2016 再開祭 | 気魂合競・丗肆

 

 

「ウンスーっ!」

観客の人ごみから聞こえてきた予想外の声に、私は背伸びをするとその中をキョロキョロ見渡した。
たくさんの頭の向こうから同じように背伸びをして揺れるきれいな絹服のお袖。
私の横のコムさんとタウンさんも気づいて、人ごみの間を近づいて来た3人に頭を下げた。

「おはようございます」
「おはようございます、迂達赤隊長」
「お二人も居て下さったのですね」
タウンさんたちを見つけて、安心したみたいに微笑んだのはチュンソク隊長。
その横でキョンヒさまとハナさんが続いて頭を下げた。
「チュンソク隊長、どうして?」

どうしてっていうのも失礼だけど、朝トクマン君も忙しいようなこと言ってたし、まさかこんな早く来てくれるとは思わなかった。
「ええ。王様より、今日の大会を視察するようにと」
チュンソク隊長はそう言いながら、昨日より人が増えた観客をぐるっと見渡した。

「曇天なのは幸いですが・・・人が増えましたね」
今でも立ち話をする私たちのすぐ横を押し合いへし合いしながら、大勢の人が通り過ぎて行く。
人出に慣れていないキョンヒさまをかばうように、ハナさんがその背を守ってチュンソク隊長の方へそっと押し出す。

「キョンヒさま。昨日より人が多いので、迷子にならないようにチュンソク隊長にくっついてて下さいね」
私も心配で、思わず余計な口出しをしちゃう。
キョンヒさまはそれを真に受けて、チュンソク隊長の腕にしっかりつかまった。
チュンソク隊長は困ったみたいに鼻の頭を赤くして周囲を見渡す。

婚約者なんだし、別に悪いことをしてるわけでもないのに、そんな様子まであの人そっくり。
今時・・・じゃないけど、私の時代だったら、初々しい中学生だって街中でこっそり手ぐらいつなぐのに。
照れ隠しなのか、周囲を見渡したチュンソク隊長の視線が取組の行われる広場の向こう側を見た。
「大護軍たちとは擦れ違いですね」
チュンソク隊長の声にコムさんが頷き返す。
「はい」

そんなチュンソク隊長の視線に気づいたのか、あの人が広場の向こうから最初に視線を上げる。
こちら側からチュンソク隊長が頭を下げると、他の迂達赤や禁軍さんも気付いて、それぞれ礼を返して来た。

その中でトクマン君だけはチュンソク隊長に頭を下げた後、満面の笑顔でもう1人、本当に待ってた人に深々と頭を下げる。
その人はトクマン君の気持ちに気づいてるのかいないのか。
自分に向けられた笑顔をどう受け止めていいのか分からない様子で、それでもぎこちなく笑い返して同じように頭を下げた。

「手裏房の若衆は」
広場をはさんだ目礼の終わったチュンソク隊長が尋ねると
「昨日の皮胴着の男らを」
コムさんが短く答えて、隊長はああって顔で頷いた。
キョンヒさまやハナさんに心配をかけたくなくて長々と話さないのかもしれないけど。
それが逆効果なのが分かってないのも、あの人そっくり。

それが証拠にキョンヒさまは不安そうな顔でハナさんを確かめて、ハナさんも分からないって顔で首を振ってる。
私はだいぶ慣れてきたし、あの人が自分から言わない限り業務上の秘密を無理やり聞かれるのはつらいっていうのは分かる。
だからあの人の心や体が危なくない限り、余計な口出しはやめようって心がけてるけど・・・
でもそれは私が21世紀の人間で、医者っていう守秘義務を伴った仕事をしてるから。
若いお姫様のキョンヒさまがこんな気になる会話を聞いちゃえば、続きが気になるのも当然よ。
何もそういう女心が分からないところまでは似なくてもいいのに。

私がこっそり溜息をつくと、チュンソク隊長の立場も女心も両方理解してるタウンさんが、キョンヒさまの様子を少し心配そうに確かめてから、私に向かって黙って頷いた。

 

*****

 

「決まり!」
その声が掛かるたび、人垣はどっと沸き返り大歓声が響く。

広場の頭上を覆う空は取組が進む毎に暗さを増し、砂埃を立てて吹く風は人垣の熱さを冷ますように肌寒さを増す。

既に早々に勝ちを収めたヒドが眼を細め、珍しく空を見上げてぼつりと言った。
「降りそうだ」
「ああ」

並んで頷く俺へと眼を下ろすと
「それも承知の上か」
奴は何処か愉快気にからかうような声で問う。

「十日程前に、書雲観で見立てている」
「そうか」
今日のヒドは珍しく大層機嫌が良い。口数の多さがその証。

「まあ、風雷がぶつかれば雨が降ると決まっている」
「・・・ぶつかれれば良いがな」
俺の声に首を傾げ
「負ける訳がなかろう」

奴はそう言って、五戦目に勝ち広場に残った十名を見渡す。
トクマンを始め迂達赤が三名。ヒド、俺、合わせて五名。
禁軍はここで全員が敗退した。

「手裏房相手では具合が悪くないか」
俺の問いにヒドは
「顔すら知らん。係わりもないしな」
と、興味なさげに首を振る。

たとえ相手が手裏房だろうと手加減は一切なしか。
ヒドの淡々とした表情に、俺の方が眉を顰める。

たかだか市井の角力大会、奴が其処まで本気で係る意図が判らん。
俺同様、賞金や賞品に興味があるとは思えない。
ましてあの方を人質に取られたも同様の俺とは違う。
勝ちに拘る切羽詰まった理由もない。

不審な思いが表れたのだろう、ヒドは横目で俺を確かめると
「お主には悪いが、女人の事も関わりない。無論勝ち残ってお主に返すつもりだが」

そう言って唇の片端を歪め、顰め面のような笑みを浮かべる。
「正直、俺はお主とぶつかってみたい。本気でな。ここまで長く共に居たが、こんな機会はなかった」
こんな本心を口にするのも珍しい。
「本気で、か」

手を抜くつもりはない。相手が誰であろうと。
そのつもりなら初戦のテマンで、疾うにそうしていただろう。
誰が勝ちあがっても良いというなら、俺でなくても良いのなら。

そうではない。俺が勝ち上がり、俺が取り返すから意味がある。
たとえ相手がヒドであれ、その道だけは曲げられん。
そして俺もぶつかってみたい。
俺達はいつでも同じ方を向いて来たから、此度は対峙してみたい。

無論敵対など有り得ない。ただ単純に知りたい。
俺の力が何処まで兄と慕う男に通用するのか。

いつでも弟で、赤月隊の家族の末子で、ヨンアヨンアと手荒に可愛がられて来た。
最年少で部隊長を務めようと、隊長に後を託されようと、いつでも守られて来た。
結局何処まで行こうと俺達は似ている。
そう思いながら先刻までヒドの見上げていた曇天を、次は己が見上げて願う。

あの方の好きな雨。

もう少しだけ降るな。今日の俺達の勝負が決するまで。

 

「だんなー」
空を見上げた途端に不意に届いた人垣からの呼び声に、俺とヒドの視線が同時に其処を向く。
其処に突き出た槍と弓の先に頷くと俺達は同時に席を立ち、声の主の許へと人垣の方へ近寄った。

 

 

 

 

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