいる。
何が起きる訳でもない。
平穏だからこそ迂達赤が、順天の造船廟から船を麗水まで運ぶ役目を請け負った。

それでもあの天候の急変がなければ、こんな事は起きなかったろう。
倭寇との決戦を睨み、迂達赤が海に慣れるようにと目論んだ俺が愚かだった。

悔いの百などすぐ上げ連ねられる。
降るような満天の星空の許、今更唇を噛み締める。
噛み締めねば零れ落ちそうな、あの愛おしい名を飲み込む為に。

ただ逢いたくて。

夜の海原はその涯で黒い空に溶け、茫洋と広がっている。
空の月星を海面に映し、眸を凝らしても見分けがつかぬ。

こんなに美しい夜の海を、此処で一人で。

背後の樹上に潜むテマンもさすがに声を掛けては来ない。
聳える山からの獣の襲撃に備え、鼻を利かせているのか。
それとも夜の海を眺める俺を其処から見詰めているのか。

逢いたい者がいるのは、俺だけではない。

狂おしいほど心が急こうと、海を泳いで帰りたかろうと。
先ずは今、此処にいる全員を無事開京に帰すのが先決だ。
気を緩めれば海に飛び込みそうな己を戒め、太く息を吐く。
溜息の大きさに樹上のテマンは滑り下りるかどうか悩んだよう、小さな音で夜の中に若葉を揺らす。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。ご協力頂けると嬉しいです❤
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です